第3話 対決の結果は
今日、僕にはどうしても負けられない戦いがある。
そう——あんぱん対クリーム焼き。
プリメロから申し込まれた売上勝負だ。あんぱんの名誉に懸けて、引き下がるわけにはいかない。
もちろん、ただのあんぱんで挑むつもりはなかった。僕にはとっておきの秘策があるのだから。
◇
「おい、カイル」
広場の端に設けた販売所で準備を進めていると、ジークが呆れたように声をかけてきた。
「あんな大口叩いて大丈夫なのか? 相手は元旅芸人だろ。客を集めるのなんかお手のものじゃねえか」
視線の先では、プリメロとディアナがクリーム焼きの準備に余念がない。プリメロは白い長髪を揺らしながら楽しそうに指示を出し、桃色髪のディアナがせっせと鉄板を温めている。
「ふっふっふ……甘いな、ジーク」
「……なんだよ、その笑い方は」
「実はね、秘密兵器を用意してあるのさ」
僕は胸を張り、用意しておいた皿をジークの前に差し出した。
「これを見たまえ!」
「……あんぱん?」
「ただのあんぱんではないよ」
焼きたてのあんぱんにそっと切り込みを入れ、そこへ薄切りにしたバターを挟み込む。
「じゃじゃーん! あんバターだ!」
「……おい、なんだそれ」
「あんこの甘さと、バターの塩気に濃厚なコク! この三位一体がもたらす破壊力たるや!」
「……お、おう」
引いているジークを無視して、僕は試食を促した。
「ほら、食べてごらんよ」
「んじゃ……がぶり。……ん?」
もぐもぐと口を動かしていたジークの動きが、ぴたりと止まる。
「……うまっ! なんだこれ! 甘いのにコクがあって……すげえうまい!」
「ふっふっふ、勝った……!」
背後で見ていたリーザにも差し出すと、一口食べた瞬間にぱっと表情を輝かせた。
「まあ……! なんておいしいのでしょう! これなら大勢のお客様に喜んでいただけますわ!」
よし、準備は万端。あとは勝つだけだ!
◇
「いらっしゃいませー! 収穫祭限定の『あんバター』はいかがですか!」
販売を開始すると、僕たちの店には次々とお客さんが押し寄せた。
「あんバター? 珍しいな、ひとつおくれ!」
「おおっ! 甘くてしょっぱくて、こりゃうまい!」
「もうひとつもらえるかい!?」
売れる。面白いように売れていく!
(よしよし! これは幸先がいいぞ!)
離れた場所のクリーム焼きの店も盛況のようだが、こちらの勢いも負けてはいない。
しかし——昼を過ぎた頃、ふと人の流れが変わった。
(……あれ?)
客足が少しずつ遠のいていく。ふわりと、秋風に乗って甘く濃厚な香りが漂ってきた。卵と乳の優しい香りだ。
「さあさあ、みなさーん!!」
広場の向こうで、プリメロの朗々とした声が響き渡る。
「一目見ていってくださいな! こちらが本日自慢の、クリーム焼きでございまーす!」
気づけば、クリーム焼きの店の前には黒山の人だかりができていた。
プリメロは満面の笑みで焼きたてを手に取り、両手でぱかっと割ってみせる。
とろり。黄金色のクリームが温かな生地の間から
あふれ出た。
「おおおっ!」
「おいしそう!」
「見てください、このクリーム! とろっとろでし
ょう?」
プリメロはそのまま片方を口に運び、大きな瞳を輝かせて頬に手を添えた。
「んん〜っ! ほっぺたが落ちちゃいそう……!」
プリメロが客に笑顔をみせる。
その途端に「ひとつ頂戴!」「こっちにも二つ!」と、あっという間に長蛇の列が出来上がっていく。
(……これが、元旅芸人の魅せる力か!)
