22.二国の異世界人(6)
ふっ、と。
意識が浮上した。
夢を見た気がする。けれど、久々によく寝た気分だ。…………よく寝た?
「目覚ましは!?」
うみは跳び起きて、そう叫んだ。
すると、どこからか笑い声が聞こえてくる。
急いで眼鏡をかけたうみは、さらに大きな声で叫んでしまった。
「なんでモモちゃんが!?」
「ふっ、くふふっ……あははははっ! お仕事が詰まってるわけじゃないんだし、ちょっと寝過ごしたくらいでそんなに焦んなくていいんだよ。おはよう、鯨ちゃん」
「えっ、えっ……な、何時——」
目覚まし時計を見て、うみは青ざめた。
ちょっと寝過ごしただけなんて、とんでもない。
まさかの夕方である。
「ヤ、ヤーナのごはん……! リムククのお昼ごはんも……!」
「あー……。まあ、たしかにヤーナは朝ごはん食べなかったっぽいけど、お昼ごはんはアステティがちゃんと用意してくれたから。全然大丈夫だよ」
「ジュジュを牢に戻すのは——」
「それも大丈夫。わたしとシィレで送ってきたから」
「…………そ、っか。はあぁぁ……」
大きく息を吐いて脱力したうみは、背中からベッドに倒れ込んだ。
寝坊なんて、本当に久しぶりだ。
スモモがベッド脇に腰を下ろしたのを見て、うみはそちらへと顔を向ける。
うみの胸部の横あたりで頬杖をついたスモモは、うみと目を合わせて、うみの好きな、花が咲くような笑顔を見せた。
「ただいまっ」
「……おかえりなさい。お昼には帰ってたなんて、すっごく早いね。明日か明後日になると思ってた」
「帰りは魔力温存しなくていいからね、アステティにショートカットしてもらっちゃった。魔力足りなかったぶんは、わたしがアステティとニコを、ジュジュちゃんがシィレを抱っこして全力ダッシュしたよー」
「怪我人はいない?」
「うん! ——あ、いや、ジュジュちゃんは怪我したっぽいけど、シィレが治したみたい。だから、合流したときは無傷の状態で、わたしは怪我の程度とか見てないんだけど……うん、すっごく痛がってた。あれ、アステティの鎮痛がないとつらいよねー」
そっちはどうでもいい。親友と家族——つまり、部隊メンバーが怪我をしてないなら、それで。
という言葉は飲み込み、胸に秘めておく。
「危険なとこに行かせたのに、寝ちゃっててごめんね」
「え!? 鯨ちゃんの方が何万倍も大変なことしてるんだから謝んないでよ!」
「そんなことないでしょ。モモちゃんの方が——」
「むしろ、鯨ちゃんはもっともっとわたしのこと扱き使っていいんだよ。夕方まで寝ちゃうくらい疲れてるんだもん! ホントはいっぱい鯨ちゃんのこと助けたいのに、日常生活でも助けられてばっかりだし……!」
……それは、ちょっと聞き捨てならない。
うみは肘を支えにして半身を持ち上げ、スモモに顔を近づける。
「モモちゃんはずっとずっと、わたしのこと助けてくれてる。わたしがこうして、それなりに元気でやっていけてるのは、全部モモちゃんのおかげなんだから」
「違うもん。鯨ちゃんが、わたしの世界を広げてくれたからだよ。全部全部、いまわたしが持ってるものは、鯨ちゃんのおかげなんだもん」
「モモちゃんのおかげ」
「鯨ちゃんのおかげ!」
うみもスモモも、一歩も引かずに睨み合う。
しばらくの間そうしていたが、先に動いたのはスモモだった。
「まあ、鯨ちゃん自身がどう言おうと、べつにいいけどねっ。わたしは勝手にするから!」
そう言って鼻息荒く立ち上がったスモモは、勝ち誇った顔でうみを見下ろしてきた。
「なんでわたしが鯨ちゃんの部屋にいるか、わかる?」
「…………叩き起こすため?」
「ちーがーうーっ! なんでこの話の流れでそうなるの!」
勝ち誇った顔はすぐに崩れ、スモモは頬を膨らませる。
この三年で、すごく表情豊かになったな——ふいに、うみはそんなことを思った。
「目を覚ました鯨ちゃんは、絶対慌てふためいて家事なり仕事なりしようとするだろうから——ニコとシィレとわたし発案の『せっかくだし今日くらいはのんびりさせてあげよう大作戦!』を実行するためだよ!」
「ええ……?」
「どうせ、こないだヤーナに仕事押しつけて休んでやるって言ってた日も、事務作業以外のことやってたんでしょ? モモちゃんはがんばりすぎ、わたしたちを助けすぎなの! これ、少なくとも発案者仲間のニコとシィレもそう思ってるってことだからね!」
「ニコはともかく、シィレは違うと思う……」
シィレは自分が欲に溺れることも、他人を欲に溺れさせることも好きなのだ。
だから絶対に違う、とうみは確信してしまう。
「そういうわけだから、しっかりと休むがいい! 読書でもピアノでもクラリネットでも好きなことやってくれていいけど、家事とか仕事とかしようとしたら、ベッドに縛りつけてやるんだから!」
そう言って笑う彼女は、きっと本気で縛りつけてきたりはしないんだろうけれど。
でも、なんだか楽しそうにしているし——それになにより、少しの間だけでもモモちゃんを独占できるなら、それでもいっか、なんて。
仕方ない、というふうを装って、うみはスモモに「そこまで言うなら、夕飯までモモちゃんには膝枕でもしてもらおうかな」という贅沢な我儘をぶつけてみるのだった。




