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24 あの頃

 俺には子供の頃から、一人の好きな女の子がいた。


 幼い時分の俺でもわかる、他者とは別格の、この世の人間とは思えない美しさを持つ女の子。

 美しさは勿論だが、気高く、そして不意に人目に付かない所で見せる、恐ろしいまでに冷たい顔。


 それは子供、というより人間が作れる表情ではない。

 そんな表情を俺は今でもあの女の子以外からは見たことがないし、この先もあんな表情を見ることはないだろう。

 真の恐怖を幼稚園で体験した俺は、この先どんなヤツと出会っても恐れることなどないだろう。神や悪魔が相手でも動じることがないと断言出来そうだ。


 恐怖以外の感情を抱くことなどないはずの、冷たく美しい少女。

 けれど、幼稚園で初めてその姿を見た俺は、恐れではない感情で満たされた。圧倒的なその存在感に一発で心を奪われた。


 文字通りの一目ぼれ。初恋だ。


 その女の子は、赤ん坊の頃から一緒だという幼馴染の男の子と、いつもくっついて過ごしていた。

 俺はそれが気に入らなかった。なんとかしてその子の気を引きたかった。


 幼稚園児の俺が思いついた手段。

 ガキが思いつく簡単な方法、それは揶揄からかうコトだ。


 幼稚園の園庭でいつものように幼馴染の男の子と二人で過ごす女の子の元に、友達と連れ立って向う俺。

 本心を隠して小馬鹿にしたように指をさし、「コイツらイチャイチャしてる」と揶揄った。


 それであの子の気が引けるはずもないのだが、その時の俺は必死だった。なんとか俺を見て欲しい。

 だが所詮、子供の浅知恵。結局は女の子の怒りに触れて、その子から蹴りを喰らっただけでその場は終わってしまった。


 だが、その時の俺は、痛みや怒りよりも後悔で頭がいっぱいだった。

 どうして「一緒に遊ぼう」と言えなかったのか。どうして「仲良くしたい」と言えなかったのか。

 素直になれなかった自分を呪い、幼い心に慙愧の念が渦巻いていた。


 次の日、その子を見かけた俺はとにかく謝った。

「からかってごめんなさい。本当は君と遊びたかったんだ」と頭を下げる。

 そのまま不貞腐れて揶揄いを続けなかったのは、幼稚園児ながらもあんな態度でこの子と仲良くなれるはずがないというコトを悟れたからだ。


 彼女は虫けらを見るような目つきで俺を見る。

 ……いや、それは希望的な表現だ。実際には、その目は俺を見ていなかった。


 その子は幼馴染以外を映す瞳を持ち合わせてはいなかった。

 俺などは彼女にとって路傍の石くらいの価値しかなかったのだろう。目には入るが映像として記憶に残ることもない存在。

 俺はそれを子供心に理解した。ああ、この子と仲良くなれることは決してないのだと。俺のことを見てくれることは絶対にないんだ。


 そこへ女の子の幼馴染が空気も読まずにやって来た。「なにしてんの? あっちで遊ぼうよ。うーん、でも遊ぶとお腹減るよね。あー、なんか食べたいなー」とヘラヘラ笑いながら。笑顔がムカつく食いしん坊だ。


「なんでもねえよ。いいからオマエはアッチいってなんか食ってろよ」


 俺が言うと、ちょっと半ベソをかいて女の子の陰に隠れる。ふん、男のクセに情けないヤツ。


 そんな俺を女の子は興味深げに見つめてきた。

 そして「不思議ね。あなた、この子を見てもなんとも思わないの?」と、よくわからないことを聞く。

 俺は正直に答える。「なにを思えってんだよ? なにも思わねえけど、お前とソイツが仲良くしてるのがイヤだ」と。

 その子には自分を偽るのは昨日限りで止めたかったから、格好悪い気持でもキチンと伝えたい。


 彼女は俺の言葉に不愉快になるでもなく、むしろ興味深そうに俺に言う。


「なんて貴重な人物なの。この子の宇宙規模の可愛さをまるで理解出来ないなんて、馬鹿を通り越してある意味偉大だわ」


 彼女の言葉の殆どを当時の俺は理解出来なかったけれど、その幼馴染をなんとも思わない自分に興味を持ったらしいことだけは理解した。それにお前より可愛いヤツなんか、どこにもいないぞ。


 ここだ、ここで言わなければ。

 俺は大きな声で、その子の心に刻み付けるように言った。


「キミが好きだ! だから一緒に遊んでよ!」


 その言葉を聞いた彼女は少しだけ楽しそうに俺に告げた。


「面白いわね。私は恋愛には全く興味がないのだけれど……いいわ。では賭けをしましょうか」

「賭けってなんだ?」

「そうね……ではこうしましょう。私たちが中学三年生を終えるその時までに、私の心を振りむかせることが出来たなら」

「できたら?」

「その時は私はあなたの女になるわ。永遠にあなたを愛すると誓いましょう」

「さっきからなに言ってるか、ぜんぜんわかんないぞ」

「たしかに園児には酷なことを言ってるわ。でも、私を捕まえたいのなら最低限、今の話を理解出来ないと無理な望みかもね? 少なくとも義務教育が終わるまでは私たちは一緒のはずだから、努力したいのならご随意にどうぞ、おませさん」

「よくわかんねえけどがんばる!」


 やった! なに言ってるかちっともわかんねえけど、この子と仲良くなれるかもしれない! 俺のテンションは爆上げだ。


「ねえ、そんなことより今日帰ったらなんのお菓子食べよっか? 僕は甘いのが食べたいな」


 俺のやる気を打ち砕くようなどうでもいい話を男の子が言ってきた。

 お前は食いモン以外に考える頭がないのかよ! 


