第1話 異世界転生した元大蔵大臣
しんしんと降り積もる、雪の音を聞いていた。
薄暗い部屋。重苦しい静寂を切り裂く、荒々しい足音と怒号。
そして——乾いた銃声。
(……ああ、ここまでか)
八十二年の人生が、静かに途切れる。
数々の失敗と破産を繰り返し、そのたびに這い上がってきた男——高橋是清の最期にしては、少々賑やかすぎる終幕だった。
——次に目を覚ましたとき、視界を埋め尽くしていたのは眩しい光だった。
「おめでとうございます、奥様! 元気な男の子ですよ!」
「ああ……私の愛しい子……!」
あたたかなぬくもり。泣きそうな顔で自分を優しく抱きしめる、見知らぬ異世界の美しい女性。
(……ふむ。世に言う輪廻転生、と呼ぶのが正しいのだろうか)
戸惑いはなかった。
前世では波乱万丈の八十二年間を生き抜いたのだ。二度目の人生がもらえるというなら、儲けものというべきだろう。
「この子の名前は、カイル……カイル・フォン・ヴァルハイトよ」
こうして僕は、異世界で貴族の少年カイルとして、第二の人生を歩み始めた。
* * *
光陰矢のごとしとはよく言ったものだ。
月日は流れ、僕は十歳になった。
鏡を見るたび、自分の姿にはなかなか慣れなかった。外国人ような鮮やかな金髪に、見たこともない色の瞳。幼い頃は、物珍しさから何度も鏡を覗き込んだものだ。
この世界について学ぶにつれ、驚きの連続だった。中でも「魔法」とやらを初めて目の当たりにした時は、さすがの僕も腰を抜かしかけ、思わず頬をつねったほどだ。
ヴァルハイト家には優秀な兄が一人いたが、両親は次男である僕にも惜しみない愛情を注いでくれた。
周囲からは「ヴァルハイト家の美少年」などと呼ばれ、健やかに育った僕は——この日、運命の「適性鑑定」の日を迎えていた。
この世界では十歳になると、教会で神から授かった能力を鑑別する儀式が行われる。
「おお! 剣術適性『A』! 将来の剣聖だ!」
「こちらは火魔法適性『S』! 天才の誕生だぞ!」
大聖堂に歓声が響き渡る。
やがて僕の順番が回り、光る水晶に手をかざした。
神官が水晶を覗き込み……露骨に眉をひそめた。
「……カイル・フォン・ヴァルハイト。能力は【魔石生成】。……生成限界は、一日一個。品質は最低級」
「神官様、それは……?」
心配そうに尋ねる父上に、神官は容赦のない言葉を吐き捨てた。
「貴族としては『落ちこぼれ』のハズレ能力ですな。魔道武器もゼロ。一日銅貨一枚程度の魔石を一個作るのが関の山……戦闘にも使えない、役に立たない能力です」
静まり返る大聖堂。
次の瞬間、周囲の貴族たちから落沫の声が漏れ聞こえてきた。
「魔法武器適正ゼロか……」
「魔石生成、一日一個では実用性が……」
両親は動揺の余り顔を蒼白にしている。
……だが、当の本人である僕はといえば。
(まあ、魔法武器?なんぞ使えんでも、前の人生では八十二年生き抜いたからな)
実にケロッとしていた。
* * *
その夜。自室に戻った僕は、ベッドの上で一人、そっと右手をかざした。
ぽこん。
小さな音とともに、掌の上に小豆粒ほどの小さな魔石が転がり落ちる。
神官の言う通り、銅貨一枚程度の価値しかない低品質な代物だ。
だが、僕はその小さな結晶を見つめ、ニヤリと口角を上げた。
(一日一個。しかも、確実に価値が生まれる。……これは、思っているより面白い能力じゃないか)
月光を反射して輝く魔石を見つめる。
(魔石……いわば、前の世界における「金」と同等の価値があるようなものか)
僕は掌の小さな魔石を転がしながら、しばらく考え込んだ。
(ふむ……これは密かに鍛えておいたほうがよさそうだな。そうすれば、数も増やせて品質も上がるかもしれん)
落ちこぼれ? 役たたず?
どうぞ好きに言わせておけばいい。人生経験を舐めてもらっては困る。
「……さて」
僕は思考を切り替え、自室の扉を開けた。
食堂では、落ちこぼれの判定を受けた僕を心配して、父上と母上がさながらお通夜のような顔で座っていた。
「カイル……! 大丈夫かい!? 鑑定結果なんて気にするんじゃないぞ!」
「そうよカイル、貴方がどんな能力でも、私たちの愛しい息子だわ!」
泣き出しそうな両親に、僕は微笑みかけた。
「父上、母上。僕は平気ですよ。……それより、一つだけお願いがあるのですが」
「なんだいカイル! なんでも言いなさい! 最高の剣か? 美味しいごちそうかい!?」
両親が身を乗り出す。
僕は前世からずっと恋焦がれていた、あの懐かしいソウルフードの名を口にした。
「……あんぱんが食べたいのです」
「「……あん、ぱん……?」」
両親は首をかしげ、顔を見合わせた。
「……聞いたことがない食べ物だな。甘いパンかい?」
「そういうパンは我が国にはないけれど……」
「…………え? ないの……?」
絶望が、僕を襲った。
転生して、今日一番の衝撃。
嘘だろ。あんなに美味くて完璧な食べ物が、この世界には存在しないだと……!?
(わ、わしの……わしのあんぱんが……!!)
思わず前世の口調が漏れかけるほどのショックを受けながら、僕は固く心に誓ったのだった。
こうして僕(82歳)の二度目の人生は——『魔石を鍛えること』と『あんぱんをこの世界で作ること』から始まったのだった。
読んでいただき、ありがとうございます!
Xでたまたま見かけた
「82歳の高橋是清が異世界転生したらどうなるんだろう?」
そんな思いつきから始まった物語です。 落ちこぼれカイルが、前世で培った知識と経験、そしてちょっと変わったスキル:【魔石生成】を武器に、これから貧困領地を立て直していきます。
……本人はとりあえず、あんぱんが食べたいだけなのですが。
本作は長編になる予定です!
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