第十二話!
「櫂上げ!」
桟橋から少し離れるまでちゃぷちゃぷとみんなで漕いできたところで艇長の半田さんが号令をかける。確か漕ぐのをやめろってことだ。
「じゃあこれから一年に漕ぎ方とかの指導してってくれ!基本的には隣を教えるように。」
そう言われてみれば一年の隣には二年が座るようになってる。でも俺の隣は柳原なんですけど…?あと大場と黒木もか。
「お前ら二人は俺と鬼頭で教えるから。顔を見合わせてんじゃねえよ。」
どうやら半田さん直々のようだ。
「よろしくお願いします。でもなんでここだけ?」
「それは11番と12番が特別なポジションだからだよ。」
艇指揮の高瀬さんが話してくる。特別?そういえば俺の座っている12番の目の前には、座るための板が無いので片足を上げるフォームで漕げないみたいだ。
「漕ぎ方が違うってことですか?」
「それもあるけど、11番と12番はSTって呼ばれるポジションでクルー全体が漕ぐペースを決めるところなの。さらにST以外のクルーは漕ぐときに目の前の人に合わせるんじゃなくて、STを見て合わせるようになるから二人がずれてるとクルー全体が合わなくなるから責任重大だよ!」
「へえ、目の前に合わせるんやないんですね。」
「そいうこと、一番理想は右舷なら加納、左舷なら柳原ってな感じで対角のSTを見るのが理想。」
柳原の相づちに半田さんが補足してくれる。そうか、かなり重要なポジションだ。頑張らないと…ってあれ?
「だったら一年の俺らでいいんですか?二年生の方がやった方がいいんじゃ?」
「それなんだけど、実は今の二年生って誰もSTでちゃんと練習したことなくてさ。それならいっそのこと、一年生にやらせてみようかと思って。ちょっと漕ぎ方に特徴があるから、漕ぎができてないときの方が抵抗なく覚えられるんじゃないかな。」
俺の疑問に鬼頭さんがともに来ながら答えてくれる。
「まあ本音を言うと二年生をSTに使うのは勿体無くて。STよりメインやおもての方が漕いだ時にカッターの推進力が大きいからな。メインは7、8、9、10番のこと。ここが一番力いっぱい漕げるからクルーの要、メインって呼ぶ。そのぶん体力もいるから気合入れないとしんどい。あ、あと呼び方っていえば1番と2番のことはBWって呼ぶから一応覚えといて。BWは全員を見渡すことができるから、声を掛けてクルー全体を盛り上げる役目があるぞ。じゃあ早速漕ごうぜ!時間は限られてるからな。」
「はい!」
鬼頭さんに促されてオールを両手で握る。俺は左舷のSTなので左手は逆手でオールのグリップの細くなっているところを握り、右手は順手でグリップが太くなってくるところを握る。そして足もとにある板に両足を乗せる。他のポジションと違って片足を上げないので少し違和感があるな。
「じゃあ高瀬に声出してもらうから。柳原は一定のリズムで漕ぐことを意識な。加納は柳原に合わせるように、一枚もずらさないって気持ちで頑張れ!」
「軽くだぞ〜。力入れずに形だけやってみてくれ。用意。」
半田さんの声でオールを前に突き出す。…あれ?前に6番で漕いだ時よりオールを前に突き出せない?なんだかすごく狭く感じる。気のせいかな?
「まえ!」
「あいよー」
声に合わせて漕ぎ始める。ジャブッという音が情けない。お!尻が自然に上がりそうだ!…駄目だ。オールを海につけた瞬間に力を入れるとその反動で尻が浮きそうになったが、オールを引こうとするとすぐに尻が落ちてしまう。柳原は尻がうまく上がっている。くそ!いちいち俺の一歩先を行くなー!
「あい!」
高瀬さんの声に合わせて引き切る。オールが海面から出てくる。って何だ!?むっちゃオールが身体に近いんですけど!引き切るとほとんど寝るような状態になるのだが、グリップが胸に当たりそうなくらい近くまで来ている。やばい!柳原に合わせてオールを突き出さないと!あわてて腹筋を目一杯使って起き上がりオールを突き出す!