 ソイツともその先、中学を卒業するまで一緒に過ごすことになるのだが、いつもポヤっとしていて食うこと以外ではアクティブにならないヤツだった。


 小学校に上がる頃には俺とソイツは友達にはなったが、親友と呼べる程の仲にはならなかった。


 なぜならソイツはその女の子以外とは、心の底から仲良くなりたいと思っていないというのが、なんとなくわかってしまったから、どうしても深い所には踏み込めなかった。俺から見れば、少なくとも小学校までは、あの子とソイツはその二人だけで世界が帰結しているような仲だった。


 それにあの子が心に留めるただ一人の存在のソイツを、認めたくはなかったというのも理由の一つだ。

 ……カッコ悪いな、俺。


 後の話になるが、幼馴染と食い物以外に興味が薄いソイツが、中学の時に好きなヤツが出来たり、高校に入ってから恋人が出来たと聞かされた時は、心底驚いたものだ。


 アイツにも恋愛をする心が存在していたのか。まさか恋人は食い物じゃないだろうな? よくあの子以外の人間に心を開いたな。


 ヤツが恋人になりたいと思った、そしてヤツの心を射止めた相手はどんな物好きなヤツなんだろう。まあ、ソイツにはそれ以外でも驚かされたコトがあったんだけど、それはどうでもいい話だ。


 あの子からの約束を取り付けて、それからの俺は自分を磨いた。

 とは言っても頭も良くなく、運動もあまり得意でない俺が選べることなど少なすぎる。

 顔も頭も、なにもかもが完璧なあの子の気を引くにはどうすればいい?


 俺が選んだのは友達を作ることだった。


 二人だけで全てが満たされ、他の奴らは目にも入っていないアイツらを見返したかったのかもしれない。俺にはこんなに友達がいるんだぞ、と。


 俺はいろんなヤツと仲良くなった。

 浅い付き合いが好きな奴にはそういう付き合いを選び、深い付き合いを好む奴にはとことん付き合う。


 いつしか俺は、地元以外にも友達がいるような顔が広い小学生になっていた。もちろん、どんな付き合いをしていようが、大事な友達なのは変わりがない。付き合いが浅かろうが深かろうが、みんな誰も代わりなんかいないんだから。


 結果的に俺は、彼女を振り向かせることとは一切関係なく、人と接すること自体が好きになっていた。自分でも結構単純だとは思う。でも、いろんなヤツと知り合うのって面白いし楽しい。


 ……ただ、まさか彼女が、恐怖と実利をばら蒔いて、小五にして教師から児童を含む学校全てを支配していようとは思いもしなかった。成長と共に知人の数など俺の比ではなくなっていったよ。人間業じゃないっての。反則だろ、ったく。


 本当に恐ろしくて、惹かれないわけにはいかない女の子。あんな女、どこを探しても絶対にいない。


 結局、俺はその子を振り向かせることは出来なかった。

 中三になっても彼女が俺に恋をすることはなかった。ああ、当たり前って言えば当たり前だ。あの女が凡人の俺に恋などするはずがない。


 恋は成就しなかったけれど、その子と幼馴染のアイツ、そして俺。三人で放課後や休みの日にたまに一緒に遊んだり学校内で話をするような仲になった。


 特別な存在にはなれなかったけれど、普通にそこそこ仲が良い友人関係までにはなることが出来た。そんなぬるま湯のような状況も居心地が良いもんだ。


「なんでお前、アイツ以外とあんま仲良くしようとしねえの? どうせアイツ以外に、女友達の一人もいないだろ」

「え、そんなことないよ。僕だって仲が良い人もいるよ? それに女の子と付き合いたいとか普通に思うし」

「ホントかよ!? ってその顔はマジか。なに? まさかもう告った相手でもいんの?」

「なんであっちゃんは、言いにくいコトをハッキリ聞いちゃうのさ! ……うん、でも、こないだフラれたけどね」

「そっか……。でも、ちゃんと告って答えをもらえたんだろ。今はスッキリしねえかもしんないけどさ。気い落とすなよ」

「…………うん、そだね。ところでさっきの話だけど」

「なんだ?」


 ソイツはニッコリ笑うと話題を戻すように話を続けた。


「仲良くしようとしないって言うけどさ。僕、こうしてあっちゃんと仲良くしてるよね?」


 …………ポヤっとしてるクセに正論みたいなツッコミをしやがって。


「あー、そう言やお前さ、いつから俺のこと『あっちゃん』って呼んでたっけ」

「どだろ? んとー……忘れた」


 中三になる今の今まで、お前があの子以外のヤツを下の名前で呼んだことがないのは知っている。まあ、いいんだけどさ。

 俺の場合は青山だから最初の『あ』の字を取って、あっちゃんだ。ったく、ホント、安直なヤツだ。


 単純で裏表がない性格のコイツのことも嫌いじゃない。

 あの子のことがなければ好きに限りなく近い感情になっていたかもな。あくまで友達として、だけど。


「あれ? なんか急に悪寒がしたんだけど、なんでだろ?」

「風邪でもひいたんじゃない? もうすぐ受験なんだから気を付けなきゃ」



 ◇◇◇



「縁があればまた会えるわ」


 中学の卒業式に、そのたった一言を貰った俺は、幼馴染のアイツと仲良く学校を去っていく彼女を、ただ見送っていた。


 不確かな縁という拠り所がなければ、俺たちは会うことも二度とない……か。


 これで終わったんだ、なにもかも。

 どうにもならない。俺の初恋は特になんの物語りもないまま終わったんだ。

 アイツが後輩だという子を連れて、俺のバイト先のクレープ屋に現れるまでは。


 そう思っていた。



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