第6話 これからもノルデンは
どら焼きの噂は、あっという間にノルデンの街へと広がっていった。
もっちりとした香ばしい生地に、ルージュ豆の優しい甘さが詰まったその菓子は、瞬く間に子どもたちや労働者たちの人気を集め、今では街のあちこちで飛ぶように売れ始めた。
「なんだかうれしいな、カイル」
厨房で焼き立ての生地をひっくり返しながら、ジークがふっと笑った。
「そうだね。これには、プリメロたちのクリーム焼きの焼く機械を応用したおかげもあるかな」
「ああ。クロウたちが改良してくれた型のおかげで、一度に綺麗に焼けるようになったからな」
春の陽気は街に賑わいをもたらし、僕がこの地へやってきた頃の荒涼とした雰囲気は嘘のように消えていた。
行き交う人々には自然と笑顔が増え、子どもたちの弾むような笑い声が石畳の街並みに響いている。
ローグも日々頼もしく街の警備をこなし、治安もすっかり安定していた。
ふと、執務室を抜け出して屋敷の裏手にある畑へと足を向ける。
そこでは、ベルクとショーンが汗を拭いながら作業をしていた。
「おっ、カイル様!」
顔に黒い土をぽつんとつけたまま、ショーンが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「どうだい、調子は?」
「聞いてくださいよカイル様! 今年の土は、さらにいい感じになりましたよ!」
ベルクも自慢げに胸を張る。
僕はしゃがみ込み、足元の土をそっと手に取ってみた。指の間からサラリとこぼれ落ちる、豊かな黒土だった。
「本当だ……。ルージュ豆の皮を堆肥に加えて改善したかいがあったよ」
「へへ、カイル様の言う通りに試してみて正解でした! これなら来年はもっと収穫できますぜ」
ショーンが目を輝かせる。
「せっかくなら、新しい作物も考えましょう!」
「そうだね。少しずつ、いろいろなものを試していこう」
畑の緑は生き生きと風に揺れ、未来への希望をそっと教えてくれているようだった。
◇
夕暮れ時。
温かなオレンジ色の光が差し込む領主館の執務室で、僕は深く椅子に腰掛けていた。
「カイル様、今日もお疲れ様ですわ」
上品な仕草で、リーザが淹れたての紅茶をそっと机に置いてくれる。
「いつもありがとう、リーザ」
「いいえ。……そういえば、今日プリメロさんたちが訪ねていらしたのです」
「プリメロが……? そういえば、あれから二人はどうしているかい?」
「ふふ……。プリメロさんは、レインさんから荷台を借りて、街で特製のクリーム焼きを少しずつ売り歩いているようですわ。なんだか生き生きとなさっていましたよ」
「それは本当によかった……!」
「ええ。それに、ディアナさんもすっかり体調が安定してきて、今はローグのお母さまと一緒にパン工房でルージュ豆の仕分けを手伝い始めているみたいです。そこまで回復したのですよ」
その言葉を聞いて、僕は思わず胸をなで下ろした。
「最初にパン工房を広げる頃に、作業の工程を分割する仕組みにしておいて本当に良かったよ。誰でも無理なく働ける環境があれば、自然と笑顔も戻ってくるからね」
我が意を得たりと頷く僕に、リーザはふふっと微笑んだ。
だが、その直後、彼女はふと思い出したようにクスリと笑った。
「そうそう、カイル様。そのルージュ豆の仕分けの最中に、お母さまから面白い報告を預かっているのです」
「報告?」
「ええ。なんでも、いつもの豆とは少し違う、変わった形や色の豆がいくつか混じっていたそうなんです。『カイル様ならご興味があるかもしれない』って」
その一言に、僕の心臓がぴくりと跳ねた。
違う形や色の豆……?
「それは気になるな! もしかしたら、新しいあんぱんや、まだ見ぬ菓子の可能性につながるかもしれない!」
僕は椅子から勢いよく立ち上がった。
今すぐ自分の目で確かめてみたくて仕方のない衝動に駆られる。
「ちょっと見に行ってくるよ、リーザ!」
「あっ、カイル様……! もう、相変わらずですわね」
呆れたような、けれどどこか嬉しそうなリーザの声を背中に聞きながら、僕は思わず笑みをこぼす。
そのまま執務室を飛び出し、ノルデンの街へと駆け出した。
振り返れば、冷たい雪と飢えに凍えていたこの街は、今では確かな温もりと活気に満ちている。
この先もきっと、新しい問題や壁にぶつかることはあるだろう。
けれど——。
隣には頼もしい仲間たちがいて、同じ方向を向いて歩んでくれる人々がいる。
だから、きっと大丈夫だ。
(さあ、新しい面白いものを探しに行こう!)
夕闇に包まれ始めた街を駆け抜けながら、僕の胸には、明日への希望と次なる企みのワクワクが、どこまでもあふれていた。
新章を書き溜めます!ブクマはそのままにしてくださると嬉しいです!
☆〜☆☆☆☆☆での応援よろしくお願いします(^




