149話 脱出後
女神様の声が途絶えた直後、俺の視界が一変する。転移によって、迷宮の外へと戻ってきたのだ。
入り口には、先に戻っていた者たちがほぼ全員そろっていた。
「トールです!」
「もどってきたー」
シロとクロが一目散に駆け寄ってくる。
「トール!」
「わーい」
「ぐえぇ」
飛びついてきた2人に押しつぶされ、地面に倒れ込む。願いをかなえてもらうだけだと分かっていても、俺と離れ離れになって不安があったんだろう。
「ちょ、重い重い……!」
「にゃー、ごめんです」
「愛のおもさゆえにー」
「はいはい」
起き上った俺に、シロとクロが興味津々で聞いてくる。
「女神様に何を頼んだんですか? お肉ですか?」
「何でお肉なんだよ」
「じゃー、おさかなー?」
「食い物から離れなさい」
俺、そんな食いしん坊キャラに思われてた? いや、シロもクロも空腹なだけか。話している今も、2人のお腹がクークーと可愛く主張しているのだ。
俺は背負い袋から取り出した風を装ってパンを取り出すと、2人に渡してやった。お手製のジャムを挟んだ、硬くて食いでのあるパンだ。カロリーの補充には最適だろう。
「やった!」
「やたー」
パンを即座にモグモグし始める2人の前に、魔法で作り出したコップと水を出してやりながら、俺は周囲を見渡した。傭兵たちは、怪我を負った村人を介抱しているみたいだな。
女神像の恩恵で重傷者は危機を脱しているが、完全回復ではない。死にそうなものを優先して、僅かに癒すって感じだったのだ。
ただ、怪我以上に、村人たちを苦しめているものがあるようだった。村人全員が、シロとクロの手元を凝視しているのだ。かなりの空腹に襲われているらしい。
シロとクロもパンだけじゃ物足りなさそうだし、ここは何か振舞うかね。と言っても、保存庫に入れた魔法料理は出せない。
収納能力があることを知られたくないし、魔法料理の効果がバレる危険性もあるのだ。どうやって食材を用意するか悩んでいると、俺が戻ってきたことに気付いたシュリーダが男性を伴って近寄ってくる。
「トールさん。さっきは間抜けな感じになっちまったが、改めて礼を言わせてくれ。ありがとうございました」
「あー、あなたを助けることができたのは偶然だ。でもまあ、その感謝は受け取るよ」
偶然に近くはあるが、俺がシュリーダを救ったのは確かだ。それに、ここで謙遜しても、いやいやと頭を下げ合うような感じになりそうだしな。
俺は彼女の言葉に頷いておいた。そして、シュリーダの横にいた男性が、一歩前に出る。
「村長のデオルさんだ」
「わ、私たちも、お嬢さんたちに助けていただき、ありがとうございます」
痩せ型の不健康な男性が、俺に深々と頭を下げた。多分、俺がシロとクロの保護者だと聞いたんだろう。
「あれは、シロとクロが言い出したことだから。礼は2人に言ってくれ」
「それはもう、皆で。ただ、彼女たちが、礼はあなたにいうようにと。自分たちはあなたに助けられたから、同じことをしているだけだからと……」
「……そうか」
あいつら、そんなことを……。
「あなたの育て方がよいのでしょうねぇ。とても素直で元気なお嬢さん方だ。あなたのことを優しくて頼もしいと、随分褒めてらっしゃいましたよ」
村長の言葉を聞き、何とも言えない感情が湧き上がる。俺は別に、そんな大した人間じゃない。
シロとクロを助けた理由だって、慈悲の心だけじゃない。同情心は確かにあったが、見捨てたら寝覚めが悪いという自己保身の気持ちだってあった。あとはモフモフのケモミミが好きだとか、そんなもんだ。
でも、シロとクロの言葉は、素直に嬉しかった。2人がそう言ってくれるならそうなりたい。背中を見られても恥ずかしくない人間になりたい。そう思ったのだ。
まあ、この厳しい世界は綺麗ごとだけでは回らないが、2人はこれまでの厳しい人生でそのことも分かっている。それでも村人のために願いを使ったのだ。その心は、大事にしてやりたい。
「これからも、真っ直ぐいい子に育ってもらいたいと思っているよ」
「きっとそうなりますよ」
「あたしもそう思うぜ」
シュリーダもシロとクロの行動に感銘を受けたらしく、うんうんと頷いている。
そうだ、食材は、シュリーダに頼んだらどうにかなるんじゃないか? チートを使わせるのはさすがに忍びないが、キノコを保存しておく能力も持ってるんだよな? そこから食用キノコを取り出してもらうくらいならどうにかなるのでは?
