番外編 父さんの荷台
あの、荷台の青年のお話。
ガラガラ、ガラガラ。
新しく補修された石畳の上を、古い荷台が軽快に走っていく。
「よっと……!」
取っ手に少し力を込めるだけで、荷物をたっぷり積んだ荷台がスイーッと前へ進んだ。
「……やっぱり、すげえな」
俺は思わず笑った。
この荷台は、もともと父さんのものだった。
父さんが元気だった頃、ここにたくさんの花を積んで、ノルデンの街を売り歩いていた。
けれど、長い年月の間に車輪はガタつき、軸も歪んでしまった。
それでも、俺には捨てられなかった。
父さんが残してくれた、大切な荷台だったから。
そんなボロボロだった荷台を、カイル様が直してくれた。
それだけじゃない。
クロウさんと一緒になって、小さな魔石を利用した補助機能まで取り付けてくれたんだ。
押す力に合わせて、車輪を魔石が助けてくれる。おかげで身体への負担もずいぶん減って、以前よりずっと多くの荷物を運べるようになった。
今日、荷台に載っているのは花じゃない。
パン工房で焼かれたあんパンとルージュクッキー。
農家から預かった野菜。
石鹸などの日用品。
そして荷台の隅には、クロウさんが新しく作った小さな魔石式の保冷器。
蓋を開けると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。
「うん。ミルクも大丈夫そうだ」
これができてから、傷みやすいミルクも遠くまで届けられるようになった。
父さんが花を売っていた荷台が、今ではいろんな人の暮らしに必要なものを運んでいる。
◇
「はい、おばあちゃん。頼まれてたあんパンとミルクだよ」
「まあ、ありがとうねぇ。最近は足が痛くて、市場まで行くのも一苦労だったからねぇ……本当に助かるよ」
旧市街の端に住むおばあちゃんが、心底うれしそうに両手でパンを受け取ってくれた。
その笑顔を見て、胸の奥がじんわりと温かくなる。
(市場に行けなくて困ってる人って、もしかしたらもっといるんじゃないか……?)
ただ決まったものを運ぶだけじゃない。
「次に来るとき、何か買ってきてほしいものはある?」って自分から聞いてまわれば、もっとみんなを助けられるかもしれない。
配達を終えた帰り道。
俺はふと、荷台の隅に目をやった。
昔はそこに、父さんが育てた色とりどりの花が並んでいた。
「……いつか」
ぽつりと呟く。
「また、花も売りたいな」
今はまだ、やることがいっぱいある。
パンや野菜、日用品を必要としている人がたくさんいる。
今日も荷台に、花はない。
それでもいい。
今はまず、必要としてくれる人に、必要なものを届けよう。 いつか、この街でもっと暮らしに余裕ができたら。
食べ物や日用品の隣に——生きていくためにはなくても困らない、けれど、あれば少しだけ心が明るくなるものを。
父さんが売っていた、あの美しい花を並べて、この街を歩きたい。
「……よし!」
取っ手を力強く握り直す。
「まずは明日の御用聞きからだ!」
軽く押せば、父さんの荷台は夕焼けの染まる石畳をスイーッと軽やかに走り出した。
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