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第22話「逃げ切れぬ心」

 あの日、修練場裏でサティの告白を目撃してから、三日が過ぎた。


 風の神殿はいつもと変わらず穏やかで、シルフィの護衛につくユーロスの態度にも、目立った変化は何もなかった。

 相変わらず、静かに彼女を護り、労わってくれている。

 だからこそ、シルフィは生きた心地がしなかった。




(あの後……彼は、なんと答えたのでしょう)


 執務室の机に向かいながら、シルフィは羽ペンを握る指先にぎゅっと力を込めた。

 羊皮紙の上を滑る文字が、昨日からずっと微かに震えている。


 彼が告白を受け入れたのか、それとも保留にしているのか。

 もし受け入れたのなら、あの不器用で優しい気遣いも、自分に向ける静かな熱も、すべてはあの若く美しいサティのものになる。


 そう想像をするだけで、呼吸の仕方を忘れたように胸が苦しくなる。

 夜もまともに眠れず、目の下にはうっすらと暗い影が落ちていた。




「シルフィ様。西教区からの報告書をお持ちしました」


 静かな声と共に、ユーロスが机の端に整頓された書類の束を置いた。


 シルフィはビクッと肩を跳ねさせ、慌てて「……ご苦労様です」と、平坦な声を絞り出す。

 顔を上げることができない。彼の瞳を見れば、柱としてあるまじき無様な懇願を口走ってしまいそうだった。


「……シルフィ様。少し、お疲れではないですか?」

「え……?」

「顔色が優れません。午後の視察は副団長に代わってもらい、少しお休みになっては」


 気遣わしげに覗き込んでくる、真っ直ぐな瞳。


 以前なら、ただの「部下としての忠誠」だと受け流せた。

 だが今は、その深い優しさが、どうしようもなく、痛い。


(やめて……。そんなに優しくしないで)


 優しい言葉をかけられるたびに、これが『最後の気遣い』かもしれないという恐怖が足元をすくう。


「大丈夫です。少し、寝不足なだけですから」


 シルフィは心中を悟られぬよう、視線を外へと逸らした。


「……畏まりました。無理だけはなさらないでください」


 ユーロスは何か言いたげに唇を開きかけたが、結局それ以上は踏み込まず、一礼し、元の待機位置へと戻っていった。




 少し離れた窓辺に立つ大柄な背中を、シルフィは書類の陰からそっと見つめた。


 彼とサティは、誰の目から見ても釣り合いの取れた、同年代の似合いの二人だ。

 彼が安らぎを見つけたのなら、上司として喜んで祝福すべきだ。それが正しい道理なのだから。


 そう、この三日間、何度も自分に言い聞かせてきた。

 だが、出口の見えない宙吊りの時間の中で、その正しいはずの道理は、いとも容易く崩れ去っていた。


(……私は――)


 ペンを置き、シルフィはそっと瞼を閉じた。


 もう、上司という言葉では誤魔化せない。

 柱としての務めでもない。

 彼が誰かのものになる未来だけは、どうしても嫌だった。


 ……認めたくなくても、この胸はもう、彼の不在を恐れている。


 窓の外では、秋風に揺れた落ち葉が静かに舞っていた。

 それでも彼女は、最後までその感情の名前だけは口にできなかった。

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