二十話 胸騒ぎで危機を回避する奴はもう人間ではないと思う
爆発に巻き込まれた。
この言葉を聞いて、被害者がただで済むと思う人間は、早々いないだろう。そして、それは当然の反応だ。何せ、爆発である。車にひかれたとか、階段から落ちたとはわけが違う。
だというのに、だ。
「……それで、どうして無事なわけ?」
病院のベッドで上半身だけ起こしている柊に対し、霧島は思わず問いを投げかけた。
病院にいる、と言っても、柊の体にほとんど外傷は見られない。腕に少しばかり擦り傷があるくらいで、それ以外は至っていつも通りの状態だ。
これが、先ほど爆発を喰らった人間の体とは全く思えない。
「いや、ゴミ箱に近づいた途端、妙な胸騒ぎがしてな。不思議に思って警戒していたら、案の定、あんなことになった、というわけだ」
「胸騒ぎがしたから警戒したって……それだけもおかしいのに、警戒しただけで、傷がそれだけで済んだって、ホント意味が分からないわ」
澄の言葉に、篤史も同意見である。
胸騒ぎがした、という時点でもう危機察知能力が人間のそれを超えている。そして、その結果、爆発という異常事態に対し、ほぼ無傷の軽傷で済んでいるのが驚きだ。
そして何より、まぁ柊だから、と思えてしまうのが、また怖いところである。
「とはいえ、軽いとはいえ無傷ではないからな。医者の話では軽い切り傷で済んでいるが、爆発で吹き飛ばされた時に頭を打ったからな。だから内部に異常がないか、検査しなければならない。全く、今度は俺が検査入院するはめになるとはな」
やれやれ、と言わんばかりに首を左右に振りながら、柊はそんなことを呟く。
「……まぁ、大した怪我じゃなさそうだし。良かったわね」
「お。何だ霧島。俺の心配をしてくれてたのか」
「別にそういう意味じゃないわよ。ただの事実を述べただけよ……それよりも、委員長。これ、どう思う?」
今回の爆発が偶然のもの……と考えるのは誰もいないだろう。
何せ、爆発だ。しかも、柊が自販機に近づいた途端に起きたものであり、あまりにもタイミングが良すぎる。そこから考えられるのはこれが人為的だということ。
そして、もう一つは。
「どうもこうも、十中八九、先日のハッキングの件と関係があるだろうな……とはいえ、関連させる証拠が一切ないから、警察も動きようがないだろうが」
「そんな……」
「そういうものなんだよ。決定的な証拠がなければうかつに動けない。実際、十中八九、と言い切ったが、全く関係がない可能性もゼロではないからな。加えて、妙なんだ」
「妙? 何がだ」
「爆発したゴミ箱から、爆発物らしきものが一切発見されなかったらしい。警察の人も、首を傾げていたよ」
「それは……」
普通、爆弾が使われたのならば、それがどんなものであったとしても、痕跡は残るはず。
今回の爆発は巨大なものではなかった。だが、だからと言って、爆弾の痕が見つけられない、というのはおかしな話である。
「その点もあいまって、警察もすぐに警護をつける、とはいかないらしい。そもそも、本当に俺を狙ったものなのかも証明できないしな。だが、それでもこの前の件がある。二人とも、用心しろよ。これが本当に先日のハッキングと関係してるんだったら、これで終わり、なんてことはきっとないだろう。次に何かしかけてくるかもしれない」
その言い分は尤もであり、篤史たちも警戒はするつもりだ。
だが、しかし。
「それ、今の柊が言えることか?」
「そうよ。相手の目的が貴方だった場合、失敗してるわけだから、また何かされるのは、貴方かもしれないのよ?」
今回、相手が狙ってきたのは柊だ。その柊を仕留めそこなうどころか、ほとんど傷を負わせることができなかったとなれば、次もまた同じく彼を狙う可能性は低くない。
だというのに。
「む。それもそうか。なら、反撃のためにも色々と準備しておかなくてはな」
「いやその前にまずは怪我を治すことに集中しろよ……」
怯えるどころか、どうやって反撃しようか、と考える時点で、彼を心配する必要がないと悟った篤史たちであった。
その後もいくつか話をした後、二人は病室を出る。
刹那、澄の電話から着信音が鳴り響いた。
「電話? 誰かしら……ちょっと先に行ってて」
澄の言葉に「ああ」と答えると篤史はそのまま待合場まで歩いていく。
そこには、長椅子で待っていた翼の姿があった。
「あ、あっくん。彼、大丈夫だった?」
「ああ。怪我はしてるが、軽いもので済んだらしい。傷も残らないそうだ」
「良かった~」
「悪いな、色々と心配させて。とりあえず、今日はもう帰るぞ。駅まで送ってく」
「ええ~。駅までじゃなくて、あっくんちに泊まりたいなぁ~」
「我儘言うな。明日朝早くから仕事だって自分で言ってただろうが。そら、さっさと……」
「ねぇ。ちょっと」
と、そこへ。
先ほど電話をしにいった澄が篤史の後ろに立っていた。
「どうした、霧島。そんな顔して」
「…………貴方に電話をかわってほしいって人がいるんだけど」
「? どういうことだ」
「いいから…………早くかわって」
不機嫌そうな、いいや明らかに不機嫌かつどこか緊張している澄。
明らかに様子がおかしい彼女の態度を察して、篤史は携帯を手に取り、電話をかわる。
「もしもし」
『もしもし、山上篤史君だね?』
「……アンタは?」
『おや、警戒心マックスな声音だね。まぁ、当然か。でも、挨拶はちゃんとしないとね。初めまして。私はしがないハッカー。君の友達を吹き飛ばしかけた奴だけど、少しお話いいかな?』
刹那。
篤史は、携帯を握る力が強くなったのだった。
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