13.副業おたすけ屋さん(7)
「王に会ったのは二度。王城は来賓が通れる道しか使ったことがない。宿舎暮らし。仕事と訓練以外では、だれとも話さない。プライベートで出かけることもなし。今回の件は、仮面の人から指示書を受け取ってそれに従っていただけで、上官の顔も名前も知らない。……うーん。こういう報告ばかりだと、わたしが上から突っつかれちゃうんですよねえ」
うみは眼鏡のつるを触ってから、ペンを握り直す。
バインダーに挟んである紙は、五分の一以上が真っ白だ。
これは今日一日だけではなく、ジュジュを捕らえてから得た、ベイルドア王国に関する情報の総計である。
「……何度来ても、これ以上言えることはないですよ」
膝の上に置いた自分の手ばかり見つめているジュジュが言った。
「それで仕事が終わるなら、わたしだって切り上げたいところですけど」
テーブルを挟んで向かいに座る彼女とは、一度も目が合わない。
いつもなら、高圧的に出るか、逆に下手に出ておだててやるか、相手の性格に合わせてそれを選ぶところだが。
——やりにくいなあ。
うみは心のなかで、ため息をつく。
ここは牢屋で、彼女は罪人。
ただし、スモモが情状酌量を願ったことで、敵国スパイという大罪人にしては破格の待遇を受けている。
まず、部屋を囲むのは鉄格子ではなく鉄の壁。扉の小窓を閉めてしまえば、プライバシーを守れる仕様だ。
家具は質素ながら、ベッド、テーブル、イス、チェストと最低限レベルは揃っている。さらに暇つぶし用にと、本が数冊置いてあるくらいだ。
はてさて、白百合姫は彼女を今後どうするつもりなのか。いつまでも律儀にスモモとの約束を守り続ける気だとは思えないけど。
——わたしが無駄に考えることじゃないか。
うみはバインダーを伏せて、テーブルに置く。
「まあ、雑談でもしましょうか。何気ない会話から得た何気ない情報が、どこかで役に立つこともありますし。なにか不足しているものはありますか?」
「いえ……」
「こういうところがつらい、とかは?」
「いえ……」
ぽそぽそ、とジュジュは非常に小さな声で答える。
本当に無気力というか、なんというか。
スモモからのお願いがなくて、うみが聴取の担当になっていなかったら、拷問されていてもおかしくないことを、わかっているのだろうか。
もう少し、会話する努力くらいは見せてほしいものだ。
「悪いけど、しばらく牢獄暮らしは継続だし、もしかしたら一生出られないかもしれないんだから、ほしいものとか、こうしてほしいとか、叶うかどうかはともかく希望は出した方がいいと思いますよ」
「一生……」
「そうです。セーリンドの国民を殺していますからね」
「……それも、いいのかも」
ジュジュが自嘲するように薄く笑った。
「訓練も戦いもないなら、それで……」
それを聞いたうみは、今度は心のなかに留めず、表に出してため息をついた。
「本当にそれでいいんですか? ここで一生を過ごすことが、望みだとでも?」
「……だって」
ジュジュの手が握りしめられる。
「だって……帰れないなら、一年も十年も一生も、なにも変わらないじゃないですか……」
涙を流すまではしていないけれど、その声は震えていた。
——帰れないなら。
それはもちろん、ベイルドア王国に帰りたいという意味ではないのだろう。
その気持ちはわかる。わかるからこそ、無気力なままでいられると困るのだ。
うみの願いを叶えるため想定し得る最短ルートが、真白部隊の仕事で成果をあげることなのだから。
「もし、あなたがセーリンド帝国に貢献できるなら」
眼鏡越しに、少しの変化も見逃さないよう、うみはジュジュの顔を見つめる。
「白百合姫さまに掛け合ってあげますよ? 帰還希望メンバーに入れておいてくださいって」
「えっ」
初めて、ジュジュと視線が合った。
——わかりやすい反応。
いや、これも嘘の可能性はあるか。もしそうなら、相当な食わせ者だけど。