相談してみると、彼女は一も二もなく頷き、大量のキノコを取り出した。
「高級キノコばかりだけどいいのか?」
「元々は悪魔のやつが換金用に作った奴さ。全部パーッと食っちまおうじゃないか。全部使ってくれ。これで罪滅ぼしになるとは思っちゃいないがね……」
「……わかったよ」
シュリーダとしても、色々と想うところがあるんだろう。ありがたく使わせてもらうことにした。
「しかし、世界三大キノコが揃ってるとは。これを生み出せるんなら、確かに金策になるだろうな」
マシャーグという木の根元に極稀にしか生えない、真っ黒な外見のマシャーグ茸。大雨の後にしか生えず、生えても僅か数時間で消えてしまうアマゴイキノコ。土中深くに生えるため発見が難しい、真っ白なホワイトストーンマッシュ。
地球で言えば、マツタケ、ポルチーニ、トリュフってところだろう。それ以外にも肉の代替品になるミートマッシュや、辛味のあるトウガラシキノコなど、美味いキノコが盛りだくさんである。
俺はそれらを使い、料理を作り出していった。
〈『キノコのスープ』、魔法効果:生命力回復・極小、魔力回復・極小が完成しました〉
〈『キノコのオイル煮』、魔法効果:生命力回復・極小、魔力回復・極小が完成しました〉
よし、うまく魔法効果を抑えられたな。料理に使う火や水から極力魔力を抜いたお陰だろう。魔法料理としては最低ランクだが、味は最高レベルの自信がある。
なんせ、出汁にも隠し味にも、高級な極上キノコを惜しげもなく使いまくった。オイル煮に使った油も、オイルマッシュという希少キノコから絞った極旨油だしね。
値段を付けたら、スープ1杯でフルコース並みになるだろう。そのスープとオイル煮を、土魔法で作った食器に大盛りでよそい、その場の人間に配っていく。
「お、おいしい……」
「うう……生きてまたご飯が食べられた……」
「生き返る!」
村人と傭兵団員たちの顔に、生気が戻ってくる。飛び切り美味いものを食べて、活力が湧いてきたようだ。こういう、単純に美味いものを喜んでもらえるのもいいもんだな。
キノコ料理を美味い美味いと食べている皆を見守っていると、ブラックたちがこちらにやってくるのが見えた。
「助けてくれてありがとう」
「おかげでマキナも目が覚めたぜ」
頭を下げるマキナの口調や表情は、寄生茸を通じて操られていた頃とほとんど変わらなかった。というのも、彼女は自由意志を奪われていたわけではないらしい。
マキナは、自分がしでかしたことなどもほとんど覚えていた。迷宮最深部で完全に操られた時以外、彼女は自分の意思で行動していたのだ。
ただし、強く思考誘導を受けていたが。
迷宮で寄生茸を採取し、村人に食べさせねばならぬという、メチャクチャ強い暗示をかけられていたって感じらしい。
「2人はこれからどうするんだ?」
「……ブラック君から、私たちのチート能力が凄く危険な物だって聞きました。だから、女神様から聞いた通り、迷宮でチート能力を安全なものに変えてもらおうと思ってます」
「ま、そこに辿り着くには、結局チートを使わなきゃならないだろうがな」
やはり、2人は迷宮を目指すらしい。しかも、それはブラックとマキナだけではなかった。
なんと、彼らは一時的にオルヴァン傭兵団と行動を共にするという。シュリーダのチートもどうにかしなくてはならないし、なら一緒に迷宮を攻略しようとなったそうだ。
ああ、そのことで伝えなきゃいけないことがあったんだよな。
「第三階梯以上の迷宮なら、エルンストがお薦めだぞ。あそこはもう攻略の情報が揃ってるから、実力があれば攻略は難しくない」
「本当かい? そう言えば、エルンストに伝手があるんだったね? まあ、あの手紙は悪魔が握りつぶしちまったが……」
「あー、それは仕方がない」
改めてエルンストのことを教えようとすると、ブラックが俺の肩を叩きながら思いもかけない提案をしてくる。
「なあ! お前らも一緒に来ないか? せっかく知り合ったんだしさ」




