二十四話 空気になってるキャラって唐突に現れるよね
風呂から帰った後、篤史はこの旅館についての話を澄に話した。
「え? 何この旅館、そんな大事な墓を潰して作られたの?」
「ああ。何でも、当時ここが一番立地条件が良かったらしくてな。それで、村人の反対を押し切って、墓を潰して作られたらしい」
「立地条件がいいからって無理やり旅館建たせるって、どんな神経してるのよ……」
頭を抱えながら呟く澄。そんな彼女に篤史は同意見であった。墓を潰して旅館を作る……そんな場所に誰が旅行に来るというのだろうか。
「んで、それ以降、この時期になると旅館で妙な人影を見るようになったらしくてな。それが死んだ陸奥の幽霊が自分の墓を壊したことに怒って、毎度毎度徘徊しているじゃないかって話だ」
「幽霊って……またバカバカしい」
それは強がりとかではなく、本心からのようだった。澄はどうやら幽霊やそういう類を信じていないらしい。
かくいう篤史はというと、半々、と言ったところか。別に幽霊を信じているわけではないが、いてもおかしくはない、といった具合だ。
(とはいえ、確かに自分の墓をぶっ壊されてその上に旅館を建てられたら、そりゃ化けて出てきてもおかしくはないよな)
もしも自分が同じ立場ならば、そうする可能性もなくはない。
ましてや、陸奥の墓は彼女の怒りを鎮めるためのもの。それを潰したとなれば、怒るのは当然というものだろう。
「でもまぁ、世のなかには貴方のような奇妙奇天烈な存在もいるわけだし、幽霊を信じる人がいてもおかしくはないんだけれど」
「おいこら誰が奇妙奇天烈だ。白澤なら、まぁそうかもしれないが」
「そこで彼女を持ち出すとか、貴方も中々図太い神経しているのね……って、そういうのはどうでもよくて。問題なのはそんな幽霊話じゃなくて、誰が何の目的で、私たちをここへ呼んだのかってことでしょう?」
それもそうである。
幽霊云々はこの際置いておくとして、今重要な点はまさにそれだった。
「ここにあった置手紙から考えて、容疑者はこの旅館にいるのは間違いないわ」
「だとしたら、ここの従業員が、俺達を呼んだ奴、もしくはその仲間ってことか? 俺らがここに来た時、部屋には鍵がかかってたんだし」
「確かに、普通ならそう考えるのが妥当よね……」
「何だよ。気になることでもあるのか?」
「気になるというか……そんな短絡的な考えでいいのかと思っただけよ」
鍵がかかっていた部屋にあった置手紙。それが従業員の誰かが置いたものである、と考えるのは自然なことだろう。
だが、ここまで用意周到かつ意味不明な犯人が、果たしてそんな容易な証拠を残していくだろうか。
「……んで。そっちは何か収穫あったのかよ」
「いいえ。というか、ここ本当に客が少ないのよ。いいえ、客だけじゃなくて、従業員もほとんどいない。最初にあった女将さん以外だと、売店にいた一人しか見つけられなかったし。その従業員に一応話は聞いてみたけど、どうやら最近入った新人で、ここのことあまり知らないようだったわ」
「そっか……でも、ここって本当に人がいないよな」
篤史も一人で旅館内を少し歩いたが、本当に少ない。いや、正確に言うのなら、広さに見合った人数ではない、というべきか。
「人が来ないからって、この人数はちょっと異常だよな」
「ええ。もしかすれば、まだ他に何か怪しい点がこの旅館にはあるかもしれないけれど……それをここで話していても仕方ないし、そろそろ食事にでも行きましょうか」
「おいおい……この状況で飯食いに行くのか」
「当然でしょ。お腹が減ってたらいざという時、何もできなくなるじゃない」
「いや、そうかもしれないが……」
「安心しなさい。毒やら薬やらが入ってたら私がちゃんと見分けてあげるから……いえ、この場合、自分のだけを見分けて、貴方のは黙っていた方がいいのかしら……?」
「おいこら委員長がいないからって悪だくみするな」
「冗談よ」
などと言うものの、その割には結構マジな顔で考えていたように見えたのは、篤史の気のせい……ということにしておこう。
「っというか、ちょっと本当にお腹減ってきたから、さっさと―――」
と澄が言い終わる刹那。
こんこん、とドアをノックする音が聞こえてきた。
(誰だ……?)
唐突なノック音に二人は緊張するも、とりあえず、篤史はドアを開ける。
すると、そこには女将が立っていた。
「失礼します。大変申し訳ありませんが、少々よろしいでしょうか」
「どうしたました?」
「いえ、その、何と申しましょうか……こういうことはわたくしどもも初めてで、どう対処したらいいのか分かりかねるのですが……」
どこか困り顔な女将。その様子からして、何やら嫌な予感がする篤史。
もしや、自分たちを呼んだ何者かが、何かやらかしたのか。
などと思っていたのだが……。
「お客様のご友人だと名乗る女の方が来ておりまして……どうなさいましょうか?」
「…………はい?」
自分たちの友人だと名乗る女。
たったそれだけの情報ではあるが、篤史は不意に、一人の少女の姿が頭をよぎった。
いや、まさか。
そんな、まさか。
あり得ないだろう、と思いつつ、女将に案内されていく篤史であったのだが。
『あ、アヅジザ~~ンッ!! や、やっど、あ゛えまじだ~~~っっ!!』
「……何やってんだよ、白澤」
そこには、いつもは無表情だというのに何故かガン泣きしながらテレパシーを送ってくる友里の姿があったのだった。
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