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The story’s 全作品集   作者: San


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194/212

The story’s 似顔絵屋 5

その日は、風が少し弱かった。


似顔絵師は机を出さず、村の外れを歩いていた。

畑の先、道とも呼べない細い土の線を進む。


特に目的はない。

ただ、歩いているだけだった。


しばらく行くと、小さな丘のような場所に出る。


そこで、ひとりの少女が座っていた。


膝の上に紙を置き、何かを描いている。


近づいても、少女は顔を上げなかった。


ただ、手を動かし続けている。


似顔絵師は少し離れたところに立ち、紙を見る。


描かれているのは、風景だった。


丘の向こう。

遠くの木。

空の広がり。


細かく、丁寧に描かれている。


「上手いな」


声をかけると、少女は少しだけ手を止めた。


「……ありがとう」


それだけ言って、また描き始める。


似顔絵師はそのまま隣に座った。


少し沈黙が続く。


風が紙を揺らす。


少女がそれを押さえる。


「人は描かないのか」


似顔絵師が聞くと、少女の手が止まった。


しばらくして、ゆっくりと答える。


「描かない」


「描けない?」


「描かない」


その言い方ははっきりしていた。


意図して避けている。


似顔絵師はそれ以上すぐには聞かなかった。


しばらく二人で、何も言わずに座る。


やがて少女が、自分から口を開いた。


「昔、一回だけ描いたことある」


似顔絵師は何も言わない。


ただ聞く。


「その人に頼まれて、顔を描いた」


少女の視線は紙に落ちている。


「頑張って描いた。ちゃんと見て、ちゃんと考えて」


風が少し強くなる。


「でも、その人……怒った」


手が少し止まる。


「こんなの違うって。こんな顔じゃないって」


声は静かだった。


「絵、破られた」


似顔絵師は少女を見る。


少女は顔を上げない。


ただ紙を見ている。


「それから、人は描かないって決めた」


短く、はっきりとした結論だった。


似顔絵師は少しだけ空を見た。


この世界では、顔は自分で確認できない。


だから他人の描いたものが、そのまま“自分”になる。


その重さを、少女は一度受けてしまった。


そして拒絶された。


それだけで、十分だった。


似顔絵師は何も言わなかった。


言葉で何かを返すことは、ここでは違う気がした。


代わりに、紙と炭筆を取り出す。


少女の隣で、静かに描き始める。


何を描くかは決めない。


ただ、線を引く。


少女は少しだけ横目でそれを見る。


何も言わない。


二人の間に会話はない。


ただ、紙の上で音だけが重なる。


風景を描く音。

顔を描く音。


違うものを描いているのに、同じ時間が流れる。


やがて、似顔絵師の手が止まる。


一枚の紙を、少女のほうに差し出す。


少女は少しだけ戸惑いながら、それを受け取る。


そこには、自分の顔が描かれていた。


初めて見る、自分の顔。


少女はじっとそれを見る。


怒りはない。

戸惑いも、少しだけ。


そして何より、“知らないものを見る感覚”。


似顔絵師は静かに言う。


「それも、君だ」


少女は顔を上げる。


「でも、これが全部じゃない」


少女の手の中の紙。


そして膝の上の風景画。


似顔絵師は続ける。


「今描いてるそれも、君だ」


風が吹く。


二枚の紙が少し揺れる。


「怒られたときの君も、描かなかった時間も、全部そうだ」


少女は何も言わない。


ただ、二つの絵を見ている。


顔と、風景。


まったく違うもの。


でもどちらも、自分の手や時間から生まれている。


長い沈黙のあと、少女は小さく言った。


「……変なの」


似顔絵師は少しだけ笑う。


「そうだな」


少女はもう一度、自分の顔を見る。



そのまま、大事そうに重ねる。


風景の上に、顔を置く。


似顔絵師はそれを見て、何も言わなかった。


ただ、少しだけ安心した。


この村では、顔は強い意味を持たない。


だからこそ、壊れずに残ることもある。


夕方の光が、少しだけ柔らかくなる。


二人はそのまま、しばらく座っていた。

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