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世界が嘘だらけならば、好きな嘘を選べばいい(馬16)  作者: 蔵前
六 嘘吐きと後悔とその結果
20/61

あなたには変わって欲しくない

「これから子供が生まれる人なのに、嫌な仕事につき合わせちゃって御免ね。」


 髙と楊は再び宗教法人白波八幡の旧神奈川支部道場に足を運んでいた。

 ここで見つかった遺体五体は集団自殺と片付けられた。

 体面のためだけの簡単な現場検証も終わった元合気道道場であった建物は、遺体が消えても臭いも汚れも残ったままの汚れた場所である。


 楊はいそいそと自分の黒い出張用のボストンバッグから、紐で縛られた肉塊を取り出して畳の上に乗せた。

 それは縛られた形からもカブトムシの蛹のようであり、土に埋まった蛹が時々うねる様子そっくりにうねり、何もない顔にある口だけもぐもぐと動かしている。


 髙は大きく息を吐いた。

 これは楊に呆れた溜息ではなく、楊をここまで汚れ仕事に引き込んでしまった後悔の溜息である。


 楊は優し過ぎるのか、「痛い」と叫ぶ被疑者を押さえつけられなかった。

 そのため警察では「使えない」人間となり、彼は流されたのである。

 髙は楊を警察から去らせたくないばかりに、彼が痛いと言わない相手には徹底的に動ける特性を利用して、「痛い」と騒がない死人関係の仕事に引き入れたのだ。


 そして、この状況だ。


 楊は赤ん坊型の化け物を前に、これを殺す見張りに髙を選んで、髙にすまないと謝っているのである。

 この状況を導いたのは髙そのものであると言うのにである。


 髙が見守る中、楊は悪鬼を殺すというペーパーナイフで肉塊を刺し貫こうとして、しかし、彼は寸前で手を止めた。


「あぁ、まゆゆ大好きって叫んでいないですものね。」


「違う。俺は気づいたね。これ、俺が殺す必要ないじゃん。新潟県警の新しき課、俺達と同じ名前の特定犯罪対策課発足の祝いの品として献上すればいいじゃないのって。」


「あぁ、あのテープに鋏いれて祝うみたいにどうぞって。」

「それ。初めての執刀という共同作業のケーキにどうぞって。」


 楊はヒルコを自分のボストンバッグに再び片付けた。

 片付けてしゃがんだまま、ふぅと寂しそうに溜息をついている。

 それもしつこく。


 解り易い程の意気消沈とした後ろ姿を髙に見せつける楊に、髙は楊が自分に何を望んでいるのか気が付き、自分の後悔の気持ちがほぐれるまま楊に尋ねていた。


「どうされました?」

「ヒルコを入れてしまったから、齧られて穴も開いちゃった。お気に入りのボストンバッグだったのになぁ。」

「持ち運びできる箱を用意しますね。それから、鞄用の経費も請求しましょうか。」

「さすが、髙。」


 くるっと悪戯そうな顔で振り向いた楊に、髙は笑いながらスマートフォンを取り出した。

 そして、髙は手配する電話をしながら、楊のこの子供のような悪辣な部分に笑わせられ、自分は救われているのだと感じていた。

 彼は自分のせいで変わっていない、と。


「それでさ。山口の様子はどうだった?」


「元気ですよ。怪我であまり動けませんが、青森でも新潟でも一族の馬鹿な子ども扱いで、かなり可愛がられていましたね。」


 髙が笑いながら楊を見返すと、楊の目は暗く翳っていた。

 それどころか、髙の知らない表情で見返しているのだ。


「山口のことで何か?」


「そんなに可愛がられているならば、自分を見捨てないでって、あいつは自分がみんなの盾になって命を失うかな。」


「何か、そんな情報が?」


 楊は暗く、吐き捨てるような乾いた笑い声を立ててから、髙を見返した。


「タロットカード。百目鬼とちびと山口の写真にだけ文字が書いてあったでしょう。ちびが星で百目鬼が太陽に見立てられる文字で、山口はそのまま月の文字だ。タロットの月のカードは星や太陽と違ってネガティブなカードでね。それはあいつが危ないって啓示だったそうだよ。」


「誰がそんなことをしたのかあなたは知っていると?」


 楊はやるせなさそうな表情を浮かべた。


「俺は松野葉子の愛した佐藤雅敏の生まれ変わりで、そいつは長谷貴洋の隠し子だったそうだ。それでさ、ジェットが、長谷が言うんだよ。生まれ変わった僕の子供でない息子を見守ってくれって。あの子はみんなの盾になって自ら生贄になろうとするからねって。双頭の鴉の使い魔もさ、今の俺にはいるんだよ。」


「夢のお話ですか?」


 楊はニヤリと顔を歪めると左腕を伸ばし、その腕を汚れた祭壇に向けた。

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