12.副業おたすけ屋さん(6)
ぐう、とお腹が鳴る。
今朝早く、『本日は警察の調査とセキュリティ関連の異世界道具導入ため、休校となります』という連絡を電話で受けてから、スモモはずっとコントローラーを握り続けていた。
「アステティ~、お腹空いたぁ~」
テレビから目を離さずに訴えるも、返事が聞こえない。キッチンの方を見ると、だれもいなかった。
壁かけ時計を確認すれば、とっくにお昼を過ぎている。
いつもなら、アステティの方から『お昼はニコと同じもので問題ございませんよね』と言ってくれるのに。
珍しいな、と思いつつ、スモモはゲームを中断して立ち上がった。
「アステティー?」
今度は廊下に向けて声をかけてみるが、やはり返事はない。上階からは、モーター音かなにかの音が低く響いてくるばかりだ。
トタンの依頼解決のため、ヤーナが自室にこもって道具を作っていることは知っている。
その作業音に紛れて、声が届かなかったのだろうか? とスモモは首を傾げながら、リビングダイニングを見渡した。
「あっ」
スモモはダイニングテーブルへと近づく。
そこには、かわいらしいパステルカラーの用紙が置いてあり、メモ書きが残されていた。
『お姉ちゃんとランチに行ってきます』
まるっこい字に、リボンをつけたアルマジロのキャラクターイラストも添えられてある。
このキャラクターは、ニコの故郷で流行っていた、ニコのお気に入りだ。メモを残した主はニコで確定である。
ニコとアステティはランチ——羨ましいとは思うが、ふたりは真白部隊やおたすけ屋さんとしての顔を表に出しておらず、スモモが周囲からスパイと疑われ、さらにおたすけ屋さんとしてトタンに協力しているいま、並んで外を歩くことができないのだ。
それから、リムククも隠れてトタンを警護しているので外出中。シィレは白百合姫に呼ばれ外出中。うみは真白部隊の仕事関連で外出中だ。
つまり、現在家にいるのは、スモモとヤーナだけということになる。
ぐうう、とまたお腹がなった。
とりあえず、スモモは冷蔵庫を漁ることにした。
「んー……」
食材はたくさん入っている。
けれど、どれも切ったり焼いたりなどの調理が必要な物ばかりだ。
こういうときは、カップ麺や冷凍パスタの便利さが懐かしくなる。人材や衛生面の観点から、大量生産系の食品工場はまだセーリンド帝国内に二、三か所しか存在しない状況だ。カップ麺なんかが一般市場に流通するのは、当分先の話になるだろう。
スモモは冷蔵庫を閉め、次は戸棚を開けた。上段には調味料、下段にはお酒、そして中段にはお菓子や乾き物の類が入っていることが多いのだが——、
「やった!」
期待通り、そこには袋詰めにされたスコーンとクッキーが鎮座していた。恐らく、アステティのお手製だろう。
スモモはスコーンもクッキーも両方手に取り、食器棚からグラスふたつ、冷蔵庫からレモン水のボトルを出して、二階へと向かった。
「ヤーナー! お昼だぞー!」
ヤーナの部屋の扉は、自動ドアになっている。鍵もなにも取りつけられていない、プライバシーゼロ空間だ。
そうなっている理由のひとつは、いつでもだれでも、ヤーナが倒れていないか確認できるようにするため。一度作業を始めると、ヤーナは寝食を忘れ、気絶するまで没頭してしまうのだ。
そしていま現在も、スモモが大きな声で呼びかけたのにもかかわらず、ヤーナはデスクに向かって黙々と作業を続けている始末。
仕方ない、と息をついたスモモは、サイドテーブルに持っていたものをすべて置き、ヤーナの背中側からデスクを覗き込んだ。
正直、見たところでなにをしているのか、詳しいところはスモモにはわからない。
けれどヤーナがピンセットを駆使し、金属のような色合いのものを板にはめ込むか張りつけるかしようとしていて、息を止めるくらい集中していることだけはわかった。どうやら、邪魔するタイミングとしてはよくなさそうだ。
スモモはヤーナの手元に影を落とさないよう気をつけつつ、その様子をしばらく見守る。
やがて山場は過ぎたのか、「ふう」とヤーナが肩の力を抜いた。
——もうオッケーかな?
