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結?

 それから穏やかな日々を送っていたのだけれど、私にはどうしようもできないことが起こった。

 人間界に勇者が現れた。そのことで人間の王は魔王に宣戦布告した――


 勇者は仲間を募って冒険を開始した。

 それを私に話してくれたロゼルには余裕が無かった。

 どこかうわの空というか、私を見ていない気がした。


 気づいていなかったわけじゃない。

 ただ不安になる気持ちを一緒になって抑えてあげようと思っていた。

 だけど、まさかロゼルがとんでもない行動に出るとは思わなかった。

 たった一人で勇者たちに挑むなんて――


「ロゼル王子は単身で勇者に挑むおつもりです。自身の翼で魔王城を出たあのお方にはもはや追いつけません」


 ロゼルがいないことに気づいた私は、半狂乱になりながら、魔族たちに訊ねまわった。

 すると涼しげな顔をしているジェラートが私に教えてくれたのだ。


「そんな……無茶よ! 相手は勇者なんだから!」

「ええ。経験が無いとはいえ、ロゼル王子と四人のパーティでは勝ち目はないでしょう」

「急いで後を追わないと!」


 たとえ走ってでも、追いついてみせる。

 そんな気概で向かおうとするのを、ジェラートは肩を掴んで止める。


「人間の速度では間に合いませんよ。一度落ち着いてください」

「……っ! じゃあどうすれば――」

「魔王様は魔王城を離れることができません。そうなれば魔界が無秩序になってしまう」


 ジェラートは「一つだけ方法があります」と焦る私に告げた。


「この方法を使えば、ロゼル王子と勇者の戦いに間に合います」

「本当に? じゃあすぐに――」

「しかし、そうなればあなたは本格的に人間と敵対することになります」


 ジェラートは全てに優先されるという風に、私に問う。

 私の覚悟を問う――


「あなたは己の種族である人間と敵対する覚悟はありますか?」


 ジェラートの口調はあくまでも冷静だった。


「あなたはロゼル王子と共に生きると誓えますか?」


 そして最後に、私の心を問う。


「あなたはロゼル王子を愛し続けますか?」


 そんなのロゼルと共に過ごした日々と、妻になると決めたときから、分かり切っていた。


「ええ。敵対する覚悟もある。共に生きると誓えるし、ロゼルを愛し続けるわ」


 全ての問いに答えた。

 その瞬間、私は向こう側に飛んだ気がした。

 言う前には戻れないと感覚で分かった。


「いいでしょう。では、転移魔法を使います」


 ジェラートの身体から膨大な魔力を感じる――


「この魔法を使うと、私の体力と魔力は限界まで落ちてしまう。だから私以外の者を送るしかなかった」

「なるほどね。私を試したってわけか」

「ええ……王子様をよろしくお願いします」


 私の足元に魔法の紋章が刻まれる。

 奔流する風が勢いを増していく――


「あなたが来てくれて、本当に良かった」


 最後のジェラートの言葉は、珍しく暖かみのあるものだった。



◆◇◆◇



 何もない無風の荒野。

 そこでロゼルと勇者たちが戦っている――いや、既に決着はついたようだ。


「はあ、はあ。魔界の王子ってのは本当だな。すげえ強かった」


 勇者らしき男が、ロゼルにとどめを刺そうとする。

 血まみれのロゼルは息も絶え絶えになって、最期の時を迎えようとしていた――


「待ちなさい! それ以上の戦いはやめなさい!」


 勇者が剣を振り下ろそうとする前に、大声で止める。

 突然現れた乱入者の私に困惑する勇者たち。


「な、なんだあんた? どっから現れた?」

「――ロゼル!」


 私は倒れているロゼルに駆け寄って、疲れ切ったその身体を抱きしめた。

 ひんやりとした体温。

 だけど生きている。


「ごめん、なさい……私は、考えなしの、馬鹿で……」

「いいの。分かっている。魔王を守ろうとしたんだね」

「こうするしか、思いつかなかった……ローラさん、本当に……」


 私の頬は滂沱の涙で覆われていた。

 ロゼルも泣いていた。

 自分のふがいなさもあるだろう。


「少し休んでて。もう大丈夫だから」


 ロゼルを抱きしめる。

 安心させるように。

 穏やかに眠れるように。


「なあ。この人、人間だよな? 魔界の王子とどういう関係なんだ?」


 勇者が仲間たちに訊ねる。

 剣を携えた戦士は「恋人のように見える」と言う。


「なら、私たちの敵よ! 魔族に加担する人間なんて!」

「まあまあ。何か事情があるんですよ」


 魔法使いの女と僧侶の女がぎゃあぎゃあ騒いでいる。

 ……うるさいなあ。


「……四人で、寄ってたかって、女の子を……許せない」


 私はロゼルに回復魔法をかけた。

 見る見るうちに怪我が治っていく。


「えっ……それは……」

「許せないわ、あなたたち」


 私はロゼルを抱きながら、魔法を行使する――


「食らいなさい――『ライジング・サン』!」


 最上級の火の魔法を放った――勇者たちは回避したが、荒野に大きなクレーターが生じる。


「はあ!? なんで最上級の魔法を――」

「くっ――『ファイアーボール』!」


 魔法使いの女が火球を放つ。

 私のいた村では使われない初歩の魔法だ。


「効かないわ――『アクアソード』!」


 水の魔法を使って弾き飛ばす――勢い余って戦士と魔法使いを巻き込む!


「なあ!? なんつー女だよ!? まさか魔族か!?」

「いいえ。ただの村娘だった女よ」

「ただの村娘が最上級魔法を使えるわけねえだろ!」


 喚く勇者に「私のいた村では普通よ」とさらりと言う。


「サイハテの村ならね」

「……冗談だろ? あの魔族にも負けない最強の村のか?」


 サイハテの村は人間界と魔界の境にある村だ。

 当然、強い魔物や腕試しに人間界へ来る魔族の相手をしなければならない。

 私も幼い頃は千尋の谷に落とされて修業したものだ。


「ご説明ありがとう。だから四人とはいえ、経験の浅いあなたたちには負けないわ」

「……あのさ。見逃すってことはしてくれないかな?」


 勇者のくせに情けないことを言う。

 私は「一つ言い忘れていたわ」と無視した。


「さっき『村娘だった』って言ったの、覚えているかしら? その続きがあるのよ」

「な、なんでしょうか……?」


 私は勇者たち相手に啖呵を切った。

 もう人間の社会には戻れないことを――宣言する。


「今は、魔界の王子の妻なのよ――『ハイパーセル』!」


 無風の荒野を揺らすような台風を、勇者たちに放つ!

 悲鳴をあげながら四人はどこか私たちの知らないところへ吹っ飛んでしまった。


「もう、大丈夫よ」


 眠っているロゼルの髪をかき上げて、可愛い寝顔を見つめる私。

 ロゼルはおそらく、私のことを好きになってくれている。

 私もロゼルのことが好きだ。

 囚われの身になったときから、私はロゼルのとりこになってしまったんだ。

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