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ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~   作者:
本編

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平穏と不穏

 

 くいっ、と袖を引っ張られた。

 小さなお手てが袖口を掴み、軌道を逸らされたペン先は紙の上でインクを滲ませる。じんわりと広がる黒いシミを見て「あー」と心の中で小さく声を漏らした。


「マオ」


 叱責を含んだ声に、膝の上の身体がぴくりと跳ねる。


 幼い瞳の先に居るのはリフだ。

 琥珀色の瞳に見つめられたマオが(すが)るように腕に小さな身体を寄せてくる。


「いいよ、リフ。大丈夫だ」


「いいえ。悪いことは叱らなければなりません」


 怒るほどのことでもないとフォローを入れればきっぱりと言い返された。可愛がるのと甘やかすのは違う、と。さーせん。


「カイザー様はお仕事をなさっているんです。邪魔をしてはいけません」


 言い聞かすリフに真紅の頭がしょんぼりと下を向く。だけどそれもほんの僅かで、ゆるゆると上げられた顔がこちらを仰いだ。


「……ごめんなさい」


 零された謝罪に、曖昧に笑ってほっぺを痛くない程度にむにむにと弄ぶ。

 素晴らしい感触。(つね)るというには緩いそれを数度繰り返し、真紅の頭を撫でた。


 リフからしょうがないな的な雰囲気は感じるものの、これは無理でしょ?

 だって厳しくは怒れないよ、可愛いし。

 ちゃんとごめんなさいも出来たし、リフもそれ程は怒ってはいない筈だ。甘々の俺に呆れてはいるかも知れないけど……。


 それにマオは充分いい子にしてた。


 現在の位置は邸宅の執務室。俺はデスクに向かい、マオはそんな俺のお膝の上。

 (しばら)く忙しかったためかマオは寂しかったみたいだ。膝の上で大人しく絵本を読んだり、俺らを眺めていたマオだがさすがに暇で構って欲しくなったのだろう。


 姿形は三歳程の幼児。しかも実際は生まれてまだ数カ月。

 そんな子供が騒ぎ立てもせずに、大人しくしてたんだから充分過ぎる程にいい子だろう。


「もう少ししたらお仕事が終わるから待っていて?それまでお昼寝でもするかい?じきにガーネストたちも帰ってくるだろうから、そしたらみんなでお菓子でも食べようか」


 金緑色の瞳を覗きこめば、大きな瞳がぱぁと喜色を宿した。


「カイザー様もいっしょ?」


「ああ、私も一段落ついたら休憩したいしね」


 ぎゅと腕に抱き着いてにっこにこなマオが可愛い。

 ない。これが魔王様とかないわー。

 俺の中の魔王像がガラガラと音を立てて崩れ去っていく。


 はっ!?まさかこの可愛さで世界を制しようというのか!!

 俺は既に(たぶら)かされているっ?


 そしてその理論でいくならガーネストとベアトリクスも世界を制せるな。

 うん。ウチの子たちは可愛い!!


 そんなアホな思考に支配されながら、一人でお部屋に居るのは嫌だと、お膝の上で腹に顔を埋めるようにお昼寝に突入したマオを抱えながら急いで仕事を終わらせた。


 そして帰宅した二人を迎えてかわいこちゃん達とのティータイム。


 ここは楽園か??

 仕事の疲れも吹っ飛ぶね。


 そんな楽しい筈のティータイムだが……。

 マイエンジェルもとい、我が家のお姫様の表情が晴れない。


「ベアトリクス?学園で嫌なことでもあった?」


「……え?」


 無意識だったのか、俯いてた顔を上げて瞳をぱしぱしと瞬くベアトリクス。


「ベアちゃん、元気ない?」


 首を傾げた俺を真似してか、お膝の上のマオもクッキーを片手に首を傾げた。


 ちなみにベアちゃんとはベアトリクスのことだ。ガーネストはガーくん。

 これはマオが呂律(ろれつ)が回らなかった時の名残だったりする。外国圏の名前の発音は幼児には難しいよな。もっともマオが呂律が怪しかったのはほんの数日だが、可愛らしい呼び方は当人たちも満更じゃないようでそのままになっている。


「あいつらにまたなんか言われたのか?」


「言われては……いないけど……」


 歯切れの悪いベアトリクスの言葉に、視線をなにか知っていそうなガーネストへと向けると「俺もあまり知らないですけど……」と首元を掻きつつ代わりに答えてくれた。


「イザベラ嬢のグループが(たま)にこいつらのこと睨んでるんで。まぁ、前からですけど」


 そのことについては心当たりがあった。

 特に学園入学当初はよくベアトリクスがぷんぷんしてた。はっきりと耳にしてはいないが……当時は俺の悪口を言われていたらしい。

 でも高等部に上がってから……というか俺が教師に着任してからは落ち着いていた筈だ。当のイザベラ嬢がすり寄ってきてるしね。それはそれでベアトリクスはぷんぷんしてるけど。


 まぁ、悪口はなくなったものの、彼女がベアトリクスたちを気に入らないのは変わらないらしく、時々険のある瞳を向けてるのは気づいてた。

 原因は純然たる妬みだ。なにせベアトリクスの周りはイケメン率が半端ない。

 しかも最近はダイアやガーネストのみならず、アレクサンドラたちとまで親しくしてるから余計なのだろう。


 実はイザベラ嬢もゲームで見覚えがあったりする。

 名前は出てこなかったけどあれだ。悪役令嬢だったベアトリクスの取り巻き筆頭。


 彼女がベアトリクスを特に毛嫌いしてるのは、その辺の影響もあるのだろうか?ゲームとの齟齬(そご)の影響??

