朔の夜は終わりを告げる
(前半サスケ視点)
ぼんやりと哀れな愚者を眺めて思う。
さっさと洗い浚い吐いてしまえばいいのに。
それが唯一男にとって出来ることで、それ以外にはなにもないのに。
出来ることも、贖うことも、赦しを得ることも、生きる意味さえ。
「隠し立てはしないほうが身の為だ」
研ぎ澄まされた刃のように、ハンゾー様の声には隠しきれない怒りと憎しみが潜んでいた。
無理もない。だってあの男は赦されないことをした。
あの方を愚弄し、嘲笑し、あまつさえ刃を突き付けさえしたのだから。
そして決して怒らせてはいけない方達を怒らせた。
水音と、汚らしい潰れた悲鳴が響く。
目の前の光景には特になんの感慨も覚えない。
それ以上に凄惨な光景なら生まれた時から見飽きているし、第一極刑に値する男は殺されることも過度に傷つけられることもないらしい。
「やり過ぎないようにね」
心配そうに、困ったように告げたカイザー様を思い出す。
城へ引き渡すから傷をつけるのはまずいらしい。なによりあの方は基本的に優しい方だ。
殺さず、傷を残さなくたって、痛めつける方法も情報を絞り出す方法だっていくらだってある。そんなことはこの世界で生きてきた男達自身が良く知っているだろう。
殺されて当然の身が、情報を吐きさえすれば責め苦からさえ解放される。
実力差も黙秘が通じる相手でないことも疾うにわかりきってる筈だ。どうせ雇い主に対する大した義理も持ち合わせて居ないだろうに。
“失敗”は“死”を意味する。
この道に生きるなら、それは当たり前の常識だ。
だけど幸運にも、赦しがたい男達は愚かにも刃を向けたあの方によって“生”を保証されている。
己が愚行も、格別の温情さえも理解出来ない、度し難い愚者を苛立ちを持って眺める。
そして、気づいた。
知らず眇めた瞳に、胸に燻る感情に。
自分は怒っているのだと、今さらに。
格別の温情と幸運を与えられたのは俺も同じ。
とある任務に失敗して負傷した俺はハンゾー様に救われた。偶々見つけた俺をハンゾー様が助けた理由は「子供だったから」。
正直、なにを言っているのかと思った。だって目の前の相手が同じ世界の人間なことも、俺よりずっとこの世界に深く身を置いている存在なことも一目でわかったから。
ハンゾー様は「傷ついた女子供を放置するのは主義じゃない」らしい。
もっとも、カイザー様たちの敵なら相手が女子供だろうと容赦はないのだろうけど。
そして何故かそのままカイザー様の許で雇って頂くことになった。
新しい生活は今までとなにもかもが違った。
名を与えられ、温もりを、優しさを、 “感情”を与えられた。
“道具”でしかなかった俺を“人間”として扱ってくれる人達。
尊敬すべき師に、身命を捧げられる主、守るべき姫君や若に、背を預けれる仲間が出来た。
闇に生まれ、闇にしか生きられなかった俺の世界に差し込んだ柔らかな光。
これが、 “ 感情 ” 。
“道具”には似つかわしくないソレを噛みしめるように、ぎゅっと胸元を握りしめた。
軽やかな曲に乗り、華やかに翻る色彩。
そして……音楽が鳴り止んだ途端に、周りに群がるご令嬢。
椅子取りゲームか!
つい心の中で突っ込んだ。
だってそれぐらいの勢いだったんだよマジで。
「カイザー様、踊って下さいませんか?」
上目使いで誘ってきたのはイザベラ嬢だ。
「あっ、ずるいわ!!」
「先生、私と……」
それを皮切りに競うようにご令嬢方が声を上げる。
「申し訳ありません、今日は警備も兼ねて会場の全体を見守れる位置に居たいので。是非またお誘い頂けますか?さぁ、次の曲がはじまってしまいますよ?」
ちょっと眉を下げて申し訳なさをアピールしつつ、体よく断る。流れはじめた前奏に少女達を促せば残念そうにしつつも去って行く少女達。
離れてく少女たちを見送っていると、不意にシトリンの瞳とぶつかった。
若干プンプンしてるベアトリクスに苦笑いしながら小さく手を振れば、すぐに笑顔に戻ってパートナーへと向き合い踊りはじめた。
ご不満の理由は、きっと先程声を掛けてきたイザベラ嬢だろう。
高等部に入る前からなにかとベアトリクスと対立してきたイザベラ嬢。
愚痴によく上がる名前なのに詳しい内容をあまり耳にしたことがないことからも、原因がきっと俺の悪口だったんだろうなというのは簡単に予想がつく。
……が、意外なことにイザベラ嬢の俺へのあたりは非常にいい。
嫌味を言われたこともなければ、見下すような瞳を向けられたこともない。
顔か、所詮は顔なのか!!
