14.副業おたすけ屋さん(8)
「んじゃじゃんじゃーん」
平坦な掛け声とともにヤーナが取り出したのは、卵型の機械だった。
大きさは人間の頭くらい。自立できるよう四本足の土台も付属しており、その土台にはタッチパネルが設置されている。
とっくにお客さんが帰り、店員も経営者も帰った夜の店内。
そこに忍び込んだスモモ、ヤーナ、トタンの三人は、以前は香水が並べられていた、いまはポップのみが置かれたケースの前にしゃがみ込んでいた。
「ええと……これはどういったものですか?」
床に置かれた機械を、トタンが指さす。その表情は、父親に内緒で店に入った負い目からか、どこか緊張しているように見えた。
対して、ヤーナの表情は緊張などナニソレ状態。むしろ嬉々として、よくぞ聞いてくれました! と言わんばかりに胸を張っている。
「これは魔力測定兼魔力探査機。魔法使えないのにこんなものを作ってしまうなんて……んひひ、礼賛するがいい」
トタンはよくわかっていなさそうな顔だったが、それでも音が出ないよう静かに拍手をした。
スモモは、タッチパネルの操作を始めてそれ以上説明をする気がないヤーナの代わりに、口を開く。
「魔力ってね、人によって違うんだって。で、魔法を使った場所に、一定期間その魔力が残るの。それを調べて、同じ魔力を持った人が探査範囲にいたら知らせてくれる。そういう機械らしいよ、これ」
「はえ~……。すごいんです……ね?」
それでもトタンは、よくわかっていなさそうな顔のままだ。
しかしスモモも魔法や魔力について詳しいわけでもなく、機械を作った本人でもないため、これ以上の説明は難しい。
ヤーナの作業はまだ続くようだから、スモモは話題を転換することにした。
「昨日と今日は、こわいこと起きなかった? 今度はお家の物が荒らされちゃったりとか」
「あ、はい。それは全然。……一番こわかったのは、今朝起きた瞬間、リムククさんに顔をのぞき込まれていたことですから……」
「あー……それは、ごめん。夜に迎えに行くねって、早めに伝えておいてって言っちゃったからだ……」
「いえ……。もし次があるなら、できればもう少し離れたところから声をかけてもらえると嬉しいですけど……」
「うん、気をつける。でも、それが一番ってことは……さっき二階の窓から飛び降りたのは大丈夫だった?」
「たしかにすごくドキドキしましたけど……スモモさんがきちんと抱きかかえてくれてましたし。それに、その……ドキドキも、悪くなかったといいますか」
「おー。意外と絶叫系もいけるクチだ」
「絶叫系?」
「そういう遊びもあるんだよ。安全対策をしたうえで、恐怖のドキドキを楽しむ遊び。もっともっとセーリンドが発展したら、こっちでも楽しめるようになるかも」
「こっちでも、ということは————ハッ」
ぶんぶんぶん、とトタンは首と両手を勢いよく横に振った。
「いやっ、さ、探りを入れるとか、そんなつもりじゃないですよ……!? 余計な情報を知るつもりはないです……! あの、ええと、だから…………そうだ! が、学校、いつまでお休みなんでしょうね?」
焦っているトタンがかわいらしくて、スモモは思わず笑ってしまう。
ただ、焦っていることを指摘したりするのは可哀想なので、そのままトタンの話に乗ってあげることにした。
「なんか情報を掴んだとかなんとかで、もっと調査したいってことになってたよ。明日は絶対休みで……明後日もどうかなー? キリよく一週間まるっと休みにしちゃう可能性が高いかも」
「わ……そ、そんなにですか。通い始めて、まだちょっとしか経ってないのに……。あ、でも、授業の遅れを取り戻すにはいいかもしれないですね。覚悟はしていたつもりでしたけど、やっぱりみんなとズレているぶん大変で……」
「たしかに、授業で前にやったところだぞーなんて言われてもって感じだしね。でも、トタンちゃんはハチャメチャに優秀だって聞いたよ? 意欲的で生活態度もいいし、すっごく期待してるって」
「ええぇっ、そんな、だれが言ってたんですか、そんなこと……! は、恥ずかしい……!」
「あのほら、めちゃ長い名前の、カナト語の先生————」
「来た」
スモモの声を遮るように、ヤーナが立ち上がった。
手には卵型の機械を乗せている。いつのまにか、てっぺんからは矢印が伸びていた。
