十七話 黒歴史は他人の方がよく覚えている
とあるレストラン。
そこで、篤史と翼は昼食をとっていた。
「はい。あっくん、あーん」
「? 何してんだ、お前」
「いいから、ほら。早く食べて」
と、食後のチョコレートパフェの一部をスプーンで差し出してくる翼に対して篤史は疑問を抱きながら、パフェを食べる。
「どう?」
「……おいしい」
「いや、味のことじゃなくて、さっきのあーん、どんな感じだった? 食べやすかった?」
「どんな感じって……まぁ食べやすかったことは確かだが」
「ふむふむ成程。とりあえず、あーん、は今のやり方でOKっと」
言いながら、翼はメモ帳を取り出し、そこに何かを書き込んでいく。
今日のデート中、翼は事あるごとに、そのメモ帳に何かを書き込んでいっている。きっと役作りに必要なことを書いていっているのだろう。そこまで熱心なことはいいのだが、ここで一つ疑問が出てくる。
「いや、つうか、お前の役がデートする相手って確か女子だろ? 男の俺の意見なんか参考になるのか?」
「なるなる。なるに決まってるよ。いや、まぁ本来なら女の子に相手をしてもらうのが一番なんだろうけど、こんなことに付き合ってくれる女子の知り合い、僕にはいないから」
「おいこら。それだと俺はこんなことに付き合ってくれるだろうと思ってたってわけか」
「うん。だってあっくん、頼まれたら断れないタイプだし。文句言いつつも、何だかんだで付き合ってくれるからねぇ。まさに、なんだかんだ先生だ」
「頼むから、白澤みたいなことを言うのはやめてくれ」
篤史は友里からも「なんだかんだな人」と良く言われていることを思い出す。
別に、彼自身はそんなことを思ったことはないのだが……こうも他人から言われるということは、周りからはそうみられているということなのだろうか。
「それにしても、お前、ホント凄いな。仕草から何まで、女にしか見えん」
「えへへ。そりゃそうだよ~。それだけ頑張って役作りしてるからねぇ~……ま、それだけが要因じゃないけど」
「? 何か言ったか」
「ううん別に何も。でも良かった。皆、僕のこと女だと思ってくれてて。これだったら、本番も問題なくいけそうだ」
それに関しては、篤史も同意見である。
男が女装する、というのは今の世の中、あり得ない話ではない。それこそ、女と見間違うように整えている人も少なくはないだろう。
だが、それでもだ。
ここまで美少女な雰囲気を醸し出している女装少年は、中々いないだろう。
これならば、ドラマでも通用する。素人の篤史もそう思えるほどだ。
だが、しかし。
「まぁそうだな……けど、油断はするなよ。お前、昔っから大丈夫だろう、とか思ってるとすぐに足元すくわれるからなぁ」
「な、何だよぉ。僕がいつそんな失態をしたっていうんだ」
などと白を切る翼。
……いや、もしかすれば、本当に覚えていないのかもしれない。
そういうわけで、篤史は翼に昔のことを語っていくことにした。
「子供の頃、俺がやめとけって言ったのに一人でカブトムシを取りに森の中に入っていって迷ったのはどこの誰だ? 小学生の頃、俺がやめとけって言ったのに夜中アイスを食べすぎて腹を壊して次の日の遠足に行けなかったのはどこの誰だ? 中学の頃、俺がやめとけって言ったのに調子に乗ってカラオケで歌いすぎて、次の日の合唱コンクールでまともに歌えなかったのは誰だ?」
「オーケー。あっくんよく分かった。言いたいことははっきりと理解したから、それ以上は……」
「あと、幼稚園の頃、俺がやめとけって言ったのに、オレンジシュースを飲み過ぎて、次の日の朝、布団に大洪水を起こしたのは……」
「だから分かったって言ったじゃん!! っていうか、何でそんな昔のことまで覚えているのさっ!! どうしてあっくんってそういうどうでもいいことだけに関しては記憶力がいいのさっ!!」
「お前の失敗談は印象が強いからな。嫌でも覚えてる」
篤史も黒歴史がないというわけではない。というか、人は皆、失敗談を持っているものだ。
だが、それでも翼程、印象的なエピソードが多い人間はそういないだろう。何せ、今のだって、氷山の一角に過ぎない。彼の黒歴史、ないし失敗談を語れと言われれば、それこそあと三時間以上はいける。
(まぁ、従弟って関係性と、幼稚園から中学まで一緒なところに通ってたからってのもあるんだろうが)
それだけ近くで一緒にいれば、嫌なところや失敗するところなど、それこそ嫌でも見てしまうものだ。それでも今の関係を続けられているのは、血縁というのもあるのだろうが、それ以上に二人の仲が良いという証明でもあるのだろう。
「全く……でもあれだね。そういうあっくんだって、今この状況を誰かに見られたら、大変だよね。白澤さんといつも一緒にいるのに、可憐な美少女とデートしてるってなったら、噂とかになるんじゃない?」
反撃とばかりに不敵な笑みを浮かべながら言う翼。
そんな彼に対し、篤史は鼻で笑って答える。
「はっ。別にどうもねぇだろ。そもそも、夏休みとはいえ、そんなぽんぽんと知り合いに会うわけが―――」
「む? 山上じゃないか。奇遇だな、こんなところで会うとは」
刹那、聞きなれた声が聞こえたと思い、そちらの方へと顔を向ける。
「……嘘だろおい」
思わず、そんな言葉を呟く篤史。
そこにいたのは、澄を連れていた柊の姿があったのだった。
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