第14話 カイルの閃き
「焼き立てのクッキーはいかがですかー!」
僕とリーザ、そしてハンスさんは、パン屋の店頭に机を出し、完成した『ルージュ・サンドクッキー』を並べて売り出しを始めた。
カゴの中には、いつものクッキーと、ルージュおんを混ぜた新しいクッキーを混ぜて並べてある。
しかし——通りかかる街の人々の反応は芳しくなかった。
「ん? 新しいクッキー……? 変わった色だな」
「見たことねえな。旅に持っていくなら、いつものクッキーで十分だよ」
首を振って去っていく通行人の背中を見送り、リーザが不安の混じる声で呟いた。
「そんな……! すごく美味しいのに……!」
普通のクッキーには手が伸びるものの、ルージュクッキーの方には誰もお金を払おうとしないのだ。
(くそっ……! クッキーという食べやすい形にしても、未知のものにお金を払うハードルはまだ高いのか……!)
僕が腕を組んで考え込んでいると、ハンスさんが大きな木箱を抱えて厨房から飛び出してきた。
「はい! お待ちどう! 本日のパンの端切れだよーっ! 欲しいやつは持っていきな!」
ハンスさんが声を張り上げた瞬間、通りを歩いていた人々が集まってきた。
あっという間に人集かりができ、木箱からパンの端切れが受け取られていく。
「ハンスさん! そのパンの端切れ……お金は取らないのかい!?」
「ああ。こんなもん、売り物にはならないからな」
ハンスさんはそう言って笑った。
けれど、その笑顔がほんの少しだけ曇る。
「……昔はな。うちもちゃんと金を出してたんだよ」
「金を?」
「ああ。余ったパンや端切れは、家畜を飼ってる連中が買ってくれた。それでも余れば、安く売ったりしてな。たとえ銅貨一枚でも、商売は商売だ」
ハンスさんは、パンの端切れを受け取っていく人々へ目を向けた。
「だが……今のノルデンは、この有り様さ」
痩せた母親が、受け取ったパンを小さくちぎって子供へ渡している。
自分は食べずに。
「金を取ったら、持って帰れない奴がいる」
「…………」
「最初は俺も迷ったさ。こっちだって商売だからな。ただで配ってたら、店まで潰れちまう。けどよ……」
ハンスさんは頭を掻いた。
「捨てるくらいなら、腹減らしてる奴に食わせた方がマシだろ?」
僕は何も言えなかった。
市場を歩いたときに見た、色褪せた服。荒れた畑。金が足りないと書き残して死んだ前領主。
それらが、目の前の小さなパンの欠片へとつながっていく。
「……ただな」
不意にハンスさんが言った。
「最近、ちょっと変わってきた気がするんだ」
「え?」
「街さ」
ハンスさんは僕を見る。
「畑に作物が戻ってきた。仕事が増えたって喜んでる奴もいる。前より市場で声が聞こえるようになった」
そして、少し照れくさそうに鼻をこすった。
「カイル様。あんたが来てから、な」
「僕が……?」
「まだ貧乏だ。腹いっぱい食えない奴だっている。何もかも元通りなんて、ほど遠い」
ハンスさんは笑った。
「でもよ。みんな最近、明日の話をするようになったんだ」
「——」
胸の奥を、何かが強く打った。
明日の話。
たったそれだけのことが、今のノルデンではどれほど大きな変化なのか。
僕は、パンの端切れを受け取る人々を見る。
そして——売れ残ったルージュクッキーへ目を落とした。
「……ハンスさん」
「ん?」
「そのパンの端切れを配るの、もう一度やってくれないか?」
「そりゃ構わねえけど……」
「その隣で——僕にも、やらせてほしい」
「え?」
カゴから、一枚のクッキーを取り出す。
(まだ終わっていない。僕に出来ることは、もっとある)
「これも配ろう」
「カイル様!?」
リーザが目を見開く。
「せっかく作ったクッキーを、無料で……?」
「ああ。ただし、全部じゃない」
僕とハンスさんの視線が交差する。
「ハンスさん。原価を計算したい。何枚までなら、店に負担をかけずに『お試し』として配れるかい?」




