65話 羅針盤
宝箱から手に入れた円盤は、やはり羅針盤のような機能があるようだった。
ここ数日、魔力を込めてみたり、探索時にこまめに観察してみたんだが、針が必ず同じ方角を指し示しているのだ。
集結型魔法陣がある部屋の出入り口から森林を見て、やや左寄りの方である。
今日はいよいよ、この羅針盤の指し示す先に何があるのか、確認するつもりだった。野営の準備もしっかりしてある。
期待するのは、先へと進むためへの何かだ。ヒントでも発見できれば有難いんだがな。羅針盤はかなり特殊な隠され方をしていたわけだし、その可能性は低くないだろう。
「こっちであってるはずだけど、特に目立つものは見えないよな?」
「にゃぅ。魔力とか見えないです」
「匂いもなーい」
道があるわけでもないし、数時間歩いた程度じゃ手掛かりなんて見つからないか。
その後も俺たちは羅針盤の針を頼りに、深層を進み続けた。最初は何が起こるかも分からずに緊張していたが、段々と普段の探索と変わらなくなってきたのだ。
シロとクロなんていつの間にか鼻歌を口ずさみながら、森の中を進んでいる。木の実や果物をゲットできたし、食用になる魔獣も何度か倒せているしな。
「にゃにゃー♪」
「わふー」
初日は目立った事件もなく、普通に終わってしまった。まあ、怪我をしたりだとか、他の傭兵に出会ったりということもなかったので、明日に期待しよう。
近頃は本当に傭兵が増えたからな。近くの町から傭兵クランがやってきたらしく、そのクランの上位傭兵が10人ほど深層の探索を始めたらしいのだ。
たかが10人だが、同じエリアで活動するとなると相当な人口密度の上昇である。
また、その傭兵たちに先を越されてなるものかと、今までこの迷宮で活動していた傭兵たちも探索に力を入れ始めたらしい。
結果、傭兵の気配が増え、俺たちは身を隠さねばならない回数が増えてしまっていた。だからこそ、野営をしながらより遠くの探索を行おうと考えていたのだ。
まあ、一番遭遇回数が多かったのは、ガイランドと一緒にいた黒髪の青年――アレスだったけどね。深層で長期の活動をしているらしく、あの後3回も彼と遭遇していた。
アレスは隠密能力に長けており、俺はおろかシロやクロもその接近を察知することが難しかった。30メートルくらいまで接近されれば分かるんだが、それまでは全く察知できない。
しかも、向こうはこちらの存在をハッキリと感知しているようで、咄嗟に隠れてもあっさりと見つかってしまうのだ。
2度目なんて、咄嗟に地面に穴を掘って隠れたのに見つかってしまった。アレスは俺たちが落とし穴に呑み込まれたのだと思って、善意で掘り起こしてくれたようだが。
シロとクロはどうにもアレスのことが怖いらしく、ずっと人見知り状態だ。若く見えても大人ってこともあるんだろうが、その目が怖いのだという。
多分、俺たちが子供だてらに高い能力を持つことを知り、不審に思っているんだろう。シロとクロはその探るような雰囲気を敏感に感じ取っているらしかった。
彼のことを考えたからかね? 2日目、俺たちはアレスと4度目――いや、最初を併せたら5度目となる邂逅を果たしていた。
「やあ、こんにちは」
「こ、こんにちは」
「にゃ」
「わう」
相変わらずシロとクロは人見知り状態だ。俺はできるだけ幼く見えるように受け答えをしているんだが……。
「……」
え? なに?
アレスが俺をジッと見つめている。何かを探るような目だ。もしかして、俺の異常性がバレたのか?
「え、えへ?」
「君たち、ここからは深層でもさらに深い場所だ。魔獣がさらに強くなっていく。無茶はしない方がいい。ただでさえ、小さい子もいるんだから」
「は、はいです」
「わかった」
「……うん。それじゃあ、僕はもう行くよ」
毎度そうなんだが、俺たちが露骨に彼に怯えていることが伝わっているのだろう。アレスは微妙な表情で去っていった。
暫くしてから魔法で索敵をしても、周辺には誰もいない。本当に立ち去ったのだろう。
俺たちのことを良くも悪くも気にしているようだったし、隠れて見守っている可能性もあると思ったのだ。あちらに悪気はなくても、俺たちには見られたくない情報が多すぎる。
多少警戒した方がいいだろう。
「ふぃー。こんなところで会うと思わなかったな」
「怖かったです」
「うん」
顔を見合わせて「ねー」と頷き合っているシロとクロはおいといて、俺は森林の先を見つめた。アレスの情報が正しければ、この先は魔獣が強くなるらしい。
それはつまり、辿ってきたルートが正しいということの証明じゃないか? だからこそアレスも、この辺りにいるのだろう。
慎重に先へと進むと、アレスの言葉は本当だった。
なんと、いきなり初見の魔獣に遭遇していたのだ。足が12本ある鋼鉄製の蜘蛛? いや、甲殻が鋼鉄でできた足が長いダンゴムシ?
ともかく、非常に強そうだった。名前はハードシェルバグ。剣も矢も弾く甲殻に、凄まじいパワー。鉄すら溶かす酸を併せ持つ、高位の魔獣だ。
ただ、俺には倒し方が分かる。こいつの酸袋が珍味で美味しいらしい。逆に言うと、そこ以外は食用にならないんだが。
「シロはやつの引き付け! クロは背中にある瘤を闇で覆え! あれが目だ! 動きが止まったら、俺が止めを刺す!」
「やったる」
「にゃにゃ!」
こいつは背中に目があるんだが、それを覆われると動きが止まるらしい。目の性能が良過ぎて、そこを潰されるとパニックになるんだとか。
そして、その目こそが弱点でもある。目の内側に神経が集中しているので、目を潰せばまず助からないのだ。
「にゃにゃにゃにゃー!」
「覆え! 闇壁!」
「断ち斬れ、黒き炎よ! 黒炎刃!」
大声を上げながら弱い魔法で攻撃をするシロを警戒するハードシェルバグに、背後からクロが魔法を放った。
背中を闇で包まれた魔獣が、情報通り硬直する。そこに、俺の魔法が突き刺さった。竜の力を上乗せした黒炎刃という中級魔法だ。
奴の体の中でも特に硬いはずの目が、黒炎の刃で斬り裂かれ、その内部が真っ赤に熱された。高熱による陽炎と共に、黒い煙が上がる。
「ギイィィィィィイィ!」
金属が擦り合わされるような甲高い悲鳴を最後に、魔獣はその動きを止めるのだった。
「やったです!」
「おいしーのゲット」
「いや、美味しいかどうかは分からないぞ?」
俺の知識では珍味ってなってるし。前世でいうホヤみたいな感じらしい。しかし、いきなりこのクラスの敵か。一層慎重に探索を再開しよう。
あと――。
「腹減った……」
やっぱり竜の力は燃費が悪すぎる。




