第37話 立ち去った脅威
秋も終わりに近づいた頃。
ノルデンの宿屋の一室で、マティアス・ベルニッツは革袋の中身を確かめていた。
「……まあ、こんなもんやろ」
じゃらり、と硬貨が音を立てる。
「ボス、もう引き上げるんですか?」
向かいに座るノエル・ハルトが、不思議そうに尋ねた。
「せや。ここらが潮時……やな」
「ですが、ノルデンはまだまだ発展しています。商売の機会も増えると思いますが」
「せやな。普通の商売やったら、な」
マティアスは薄く笑った。
「けど、最近はちょっと事情が変わってきた」
「事情、ですか?」
「あのエドワードっちゅう男や。契約書の中身をきっちり読みよる。しかも、あいつだけやない。街にも知恵のある人間が増えてきとる」
ノエルは黙って耳を傾ける。
「前やったら、こっちの言うことを鵜呑みにしとった連中が、今じゃ契約書を持って相談に行きよる。妙な条件があれば、すぐに誰かが気づく」
「……確かに、以前より慎重になっていますね」
「おまけに警備隊までできよった。これ以上居座ったら、いつ尻尾を掴まれるかわからん」
マティアスは革袋の紐を締めた。
「十分稼いだ。欲張って全部失うほど、自分は阿呆やないで」
「……承知しました。では、次の街へ?」
「せやな。どっかに、まだ自分らを歓迎してくれる街があるやろ」
マティアスは立ち上がり、窓の外を眺めた。
かつては貧しく、活気のなかったノルデン。
今では人々が行き交い、あちらこちらから工事の音が聞こえてくる。
「……しかし、あの若い領主様も大したもんや」
その言葉に、ノエルが顔を上げた。
「評価されているのですか?」
「そらそうや。金を稼げる街にしただけやない。自分らみたいな連中が稼ぎにくい街にまで変えてしもうたんやからな」
マティアスは愉快そうに笑った。
「ほな、行こか。ノエル」
「はい、ボス」
翌朝。 二人の姿は、ノルデンから消えていた。
誰にも告げず、誰にも見送られることなく。
そして数日後。
ノルデンの街に、今年最初の雪が舞い降りた。