香りで足をとめ、視覚で惹きつけ、心底おいしそうに食べてみせる。完璧なパフォーマンスだった。
「……カイル様」
絶句する僕の隣で、リーザが静かに立ち上がった。
「わ、わたくしも力になりますわ! 少しお待ちください!」
そう言い残し、彼女はどこかへ駆け去っていった。
◇
「お、お待たせいたしましたわ……!」
戻ってきたリーザを見て、僕は思わず目を見開いた。
上品なドレスから一変、黒を基調とした衣装に白いエプロン、可愛らしいヘッドドレスを身につけている。
「り、リーザ!? その格好は……!」
「プ、プリメロさんのような呼び込みはできませんが……カイル様のあんぱんの魅力を、少しでもお伝えしたくて……!」
頬を赤らめ、裾を少し持ち上げるリーザ。……メイド服だ。なんという破壊力。
「い、いらっしゃいませ……! おいしいあんぱんはいかがですか……?」
少し緊張した呼びかけに、周囲の通行人が足を止める。
「おや、可愛らしい店員さんだねえ」
「ひとつ貰おうかしら」
「あ、ありがとうございますわ!」
パッと花が咲いたように笑うリーザのおかげで、あんぱんは再び飛ぶように売れ始めた。
夕方、茜色の空の下で勝負の集計が行われた。
両者の売上帳簿を突き合わせる。
「……それでは、結果を発表するよ」
ごくりと生唾を飲み込むプリメロとディアナ、そしてリーザ。
「勝者は……クリーム焼きチーム!」
「やったああああっ!!」
プリメロが両手を突き上げて歓喜の声をあげる。
一方の僕は、その場にガックリと膝をついた。
「ま、負けた……あんバターまで投入したのに……!」
「カ、カイル様、大丈夫ですの!?」
ガックリと肩を落とす僕のもとへ、勝ち誇ったプリメロがやってきた。
「どう!? あたしたちの勝ちだよ!」
「……完敗だよ。プリメロのあのお客さんを惹きつける力は本物だ。味だけじゃなく、商品の魅力を伝える技術に脱帽したよ」
素直に称えると、プリメロは一瞬きょとんとした後、照れくさそうに笑った。
「えへへ……ありがと、領主さま!」
清々しい勝負だった。負けたのは悔しいが、こうして街に新しい名物が生まれるのは領主として誇らしい。
「お姉様……少しよろしいでしょうか」
和やかな空気の中、帳簿を計算していたディアナが静かに声をかけた。
「今日の売上ですが……確かにあんぱんを上回りました。ですが……こちらが材料費です」
「……えっ?」
帳簿を覗き込んだプリメロの顔が固まる。
「クリームに使う卵やギヤミルク、砂糖のコストが高すぎて……売上は大きくても、手元に残る利益がほとんどありません……」
「そ、そんなぁ……!」
頭を抱えるプリメロに、僕は苦笑しながらアドバイスを送った。
「原価の計算をして、個数限定で価値を高めて売るのも手だよ。『一日限定二十個の特別品』みたいにね」
「限定!? それだわ! ディアナ、計算頼んだよ!」
「お姉様も一緒に覚えてくださいね……?」
慌てる二人のやり取りに、広場にどっと笑いが起きた。
隣を見ると、なぜかリーザがプイッと横を向いている。
「……リーザ? 今日は本当にありがとう。すごく似合っていたよ」
「っ……! も、もう、カイル様ったら……!」
さらに顔を赤くするリーザに首を傾げつつ、僕は賑やかな広場を見渡した。
勝負には負けた。けれど、この街には確実に新しい芽が育っている。
(……フフ、だが次は絶対に負けないぞ!)
心の中で静かに誓いながら、僕は秋の心地よい風を胸いっぱいに吸い込んだ。
祭りの喧騒が遠のき始めた頃。
二人の男が、ノルデンの街を眺めていた。
「……なんや。おもろそうな街やなぁ」
一人が、口元を緩める。
「ですね、ボス。聞いていた話とは、ずいぶん違います」
「せやな。もっと寂れた街やと思うとったんやけど……」
男は、祭り帰りの人々に目を向けた。
新しい服を着た者。
買い物袋を抱えた者。
笑顔で家路を急ぐ家族連れ。
「……景気がええんやなぁ、ここは」
「どうします?」
ボスと呼ばれた男は、ゆっくりと笑った。
「決まっとるやろ」
そして、ノルデンの街を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「ここなら……十分、稼げそうや」




