二十ニ話 推理小説とかで何故が唐突に声をかけてくる人いるよね
「―――ようこそお越しくださりました。霧島様と山上様ですね? わたくし、この『みずみ荘』の女将をしております、清水といいます。お二人のお部屋の方は既に準備しております。ささ、どうぞどうぞ」
言われて、篤史たちは山奥にあった旅館『みずみ荘』の中へと案内される。
そうして、奥の部屋へと案内されると、清水は「ごゆっくり」と言って、その場から立ち去った。
その後、部屋の中を一通り見ると、篤史はようやく口を開いた。
「……何か、思ってたより普通、っていうか、良い旅館だな」
「この状況でよくまぁそんな呑気なことが言えるわね」
「うん。ついた途端に寝転んでくつろいでいるお前に言われたくない」
と、目の前で寝転がっている澄に対し、思わずツッコミを入れる。
「しょうがないでしょ。ここまで電車やらバスやら乗り継ぎながらきたんだもの。疲れてるんだから」
「いやまぁそうなんだけどな……ん? 何だこれ」
と机の上に一枚の紙があるのに気が付くと、それを手に取る。
『しばらく自由にしていろ』
たった一文。それだけが書かれてあった。
「……これは、多分あれだよな。俺らをここへ呼んだ奴の指示だよな? ホント、訳が分からん……って、おい。何してんだよ」
「自由にしてろって書かれてあるんでしょ? なら、自由にお風呂にでも入ってくるわ」
「おい待てやコラ。さっき人に呑気なことをとか言ってたのは誰だ」
「だからって、ここでこのまましていてもしょうがないでしょ。なら、情報収集がてら、旅館を見てくるのもありなんじゃない?」
「なるほど。お前さてはくつろぐ気満々だな?」
こんな状況だというのに、まるで緊張感がない会話。
けれど、澄の言う通り、このままここで大人しくしていても、意味はない。ならば、情報収集はすべきことだ。
「……はぁ。なら、俺も風呂に入ってくるか」
「ちょっと。間違っても、女風呂とか覗こうとしないでよね」
「喧しい」
澄の言葉に、篤史はすかさずツッコミを入れたのだった。
*
「こんにちは」
風呂場へと向かう途中、篤史たちはふと、一人の女性に声をかけられた。
年齢は二十代後半、と言ったところか。澄と同じ黒髪ではあるが、向こうはポニーテール状態であり、澄よりどこか藍が混ざったような色合いだった。
「珍しいわね。この時期にこの旅館に泊まりにくる人がいるなんて」
「えっと……」
「ああ、自己紹介が遅れたわね。あたしは金田市。しがない小説家よ」
「金田、市……?」
「あっ、変な名前って思った?」
「そ、そんなことは……」
「ふふ。冗談よ。今のはペンネームだから。人が覚えやすい、かつちょっと変わった名前にしてるのよ」
「そうなんですか……」
確かに、小説家や漫画家は読者から覚えてもらうために、名前をちょっと変わったモノにする者もいると篤史も聞いたことがあった。
「ここ、私が小説のネタを考える時によく使う場所なんだけどね、今のシーズンは人があまりこないはずなのよ」
「え? どうしてですか? だって、今は夏のシーズンで……」
「あら知らないの? この村の伝承」
「伝承?」
首を傾げながら言う澄。そして、それは篤史も同様だった。
そんな二人に対し、市は説明を始めた。
「ここ、陸奥墓村って言うでしょ? その名前の由来は、かつて、戦国時代にこの村にいた陸奥っていう娘なんだって。陸奥は義賊って奴をやっててね。毎回戦場から金目のものを拾ったり、時には悪い城主の元から金を盗んで、貧しい人々に配ってたんだって。で、この村はその陸奥が活動する拠点になってたの」
「へぇ~」
「でも、ある時、陸奥の正体を知った村人たちは、陸奥が大量の財宝を抱え込んでいると思って、彼女を騙し、八つ裂きにして殺したんだって。その後、財宝を探したんだけど、一つも見つからなかったんだって。これは後から分かったんだけど、どうやら陸奥は最低限の金以外は、全部人々に配ってたって。そりゃあ財宝も何もあるわけないよね」
義賊、というからには、確かに人々に金や財宝を分け与えるもの。故に、その懐にそれらを蓄えておく、というのはあまりないのだろう。そんなことは、考えればすぐにでも分かることだろうが、きっと当時の村人たちは、そんなことが思いつかないほど、切迫した状態だった……のだろう。
「で、こっからが本番なんだけど……」
「もしかして、その後村に天変地異が起きて、陸奥の祟りだと思った村の人たちが、彼女に対して墓を作って、それでここは陸奥墓村になった、と? そして、陸奥が殺されたのが今の時期で、だから観光客が少ない、と?」
「あら? やけに察しが良いわね」
「いや、まぁ、何となく……」
そこまで話してもらえれば、大体のオチは見当がつくというものだ。
「まぁ、お客が少ない理由はそれだけじゃないけど……あっ、ごめんなさい。ちょっと人を待たせてあったんだわ。じゃ、あたしはこれで失礼するわね」
そう言って、市はそのままその場を去っていったのだった。
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、澄は呟く。
「何でしょうね……今の伝承の話、ところどころ違うけど、何だか八個の墓的な何かを彷彿とさせるような気が……」
「だからやめろって」
そんな訳も分からない澄の言い分に、篤史はしっかりと釘をさすのであった。
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