矢印が指し示す方へとヤーナが歩き始める。
「あ、待ってよー。犯人に出くわすかもしれないんだから、わたしから離れないで」
「はっ……そ、そうですよね、いまから行く場所に犯人がいるかも——で、解釈あってます、よね?」
「うん、そうそう。だから、トタンちゃんもできるだけわたしの近くに、ね」
「はいっ……!」
スモモたちは売り場カウンターを通りすぎ、扉を開けてさらに奥へと進む。
裏にあるのは、事務室と従業員の休憩所。それから、倉庫だ。
ヤーナの足は、倉庫の方へと動く。
そしてその入り口にたどり着いたとき、上部を見たトタンがふと呟いた。
「そういえば……今更ですけど、カメラに映ってるんじゃ……」
「問題ない」
そう言ったヤーナは、堂々と倉庫へと入る。
そのあとにスモモが続けば、ためらいがちにトタンもついてきた。
「あの、問題ないというのは、どういう……?」
「サウスポール製のものは、いつだってどこでだってハッキングできる」
「……はっきんぐ」
「他人のカメラの電源を切ったり、映像を差し替えたり、そういうのはヤーナにとって簡単ってことだね!」
「それはよかった……んでしょうか? いえ、いまわたしたちが助かっているのはたしかですが……」
「もちろん悪用はしないよ、姫さまに誓って! こういうことするのは、お仕事に関わってるときだけ。ね、ヤーナ!」
「——おかしい」
「えあ?」
思いがけない返答をされて、スモモは間抜けな声をあげてしまう。
「わたし、そんな変なこと言った?」
「数値……異常なし。識別……異常なし。設定も間違ってない。回路……接触……不具合……ほかに考えられること……」
「無視? 泣いちゃうぞ?」
スモモがヤーナの背中をつつくと、彼女はハッと我に返ったように振り向いた。
そして。
「失敗した」
「し、失敗ですか……!?」
「ヤーナが失敗? そんなことある? バグみたいな挙動しても、そういう仕様だっていつも言うのに!」
ヤーナは唇を尖らせて、不機嫌ですよ怒ってますよを前面に押し出している。
そんな顔もかわいいが、スモモとしてはなにか体調不良とかなのではないかと心配にもなってしまう。
「どうしたの? 昨日、ちゃんとしたお昼用意してあげられなかったから、調子出なかった? わ、わわ、わたしのせい……!?」
「違う。見て」
ヤーナが差し出してきた機械の矢印の先が、折り曲がるようにして下を向いていた。
しかし、それを見せられたところでどういう意味なのかわからず、スモモとトタンはそろって首を傾げる。
「えっと……もしかして、壊れた?」
さらなる不機嫌アピールのためか、ヤーナの頬が膨らんだ。
「違う。ここが、魔力の一番濃い場所。犯人の居所——のはず、だった」
「ここが……?」
スモモは周囲を見渡す。
不審な人影はない。不審な物音もない。自分たち以外には、だれもいないように見える。
「あっ」
ふいにトタンが指をさした。
「ちょうどここの箱、盗まれている香水のものです」
ラックの最下段に収められている箱。側面には、管理番号らしき数字と、『おまじない香水』の文字が書き連ねられている。
「……おまじない?」
スモモが書かれている通りに呟くと、トタンが「そうです」と答える。
「ドレープという占い師を知っていますか? 元貴族の方々にもすごく人気なんですけど。勉強運があがる香り、健康運があがる香り、みたいな感じで、そのドレープ先生におまじないを込めてもらっているんです」
「おー……ハマる人にはハマりそうな商法」
日本でもよく見かけた謳い文句だ。
よく見かけすぎてレア感は薄かったが、この国では珍しく映るだろう。
「い、一応、まったく効果がないとかではないんですよ! ドレープ先生は異世界人——の子孫だという噂があったり……占いもバッチリ当たる——七割くらい……だったり……」
「うーん……」
苦笑しか出てこない信憑性だ。
ただ、異世界人の子孫というのが本当かどうかは、あとで確認してみてもいいかもしれない。そういった人物は時折、この世界の生まれでありながら特異性を発現するのだ。白百合姫のように。
盗まれた香水に特別な力が宿っていたとしたら、いよいよ大問題——国の中枢に関わる問題として、おたすけ屋さんではなく真白部隊として出動する事件に発展する可能性がある。
——と、スモモは考えたのだが。