「あいよー」
…難しいな。隣に合わせて漕ぐってどうしたらいいんだろ?だいたい漕いでる時は自分のオールのブレードを見ちゃうしな。ずっと隣を見てるわけにもいかないし…。
「加納くん。隣を見るのはね、引き切って返す瞬間に一度だけ見ればいいの。キャッチの時やハネの時は私の声に合わせればいいから、返しのタイミングを合わせることができれば何とかなるんだよ。」
高瀬さんが俺にアドバイスしてくれる。ちなみにキャッチというのはブレードを海面に叩きつけ、水をしっかりとつかむということだ。上級生が漕ぐ時にドン!という音がするのは力強いキャッチの証拠だそうだ。ハネとはキャッチを入れて尻が上がったらそこからは腕の力ではなく自分の体重を使って背中を水平にし、倒れこむように寝るのだが、尻が着いた時もまだブレードは海面を出ていないのでそこから最後にブレードが海面上に自然に上がってくるとこまで力強く引き切ることをいう。オールはしっかりと最後まで引くと自然に海面上に出てくるようになっているので、オールを上げるというのは漕ぎの一連の動作の中には存在しない。返しとはハネのあとに再びキャッチを入れるために腹筋で起き上がりながらオールを前いっぱいに突き出す動作のことだ。キャッチ、ハネ、返しを繰り返して漕いでいく。
「わかりました!返しのタイミングを合わせるときだけ見るんですね。」
高瀬さんのアドバイスを参考に一人で漕いで練習してみる。全員で漕がない時も思い思いに漕いで練習してもいい。というか少しでも練習しないとうまくなれないよな。引き切ったら隣を確認。柳原が返し始めるのをイメージして、合わせるように返す。
「こんな感じですかね?全部見ようと思うよりは全然漕ぎやすいとは思うんですけど。」
「じゃあ試してみればいいだろ。両舷櫂上げ!ロング20枚いくぞー。一年生はとにかくSTに合わせて漕ぐことを頭に入れてやってくれ!」
『はい!』
半田さんの号令に一年が気合の入った返事をする。ロングってのは全員で漕ぐことだ。
「二年は一年に声掛けてやれよ。ロング20枚!用意!」
『おらきた!』
全員がオールを突き出して準備よしの掛け声。
「まえ!」
ドン!
二年生のキャッチの音が響く!俺や他の一年はジャブ!とかパシャ!とかいった情けない音をたてている。
「あいよー!」
艇指揮の高瀬さんの声に合わせて、キャッチから寝るようにオールを引く!
「あい!」
ここでハネをとり、柳原を見る。柳原が起き上がろうとするのに合わせて俺も返し始める!
「あいよー!あい!」
また柳原を見る。そして返す!
「加納!ちょいずれてるぞ!ワンテンポ遅い!」
「っしゃ!」
くっ!自分では合わせてるつもりでもずれてるのか!
「あいよー!あい!」
これでどうだ!さっきより早めのタイミングで返す!
「まだ遅いぞ!加納!」
これでもだめ!もっと柳原を見て合わせないと!
「ともファイトー!」
おもての相馬さんが叫ぶ!
『おっしゃ!』
ともの六人が返事をする!
「おもてファイト!」
『おっしゃ!』
鬼頭さんが間髪入れずにおもてに声を掛け返す!
「あいよー!あい!――あいよー!あい!」
高瀬さんの声に合わせながら柳原を見て返す!
「STファイト!」
BWの山下さんから声がかけられる!
『おっしゃ!』
俺と柳原は返事するので精一杯だ!
ザバババババー!
何かの音がする。聞きなれない音だ。
「櫂上げ!」
半田さんが漕ぐのをやめるように号令を出す。まだ10枚くらいしか漕いでいないはずだけど?
「大場!大丈夫か!?」
半田さんが声を掛けた大場を見ると、大場はどうやらオールを流してしまったようだ。流すというのは、漕いでいる時にオールが海面に出てこなくなり流れているように見えるからだそうだ。オールはローロックと呼ばれる窪みにはめているので実際には流れていくことはない。
「は、はい!す、すいませんでした!」
「最初だから仕方ないよ。どんどん練習して行こう!」
相馬さんがフォローを入れる。
「よし!もう一回行くぞ!柳原、気持ちゆっくり漕ぐようにしてくれ。まだ合わせていく段階だからあわてなくてもいいぞ。」
「はい、わかりました。」
「加納もしっかり合わせろ。一枚もずらさないつもりでな。」
「はい!」
まだまだってことだよな。
「ロング20枚!用意!」
『おらきた!』
さあ、やるぞ!まだ俺は元気ありあまってるからな。手は少し赤くなってきてるけど大丈夫だ!
「まえ!」
ドン!
練習は始まったばかりだ!