64話 Side ミレーネ
Side ミレーネ
「ジオス様、領主は一体どのような用事なのでしょうか?」
「さぁねぇ。ミレーネ君が知らないんじゃ、私が知るわけないじゃないか」
この、飴玉を口のなかでコロコロと転がしながらヘラヘラと笑っているのが、私の上官であるジオス・ソーディアス――いえ、ジオス・エレンド様です。
迷宮から現れたという竜と戦っている時でさえ、この態度を崩しませんでした。
かつては情熱と忠誠を兼ね備えた最強の騎士と呼ばれ、剣聖の称号を与えられし全ての騎士の憧れ。しかし、今は全てを失い、地方の悪徳領主の食客に落ちぶれた男性です。
あの日、私がもっと頼りになっていれば。私がもっと自信を持てていれば……。
この方は全てを我らに任せて、自領へと戻れていたでしょう。そうできていれば、隣国の侵攻も防げたはずですし、お嬢様が処刑されることもなかったでしょう。
そして、弱腰の愚王があり得ないほど不利な条約を結び、ジオス様の名誉が汚されることもなかったに違いない。
情けない私があの日、「この戦場は自分たちだけで大丈夫です。団長は領地へお戻りください」。そう言えていれば……。
ジオス様が全てを失い、無気力になることはなかったはずです。
「――ネ君。ミレーネ君」
「あ! 申し訳ありません。少し考え事を」
「無視するから、いよいよ愛想が尽きたのかと思ったよ。いつでも再就職していいんだからね?」
「あり得ません。どこまでもお供しますから」
「ふーん。そうかい」
「はい」
興味なさげに頷くジオス様。ですが、それでも構いません。私がそうしたくて、この方の副官を続けているのですから。女である私を副官へと引き上げ、重用してくれたこの方に恩を返すまでは……。
「ジオス、ミレーネ、参りましたよっと」
「ようやく来たか! 遅いぞ!」
エルンストの領主であるホルム子爵が、見下した表情でジオス様を睨みつけます。痩せ細った、まるでミイラが動いているかのような不気味な男。魔術の研究と、自身の延命にしか興味のない典型的な外道。
各地の巡察任務という名の厄介払いをされていたジオス様に目を付け、食客として雇った男です。尊大で傲慢で、自分以外の人間なんて研究材料か奴隷程度にしか思っていない男。
ですが、さすがにジオス様の強さは理解していたようです。戦場でのこの方を見たことがあるのでしょう。ジオス様がどれだけやる気がなく、日々怠惰に過ごそうとも、小言程度にとどめて我慢強く使おうとしていました。
この男にとっては、信じられないほどの譲歩でしょう。
まあ、ホルム子爵の命が脅かされた場合は戦闘行為を行い助けると、契約魔法で縛っているからでしょうが。
そして、あの日、竜に襲われたこの町を、ジオス様は救いました。傭兵たちと連携してですが、契約は果たされたのです。
それもあってか、ホルム子爵の態度は以前よりもかなりマシになっています。なにせ、以前までは癇癪を起こせば物を投げつけてくることすらありましたから。それが、今では罵声だけです。
「逃亡者たちの捕縛についてだ!」
「あー、鋭意捜索中です。土地勘のない我らには、中々難しくてねぇ」
「奴らが迷宮の深部に潜んでいる可能性が出てきた! 傭兵どもが噂しておるのだ! お主たちには兵士を連れて、もう一度迷宮へと潜ってもらう! 役立たずの貴様らでも、場所が分かっていれば捕縛可能であろう!」
1年以上前から依頼されている、逃亡したという獣人少女2人の捕縛。言葉は濁していますが、確実に違法な奴隷でしょう。
逃亡奴隷が1年も見つからないとなればもう死ぬか、町の外へと逃げ出していると思うのですが……。
ホルム子爵には、生きてこの町に潜んでいるという自信があるようです。この男の専門は生命魔法と呪詛魔法。探知する術でもあるのかもしれません。
たかが少女2人をこれだけ執拗に探すのですから、特殊な存在なのでしょう。
「迷宮に子供だけで逃げ込めますかねぇ?」
私も同感です。そもそも、迷宮はすでに捜索済みでした。深層までいったのです。それで見つからなかったのに、今更?
「うるさい! 逆らうな愚図が! お前は命じられたことをしてればよいのだ! もう、時間がない……! 必ずや、あの2匹を我が前へと引きずってまいれっ! いいな!」
いつにも増して感情の起伏が大きいホルム子爵に対して、いつもの如く適当に頷いて部屋を退出するジオス様。
「さて、領主殿には雇われている身だし、さすがにあれだけ強く要請されちゃ無視できないなぁ」
「子供の捕縛ですか……」
「面倒だね」
「……それに、騎士の仕事ではありません」
「ははは、そうだねぇ」
その顔には、いつもと同じ無気力な表情が浮かんでいます。ですが、その目。ジオス様の目には、暗い暗い闇が映り込んでいるようでした。
いつか自身さえ呑み込んでしまうその深い闇を、この方は自覚しているのでしょうか?
「あの子と同じくらいの年齢だってね……。嫌になっちゃうねぇ。はは……」
「……そもそも、深層ともなると我らだけでは心もとないのではないですか?」
「あー、前回も兵士君たちが毒にやられたしねぇ」
「はい。傭兵の道案内を雇う必要があるでしょうか……」
ですが、ジオス様の評判は最悪です。根も葉もない噂から、身に覚えのある噂まで、様々な悪い噂が飛び交っている。
この状況で、信用できる傭兵を雇えるとは思えません。
「あの傭兵たちはどうでしょうか?」
「竜の時のかい?」
「ええ。実力的にも性格的にも、信用ができると思ったのですが。たしか、青年は聖魔法の使い手だったはずですし、毒迷宮でも彼らの案内があれば相当楽になりそうです」
「そうだねぇ……」
いつもは「君に任せるよ」としか言わないジオス様が、珍しく悩んでいます。彼には何かあるのでしょうか?
「ちょっと前に、彼を見かけたけど……。やめておいた方がいいと思うよ?」
「なぜでしょう?」
「彼は……私と君でいえば、私よりだよ。信用するべきじゃないさ」
「え?」
「まあ、彼はやめとこう」
「わ、分かりました」
どういうことでしょう? 竜と戦っていた時には、年齢に見合わぬ実力を備えた好パーティといった感じでしたが……。




