八話 怪物だろうと知性と運は必要である
「ホラーのデスゲームかよ……」
予想はしていた。ここがゲームの世界であり、そして先ほど現れた奇妙な仮面の怪人。加えて、このいかにもなシチュエーション。それらの要素から、このゲームがホラゲーであると結論づけるのは難しくない。
だが、それが事実だと突きつけられるのは、また別の話。
『ええ、嘆きたくなるのも分かります。こういうのは普通、ファンタジー世界でのRPGが基本だっていうのに……いや、世間一般からしたら、むしろこっちの方が主流なんですかね?』
「喧しい。わけの分からないことを言ってるな」
こんな時だというのに、相変わらずいつも通りな友里に、篤史は呆れる。
「ちょっと。戯れるのはそこまでにしてもらえる? それで、私たちはこれからどうすればいいの? 逃げるにしても、具体的な指示がないと身動き取れないんだけど」
『その言い分は尤もですけど、実際のところ、さっき言ったように篤史さん達は逃げる以外の方法はありません。何せ、相手はホラーの怪物や怪人ですからね。不死身な連中ばかりです。普通に戦う、なんてことは絶対にしないでください』
ホラー映画や漫画に出てくる怪物・怪人は大抵不死身であったり、死なない連中だ。そもそも、正体不明で不死であるからこそ、人は恐怖を抱く。
そんな奴らとまともに戦うつもりは、流石の篤史もさらさらない。
『ちなみになんですけど、今、お二人はどこに?』
「廃墟の家の中だ」
『廃墟の家、廃墟の家……あー、マジですか。そこですか』
「おいおい、何だよ。まずいのか?」
『まずいというか、ちょっと厄介と言いますか……その家、一度入ったら夜が明けるまで出れない仕組みになってます』
言われ、篤史たちは顔を見合わせると、玄関や近くにあった窓を開こうとする。すると、まるで友里の言葉が正しいと言わんばかりに、外に繋がる通路は一切開けることができなくなっていた。
「……本当のようね」
「まじかよ……」
確かに、これもホラー映画では定番の展開だ。特に、幽霊を題材にするハウス系ホラーならば、定石ともいえる。
これで、外に逃げ出す、という選択肢は潰れてしまったわけであり、篤史たちは怪物や怪人がいるこの家に閉じ込められた形となってしまった。
『とは言っても、その廃墟の家は見た目以上に中は広く作られています。特に地下室は迷宮のように広がってるんで、そこなら色んな連中に襲われても逃げることが可能です』
「逃げることが可能って……安全地帯とかないの?」
『残念ながら。一定時間、安全な場所、たとえば今、篤史さん達がいる場所とかですが、そういうところも、時間が経てば、怪人たちが襲ってくるよう仕様が変更されてます』
「つまり、ここにい続けても、怪物や怪人が襲ってくるってわけか」
普通ならば、安全な場所など早々ないを思うのが、ここはゲームの中。だからこそ、『セーブポイント』的な、絶対に敵が入ってこられないような場所があると思ったのだが、どうやらその点については、黒幕が一枚上手のようだった。
『ああ、でも少しだけ良いニュースがあります。怪人や怪物たちには、委員長がちょっとした仕掛け、というか、バグを起こさせてますから』
「バグ?」
『連中のステータスをちょっといじったんです。とはいえ、怪物や怪人として強固に設定されていることから、不死身や怪力といった人間離れした力を低下させることはできませんでした。なので、別の部分を変更してやったんですよ』
設定の変更。それがどれだけ凄いことなのか、きちんと理解できない篤史であったが、しかし、ハッキングされている中で、そんなことができる委員長は、本当に人間離れしていることだけははっきりと断言できる。
正直、不死性を消し去ってくれれば何とかやりようはあったのだろうが、しかし、それを今ここで言っても意味はない。
「そうか……で? どの部分を変更したんだ?」
問いかける篤史に対し友里は。
『INTとLUK……つまり、知性と運を最低限に設定しなおしたんです』
淡々と、そんなことを口にした。
「…………は?」
友里の答えに対し、まゆをひそませながら、今度は澄が言い放つ。
「いや、知性と運って……そんなもんを最低値にしたところで、何か変わるの? ホラー映画に出てくるモンスターってどいつもこいつも知性とかないように見えるし……それに、運って関係あるの?」
『いやいや、滅茶苦茶変わりますって。よく考えてください。ホラー映画、そしてホラーゲームに出てくる怪物や怪人たちが、いかにして人を巧みに襲っているのかを。あんないかにもなタイミングで人を襲う連中が、知性が低いと思いますか? 私は否だと断言します!!』
「いや、そんな力説されても……」
『そして、運の要素。これは、怪物たちの運要素を低くすることで、お二人の運が連中よりも上回るようにするためです。何だかんだで、ホラー映画で生き残る連中って運が強いですからね。逆に言えば、運さえよければ、主役でなくても生き残ります。そういう結果から、この二つをいじくった、というわけです』
「ねぇ、山上君。この人がガイドで本当に大丈夫?」
「言いたいことは激しく同意だが、そう言ってやるな。これでも本人は真面目にやってるつもりだろうし」
などと、緊張感のない会話をしていた、その刹那。
「―――キシシ」
奇妙な声が耳に入ったと思い、篤史たちは同時に廊下の奥へと視線を向ける。
すると。
そこには、上向き状態で、四つん這いになっている女がいた。
「「っ!?」」
その、あまりの姿に、二人は息をのむ。
そして、その隙をつくかのように、女は篤史と澄に向かって、猛スピードで近づいてきた。
「キシシシシシシッ!!」
不安を駆り立てるかのような声。聞いているだけで、精神が侵されるかのような、そんな代物。通常なら、それを聞いただけで、その場から動けなくなり、そして殺されてしまうのだろう。
だがしかし。
「キシシシシ……シュォォォオオオオオ!?!?」
そんな、ホラー映画の定番展開を自ら潰すかのように、上向き女は、先ほど、仮面の怪人が作った穴に落ちて行ったのだった。
「「…………、」」
あまりにもシュールすぎる光景を、二人は無言で見つめる他なかったのだった。
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