呼吸も正常に戻っていることを確認して、スモモはヤーナの背をトントンと叩いた。
「おつかれ~」
「わ」
びくん、とヤーナの体が小さく揺れる。
いつもどこか眠たげな目がまん丸になってこちらを見上げ、それがかわいらしくて、スモモはぎゅっとヤーナの背中に抱きついた。
「もうお昼だよ。ちょっと休憩しよ?」
「ビックリした……」
「んふふ。心臓ドキドキしてる」
「スモモに背中をとられるのは、ライオンに喉元を噛まれてるようなもの。生存本能が心臓を追い立てるのもやむなし」
「えー? ちょっとひどくなーい?」
くすくす笑いながらスモモはヤーナから離れ、サイドテーブルを移動させる。
「ベッドでいーい?」
「うん。邪魔なのは適当に隅にやっといて」
ベッド脇に散らばっている本や新聞紙、難しそうな数式が書きつけられた紙片などをひとまとめにし、サイドテーブルを置く場所を確保する。
ゴミが散乱しているわけではないが、本棚や引き出しに入らない物があふれてごちゃごちゃしているのがヤーナの部屋の常なのだ。
「あれ」
ベッドに座ったヤーナが首を傾げた。
「もしかして……アステティ、いない?」
サイドテーブル上のラインナップを見たからだろう。
スモモもベッドに腰かけて、「そうなの」と答える。
「ニコとランチに行っちゃってるみたい」
「道理で。……んひひ。ヤーナたち、アステティがいなくなったら、栄養失調で死んじゃうと思う」
「言えてる~。本人はニコに作るついでだからっていうけど、わたしたちの好みにもあわせてくれるし、ほんっとーに感謝感謝だよ」
「感謝感謝」
ヤーナが袋を開けている間に、スモモがレモン水をグラスに注いで、ランチの準備完了だ。
「いただきます」
そう言ったのは、スモモだけ。ヤーナはなにも言わずに、スコーンを口に運んだ。
極力、お互いの文化をお互いに強要しない。どうしても譲れないことがある場合のみ、全員で話し合って妥協点を決める。それが、生まれ育った国どころか世界すらも違う、スモモたち家族内のルールである。
スコーンは非常に美味だった。
焼き色のついた外側はさっくり、なかはしっとり。日本のお店で売られていたものと比べても遜色ない。このレベルを、この国の食料の質で手作りしてしまえるのだから、アステティは本当にすごい。
ヤーナもきっとそう思っているはず——ではあるのだが、いまのヤーナはスコーンのおいしさよりも、デスクの上で一時放置されているものの方に意識を持っていかれているようだ。
なにか作業の段取りでも反芻しているのか、瞬きもせずにそこをじっと見つめている。
「ヤーナ、ベッドにぽろぽろ零れてるよ」
「んむ? ああ、うん、平気。あとでかわいくお願いすれば、スモモが掃除してくれる」
「えーっ、わたしぃ? そんなこと言ったってね………………かわいくお願い、か」
「んひ。効いてる効いてる」
「むうぅ……。ま、まあ、いいよ。かわいくお願いしてくれるなら、掃除くらい。それより、明日までに間に合いそ?」
「ん、間に合わせる。ヤーナは納期を絶対に守る女だから」
「頼もし~。……わたしも、なにか手伝えればよかったんだけど」
「スモモのいまの仕事は、腕磨き。弱いままじゃ、ヤーナの対戦相手には相応しくない」
「あはは、手厳しいなぁ。ヤーナみたいにもっとこう、初めてのゲームでもびゅーんと上達できればいいのに。まだCPUレベル6にも勝ててない……」
「ヤーナは地元でもいろいろやってたから。掃除終わったあとは、特訓がんばって」
「掃除はかわいくお願いしてくれないとしないからね!」
友達兼家族と軽口を叩き合いながらの食事。
それが終わったら趣味に全力を費やして、明日になったら仕事にも全力を費やして——そんな毎日、そんな生活に、スモモは充足感を覚えている。元の無気力無感動な日々に戻るつもりは、毛頭ない。
異世界に来て初めて、スモモは生きている意味を見出せたのだと思う。
けれどふと、彼女は違うんだろうな、という考えが頭をよぎった。
『あたしばっかりこんなに苦しいなら、死んだ方がマシじゃないですか……!!』
世界中の人間と仲良くできる、理解しあえるなんて、そんな純情ぶった考えは持っていない。
きっと彼女とスモモは、わかり合えない者同士なのだろう。しかし、だからといって、心配しないわけではない。
ベイルドア王国を離れて、いま少しでも心穏やかに過ごせているのなら、それに越したことはないけれど。
——せめて、泣いてないといいな。
スモモは、そう願うばかりだった。




