長谷と相良
楊は汚れた祭壇に左腕を伸ばし、髙は楊の動作を訝った。
「何か。」
「いいから、見ていて。」
楊は左腕の人差し指を、祭壇に向かって軽く跳ね上げた。
ぶわっ。
「うそ。」
祭壇は一瞬で炎を上げて燃え出したのである。
「信じた?俺にはこれが出来る鴉が何時も傍にいたのだってさ。長谷の血の後継者だからってね。俺に雅敏の記憶が戻ったから見えるようになったのかな。そして、あいつの言う通りならば、山口が危険なんだよ。自分で自分を殺すのだってさ。」
祭壇はメリメリと音を立てて崩れながら激しく燃え盛っている。
髙はその炎を眺めながら、喉元に苦い味を感じていた。
これが自分の罪そのものに思えていたのだ。
楊を変えたのは、自分だ、と。
しかし彼は唾を飲み込み、その結果さえ受け入れる覚悟をすると、いつもと変わらない声を出して楊に尋ねた。
「その、長谷がそこまで山口を気にする訳は。」
「相良誠司って知っている?山口がその生まれ変わりだってさ、というか多分そう。」
髙は楊に対して何も答えず片頬をぴくりとさせただけであった。
「知っているのか。俺は知らなくてね。まずはばあちゃんに聞いたんだ。ジェットの息子じゃないけど、ジェットが息子のように考えていた男は誰だって。」
「それで、相良誠司だと。」
「そう。ばあちゃんも惚れていたほどの男だったそうだね。富豪の後継者。彼が携わるものは全て成功して金になると、ミダス王のようだって持て囃されて。」
「若くして殺害されたのですよね。実行犯は三條英明。何度も組織を立ち上げては政府の転覆ではなく人を殺すだけのテロを起こす死神です。玄人君を襲った今井巧の父親であり、山口の父親が追っていた、いやあの頃の公安関係者、本庁、県警問わず、全員で追っていた男です。現在も生死不明。年齢的には死亡と考えるべきですが、この世界ですからね。」
「さすがに詳しいね。どうして相良が殺されたかは知っている?祖母は当時十歳にもならない子供だったからわからないって、もう聞かないでって泣き出す始末でさ。もう正月からこんな電話でごめんって。本庁さんの事件の上、時代が古過ぎてデータにも残っていないでしょう。古新聞を調べるにも図書館はお休みだしさぁ。」
髙は珍しく、否、久々に楊の知っている「この人は馬鹿?」の顔つきで楊を見返していた。
それは楊の居心地が悪くなるどころか、彼がいたたまれない気持ちになるほどに。
「えと、何?」
「――かわさんて、もぐり?」
「もぐりって、何よ。もぐりって。」
「いや、本当に警察官なの?って。長谷貴洋自体あなたは知らなかったし。警察では有名な事件ですよ。誘拐の身代わりです。警察学校で身内の情報を洩らすなって指導される時には、必ず例として上げられる事件じゃないですか。相良は友人の子供の身代わりに犯人の指定した場所に一人で行って、山口の父親のように切り刻まれて殺されたのです。可哀相に、友人の子は既に殺されていたというのにね。」
「可哀相に。その子供の親は友人と子供まで失って。」
そこで、髙がふうっと息を吐き出した。
「ほんっとに、知らないのですね。殺された子供は長谷貴洋の三歳の子供です。長谷警視監が伝説になったのは、その報復で当時の三條のテロ組織を壊滅させたからですよ。三條は逃したが、それでも女房子供を殺されても折れなかったとね。彼は妻と幼い子供を二人も失っているのですよ。でも、身内の話なのに全く知らないって、かわさんには敢えて知らせない魔法でもかかっていたのでしょうかねぇ。」
「どうせ俺は使えない警察官で、もぐりだよ。」
楊は汚れた道場の汚れた畳の上にぱたりと横になった。
「かわさん。不貞腐れてこんな汚いところで転がらないで。」
天井は四人の遺体を吊るしていたためか、梁のところどころ、縄の在った場所が血の跡がついて赤茶けて汚れている。楊は汚れた天井を見上げながら、汚れていない天井を同じように見上げていた時の事を思い出していた。
あの日の俺もこうして不貞腐れた様にして寝ころんだな、と。




