十四話 私生活に推しが現れると緊張するよね
「ド、ドウゾ……」
カタコトになりながら、友里は注文されたオムライスセットをメイの前に出した。
「ありがとうございまーす。あっ、これってもしかして楓さんが作ったんですか? 美味しそう。いっただきまーす……うんっ。やっぱり美味しいですっ!!」
相変わらずの笑顔のまま、楓の料理を食べていくメイ。
一方の楓はというと、その姿を見て、涙を流していた。
「メイちゃんが……メイちゃんが、アタシの料理を食べてる……もしやこれは夢? もしくはここは天国か?」
『いやここは現実ですしここはただの喫茶店ですよ』
テレパシーによって冷静なツッコミを入れられるものの、しかしその声は楓には聞こえていない。
そんな彼女に呆れながら、篤史は質問を投げかける。
「それで? 今日はどうしてここに来たんだ?」
「ああ、実はですね。この近くに『用事』がありまして。それが思ったよりも早く終わったので、ここへ寄ってみたんです。ハルちゃんからこの店のことは聞いてて、一度は行ってみたいと思っていたんですが、まさか楓さんがこんなに料理がお上手だったなんて。将来は素敵なお嫁さんになれますね」
「そ、そんな、素敵なお嫁さんだなんて……」
「おいこら鼻の下伸びてるぞ」
まんざらでもないと言わんばかりな楓に対し、篤史は思わずそんな言葉を放つ。
と、そこでもう一つ重要な問いかけを口にした。
「でもいいのかよ。メイドと客が外で会うのはご法度だろ?」
メイドが外で客と関係を持つのはルール違反。そんなことを話していた時にこれだ。故にその点に疑問を持つのは当然である。
だがしかし、メイはあっさりとそれを否定した。
「それは言い過ぎですよ。確かに、過度な関係になるのはNGですけど、逆に客として行く分には問題ないんですよぉ。私たちはあくまでメイド。テレビに出ているアイドルや芸能人じゃないんですから。そこまで制限される必要はないんです」
「そんなもんか?」
「はい。そんなものです」
あっけらかんとした言葉。確かに、メイドとして働いているとはいえ、彼女たちは普通の一般人だ。ならば、どこで何をしていようがそれは規制されるものではないだろう。ましてや、喫茶店に来る程度のことくらいは許されるはずだ。
「(…………それに、ハルちゃんはこの店に来たことあるって言ってたし。っというか、あの子は楓さんの手料理も食べたことがあるって言ってたし。なら、私だってこれくらいは別にいいよね)」
「? 何か言ったか?」
「いえいえ。この料理がとっても美味しいって言っただけですよぉ」
言いながら、楓の料理を食べていく。
その笑みは本物であり、本当に美味しそうに食べているように見えた。
「とっても……おいしいって……やばい……アタシ、今日死ぬかも……」
『楓さん、その気持ちは滅茶苦茶理解できますが、気をしっかり持ってください』
などとテレパシーを送る友里。
まぁしかし、楓の態度は無理もないだろう。メイはああいったものの、楓にとって彼女は推しのアイドルそのもの。それが自分が働いている店にやってきて、尚且つ自分が作った料理を食べているのだ。加えて、満足そうに美味しいという感想付き。
これで、嬉しくなるな、という方が無理である。
「あっ、でもでもこのことは他の人には内緒にしておいてくださいね? その代わりに、はいこれっ!」
と、取り出したのは数個のお守りだった。
「これは……?」
「今度、お店で出すお守りでーす。今度のイベントで使うやつなんですけどね、先行配布として、皆さんにあげちゃいまーすっ」
「マジですか!? やっほぉぉぉおおおい!!」
などと奇声を上げて喜ぶ楓。
何というか、そこにいるのは、ヤンキー風美少女ではなく、ただのキモオタであった。
「いや食いつきすぎだろ」
「おまっ、ばっか、メイちゃんからの贈り物だぞっ!! 喜ばないわけないだろうがっ!! メイちゃん、ありがとう!! 大事に使うね!!」
と、気持ち悪い笑みを浮かべる楓だったが、しかし篤史は何も言わなかった。
それからしばらく、他愛ない話をしているうちに、どんどんと時間は過ぎていった。
「それじゃあ、私はこれで。皆さん、またお店に遊びに来てくださいね?」
「うん。絶対いくから!!」
「本当ですか? じゃあ、楽しみにして待ってまーす」
そう言いながら、その場を去っていくメイ。
最後の最後まで笑みを絶やなかった彼女の後ろ姿を見て、楓はぼそりと呟く。
「いやー、ホント。メイちゃんマジ天使だわ」
「ああ。そうだな。そしてお前も本当にどこまでも残念だと再認識したわ」
『全くですね』
「いや、お前にだけはそれを言う権利はないぞ」
などと。
いつも通りの会話をする一同なのであった。
「―――はい。ええ、その件については、要望通り、先ほど済ませてきました。恐らく、問題ないかと。はい……では、そのように」
そう言って、少女は携帯を切る。
(ふぅ……これでようやくひと段落着いたって感じかなぁ。ちょっと今回は色々と大変だったけど、仕事ついでに『ご主人様』に会えたから、よしとしよう)
そんなことを思いながら、背伸びをし、大きく深呼吸をする。
「さて。次回も『ご主人様』のハートを射抜くために、頑張るぞっ!!」
そんな言葉を口にしながら、少女は笑みを浮かべて、帰路についたのだった。
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