「か、帰れるんですか……!?」
「さあ。姫さまの家系の能力は、生物・非生物問わず、異世界からランダムに召喚するもの。元の場所に戻す能力じゃないから、絶対ではないですけど。でも約束としては、異世界からそういう能力を持った人か物を召喚できたなら、あるいは召喚じゃなくてもこの世界で手に入れられたなら、それを希望メンバーに与えてくれるっていう話になっています」
「え……あ……え……。どうしよ……可能性……。でも……」
ジュジュの瞳が揺れている。
嘘っぽくない、本気でこちらの話に縋らろうとしている反応に見える。
このまま押せば、協力的になってくれそうだ。
……とはいえ、騙したいわけではないから、伝えておくべきことは伝えておかなくては。
「念のために言っておくけど、この話、ベイルドア王国の手口と変わらないですからね。向こうでも似た話をされたから、協力してたわけでしょう? むしろわたし、ベイルドア王国はもう帰るための道具を手に入れてるなんて噂を聞きましたけど」
またジュジュが目を伏せ、視線が外れた。
そうして、ぽそぽそと小さく口を動かす。
「そ……そういう道具があるっていう噂は、あたしも知ってます……。でも……あの……だれかが帰ったなんて話は、聞いたことがなくて……。だからみんな……あたしも……王様との約束は、その、どうしても……信じられなくて……」
「みんな、ね」
びくっとジュジュの体が揺れた。
「やっぱり、ベイルドアの人と雑談してないわけじゃないんですね。知り合いの情報を売るのは、嫌ですか? 似たような境遇だったから、同情してるとか?」
「う……」
しばらくジュジュは視線を彷徨わせていたが、やがてスモモの問いには答えず、恐る恐るといった様子で質問を投げかけてきた。
「あなたは、き、帰還希望メンバーっていうのに、入っているんですか……?」
「……入ってるけど」
瞬間、ジュジュの顔が輝く。
視線をしっかり合わせてきて、思わずうみの方がたじろいでしまいそうになるくらいだった。
「そ、そうなんですね……! あの、てっきり、あの人みたいな人ばかりかと……」
「……古賀スモモのこと?」
「は、はいっ。だって、あの、たぶんですけど、あの人はメンバー入ってないですよね?」
「まあ」
「やっぱり……。どうしてあの人は、帰りたくないなんて——」
「あんまり」
眉間にシワが寄りそうになるのを堪えながら、うみはあえて口調を柔らかくして言った。
「あんまり悪く言わない方がいいのかも。わたしもスモモさんのことよく知らないけど、戦いとは無関係な日本の学生でも、衣食住が満たされていても、窮屈な思いをしながら生きてた可能性だって……ね? よく知らないからこそ、ないとは言い切れないから」
「あっ……。ご、ごめんなさい、あたし……」
「とはいえ、あっちもあなたのことよく知らないままいろいろ言っちゃったんですよね? そういう報告があがってきてました。彼女のことは、わたしから謝ります。すみませんでした」
うみは頭を下げ——ジュジュから顔が見えないのをいいことに、唇を噛んだ。
ストレスがどんどん溜まっていくのを感じるけれど、彼女の態度を軟化させるため、仕事のため、率いては自分の願いのためだ。
我慢、我慢、と何度も頭のなかで繰り返す。
そんなうみの思いなど知らず、ジュジュは「いい人……常識人……」と呑気に呟いている。
「あの……鯨さん、でしたよね」
顔をあげると、彼女の表情はすっかり緩んでいた。
「うみでいいですよ。名字はこの国じゃ使いませんし」
これは嘘だ。
この国でうみを名字で呼ぶ人が、ひとりだけいる。この国どころか、この世界のなかで、ただひとりだけだ。
「あの、じゃあ、うみさん。あたし……もう一回、がんばってみようと思います。帰れるように……!」
「————それじゃあ」
うみはバインダーを手に持ち直して、できる限り柔和な笑顔を作る。
「もう一度、最初から聴取をしましょうか」