そんなこんなでイザベラ嬢の対応はとても好意的なのだが、ベアトリクスはその掌返しも気に入らないらしい。
壁際に立ち、ダンスを眺める。学園主催のダンスパーティーは滞りなく和やかに開催されていた。
意中の相手や友人と楽し気に手をとりあったり、恋の駆け引きや失恋といった甘酸っぱい遣り取りがそこかしこで繰り広げられている。
それにしても我が弟妹を始め、ゲームの登場人物たちの人気すげぇ。
光栄なことに顔出しなしのモブキャラな俺も大人気だが、今日は壁の花に徹すると決めている。だって一人踊ったら他と踊らんわけにはいかなくなるし。
ヒロインたちも無事、攻略対象者たちと踊れてるようでなにより。
二人とも友人として感が強いのはアレだけど……。
ちなみにイベントは回収できてなかった……。
ドレスにワインを掛けられそうになるイベントも、男子生徒に無理矢理絡まれるイベントも発生はした。
発生はした、が………。
友人であるダイアナ嬢がぶつかったふりをしてワインを掛けようとしたご令嬢の繊手をはしっっと掴み、絡んで来た男子生徒に果敢に立ちはだかり、マリア嬢たちも参戦し見事に撤退させてた。
ダイアナ嬢、それヒーローの見せ場だから!!!
イベント発生に喜々とした表情を隠しつつ怯えたふりしてたリリー嬢が、華麗なるダイアナ嬢の登場に超引き攣った顔してた。
でもそうやって今までも、ベアトリクスに言い寄る男子生徒もはねのけてくれてたんだよね。有難うダイアナ嬢!!マリア嬢もナイスヘルプ!
これからもウチの子を宜しくね!!
通りがかったウェイターからグラスを受け取り、壁に背を預けた。賑やかなざわめきを追いやるように思考の海へ沈む。
先日の合宿でとらえたフードの男達は城へと引き渡したが、引き渡すまでの間、こっちでも軽く尋問を行った。
拷問の痕とかあったらまずいし、ハンゾー達にもちゃんと「やり過ぎないようにね!」って念押ししたから軽くの筈……。
真相?知らないよ?だって同席してないし。
でも酷い傷とかなかったよ……なんか顔、死んでたけど……。
結果、首謀者は分からずじまい。
これはまぁ、予想の範囲内。
隠し立てしてるわけでなく、直接の黒幕とは接触がなかったらしい。明らかに雇われただけの小物感あったしな。
指示を持ってきた連中を遡って黒幕に近づいていくしかないが、それでもゲームと違ってその道筋を得られただけでも十分な成果だ。
そしてあと二つ、奴らは興味深い情報を持っていた。
まず一つ目が超重要。
アンジェスの末裔であるリリー嬢たちを攫うことの他に、奴らはもう一つ依頼を受けていた。
それはとある場所の探索だ。
その場所が何処かも、そこになにがあるのかも不明。
なんじゃそりゃって感じだが、そこに重要ななにかがあるのは確からしい。なんでも依頼主のかつて袂を分かった連中の隠れ家らしく、それを見つけるのが奴らの受けたもう一つの依頼だった。
取りあえず判明したありったけの情報を絞り出して、この捜索は国が引き継ぐことに決まった。
二つ目は……ちょっとよくわからない。
「カイザー・フォン・ルクセンブルクという男を知っているか?」
フードの男の一人が依頼主にそんなことを聞かれたらしいのだ。
依頼には直接関係なく、「知らない」と答えると話はそこで終わったらしい。奴らが俺のことを知ってたのはそのせいだった。興味本位で話に出てきた男のことを探ってみれば「無能な貴族」の噂が出てきたとのこと。
……何故に俺??
当然ハンゾーも男たちにその理由の心当たりを問うたのだが、
「あんなのがターゲットの近くに居たんじゃ仕事の邪魔になると思ったんだろ。むしろあんな奴やクソ強ぇガキ共が居るなら、最初っから教えられてればもっと慎重にコトを運んだものを……」
と毒づいていたらしい。
まぁ納得できない理由ではない。
俺はティハルトと仲が良いのは有名だし、アンジェスの末裔が入園するにあたって公爵家の嫡男が教師着任なんて、国が思惑を持って関係者を学園に送り込んだと考えてもおかしくはない。
なにせ普通の貴族はそんなことしない(一応自覚はしてる)。実際はシスコン拗らせて、独断で教師として学園に乗り込んだだけだがな!
依頼主たちがいらぬ勘違いをしていたなら、彼女たちを狙う連中にとって、俺は邪魔臭いことこのうえない存在だ。
でもそれならちゃんと情報を奴らに教えとかないだろうか?
う~む、わからん。
華やかなワルツを聴きながら、結局なにも答えが出ずに頭を捻った。
朔の夜……陰暦における月の第1日目。月が見えない夜。