 ベアトリクスが天使過ぎて、悪役令嬢設定を忘れそうになるが、ゲームの“悪役補正”なんかあったらたまったもんじゃない。


「なにかあったらすぐに言うんだよ?」と可愛い妹に言い聞かせながら、改めて気を引き締めた。


 はい、といい子の返事を返してくれたベアトリクスたちと改めてお茶を楽しみ、それからはマオの希望でトランプをすることになった。

 

 ちなみにマオは俺とペアだ。

 気分は家族サービスに励む父親。仕事が忙しくて構ってあげられなかった穴埋めに週末頑張るあれね。別に週末じゃないし、ましてや独り身だけど……。

 

 可愛らしくディフォルメされたピエロにガーネストの指が掛かった途端にっぱりと笑みを浮かべ、その指が横へ移動すればしょんぼりと眉を下げるマオたん。

 壊滅的にポーカーフェイスが下手クソですね。

 そして再び指を横へと戻し、あえてピエロを掻っ攫っていくガーネスト。そんなこんなでゲームは連続マオの勝利でご機嫌だ。いい子たちしかいない。


「カイザー様ー。ハンゾーたち明日は遊べる?」


 くりくりおめめで問いかけてくるマオ。


「そうだね。多分今日には戻ってくるんじゃないかな」


「やったぁ!」


 小っちゃな両手を上げてはしゃぐ姿は人間の子供と変わらない。

 この子が魔王とかマジで勘違いな気がしてきた。


 明日は俺は学園で、リフも同行。ガーネストやベアトリクスも当然授業がある。

 俺らが留守の間は、基本的にメイド長のマーサをはじめ、リリアやリアン、ハンゾーたち影がマオの相手をしてくれている。


 なかでも最近のマオのお気に入りはハンゾーによる肩車だ。


 すごいんだよ、風になれるんだ。

 樹の上でも屋根の上でも縦横無尽(じゅうおうむじん)に正に風の(ごと)くピューと移動するのは、この世界にはない絶叫マシンみたいだ。


 正直ちょっぴり羨ましかったりする。だって楽しそうなんだもん。

 まぁ、絶対言わないけどね……。

 だって言ったらマジでやってくれそう。ハンゾーなら大人でも絶対軽々担げるし。子供ならまだしも、この年で肩車とかシュール過ぎる。

 

 脱線したが、そんなハンゾーはじめ影たちは現在とある場所の調査のために出払っている。


 覚えているだろうか?合宿の際に捕らえた奴らが受けていた依頼の一つ、とある場所の捜索のことを。

 地道な情報収集の結果と仮面舞踏会で押収した諸々から、(ようや)く怪しい場所に目星をつけることに成功した。なので我が家の優秀な影と城の連中とで調査に出向いている最中だ。

 予定では本日帰宅予定。


 一体その場所は何処(どこ)で、なにがあるのか。

 連中はどんな目的で探していたのか。


 さぁて、鬼が出るか蛇が出るか。




 深夜、マオを絵本で寝かしつけたあと、書斎でハンゾー達と向き合っていた。


「既に廃墟と化しており、なにかの研究施設だったと思われるそこには、少なくとも数年は人が居た形跡はありませんでした」


 報告を告げるハンゾーの口調は重々しかった。

 悔いるように表情を歪ます彼からは後悔が滲みだしている。


 別に彼らを責める気はない。


 用途の分からない機械、積み上げられた書物に紙の束。

 幾つもの試験管に瓶に詰められた奇形の“ナニ”か。

 もう目にすることは叶わないそれら。


 荒れ果て、埃が降り積もったその空間は、今や炎に呑まれ瓦礫(がれき)に沈んだ。どうやら侵入者に反応する仕掛けが施されていたようだ。


 結局、そこが何の施設だったかは謎のまま。

 書物は医療に歴史に魔術や果ては神話まで幅広いジャンルにわたり、そして紙に記された文字は暗号のようで意味は不明。手掛かりがなかったのは正直惜しい、だけど……。


「無事に戻ってくれてよかった。怪我人が居なくてなによりだ、君たちを同行させて良かったよ」


 全員無事で良かった。いやマジで。

 だって建物ごと崩壊のトラップとか、普通は死傷者でるし。

 彼ら的には役目を果たせなくて責任感じてるみたいだけど、騎士たちを守ってくれただけでも充分スゲーわ。


 まぁ、廃墟の跡地はティハルトたちに引き続き調査お願いするとして。

 改めて彼らを労い、これで話は一段落かと思ったとろこで、ハンゾーにペンと紙を所望された。ん?と思いつつそれらを渡す。記憶を探るように空中を睨み、ハンゾーが受け取ったペンを動かす。

 

「なにを意味するかはわかりませんが、紙に記してあった暗号の一部です、一斉に部屋中が燃え上がったため、目に入ったのは一部ですし正確かはわかりませんが……」


 マジで?!覚えてんの?

 流石(さすが)!と思いつつ差し出された紙を受け取った。


「なっ……!」


 思わず、声が漏れた。


如何(いかが)なさいました?」


「カイザー様?」


 幾つもの訝し気な声が上がるが、それどころじゃない。

 紙に、そこに記された文字を凝視したまま動けなかった。辛うじて口元を手で覆い「なんで……?」そう漏れそうになる声を堪えて首を振る。


「いや、なんでもない」


 なんでもないわけがない。顔色を変えた俺は明らかに挙動不審だろうし、実際に彼らの訝し気な視線に気づかないわけもない。それでも……そうとしか言えず、無理があると知りながら平静を取り繕った。


 そこに記されていたソレ。見慣れないだろうそれは、確かにこの世界の文字ではなかった。



 だけど暗号なんかでないソレは……、


 この世界でない、前世の文字だった______。





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