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12 ただ、キミのために

「ケイちゃんの心云々は後回しにするとして」


「後回しってなに! 冗談と思っていいんだよな? な?」


「あははは」


「はは、なんだ、脅かすなよな」


「あはは」


「ははは」


「「あははははははははは」」



 なにやってんだ、俺ら。



「話を戻すと、遠くの動物を狩るような武器はないの」


「じゃあ、武器もなしでどうやって狩るんだよ」


「武器の代わりに、空気を圧縮した弾を作って飛ばそうかなって」


「空気の弾? なんだそれ」


「こうするの。ほら」



 石田は右拳を握って地面に向かって親指を弾いた。弾くと同時にシュボン! と音がして、草の生えた地面に直径十センチ程度の浅い穴が開く。



「うわっ! なんだこれ? これが空気の弾?」


「そう。この弾の威力を調節して、鹿の肉を吹き飛ばさない程度に仕留めようかなって」


「凄え、なんか本当に物語の主人公みたいだな、お前」


「エヘヘ、褒められた。あと、狩りは任せて。こう見えて、ファンタジー・マタギは結構好きで得意なんだよ」


「それゲームじゃんか」



 石田が言うファンタジー・マタギとは巷で大人気のコンシューマーゲーム。その投げやりなタイトルから連想するイメージとは違い、ゲームそのものは評価が高いアクションRPGだ。

 様々な獣と戦いを重ねて得た素材で武器や防具を作成したり、広大なフィールドやダンジョンに隠された財宝を収集する内容にファンが多く、シリーズの新作が出るたびに話題になっている。


 俺はスマホで軽くゲームするくらいだからファンタジー・マタギは遊んだことはないけれど、石田はそういうのも好きなんだな。まあ、好きなのはいいんだけど、それは所詮ゲームだ。石田が今からするのはガチな狩り。大丈夫なのかな?



「む、なにその目。ケイちゃん、僕を信用してないね?」


「信用もなにも、お前、鹿なんか殺せんの?」


「そりゃそうしないと、これからは食べていけないこともあるもん。スーパーとかで売ってるお肉だって、元々は生きていた動物なわけだし、躊躇してたら生きてけないでしょ?」


「ふうん……そっか。呑気に考えてたんじゃなくて、お前にもちゃんとした覚悟があるんだな。疑って悪かったよ」



 石田も物見遊山で異世界に来たわけじゃなく、しっかり覚悟を決めてきたってことか。

 よくも、まあ、そんな大層な覚悟を決められるな。いくら願いが叶う特典があるといっても、結局は他人事だと片付けられる異世界事情。それに飛び込む勇気は大したものだ。俺を巻き込むなとは思うけどさ。



「ううん、覚悟っていうか、ケイちゃんを飢えさせるわけにはいかないもん。ケイちゃんのためなら、なんでも出来るし頑張れるよ」


「あ、ああ、そう……」



 石田はニッコリ微笑んだ。一切の邪気も見られない、とても愛くるしい笑顔で。あのライトノベルの感想を伝えた時なんて目じゃないくらいの眩い笑顔。



「じゃあ、ちょっと離れてて。もしかすると風圧とかで危ないかもだから」


「……うん」



 ……なんだか拍子抜けだ。

 異世界で生き抜く覚悟とか、戦いに身を投じる気合とかじゃなく、ただ俺を飢えさせないために頑張るのか。なんだ、そりゃ。


 俺のためならなんでも出来る……。凄い言葉をサラっと言ったな、この男。あんな笑顔で……。

 なんだか少し胸が熱くなったけど、きっと女になってることに動揺しているせいだ。


 ふと、自分で腕を無意識にかき抱いていたことに気づく。女の体という物が頼りなく思え、不安になっているのを自覚する。華奢で肉薄の体つきなのに、腕に当たる胸の弾力だけはそこそこあるのが、また落ち着かない。今までの男の体とは全然別物だ。戸惑いがないわけがない。

 そうだよ、こんなコトになった直後だし、そりゃ動揺もするはずだよ、うん。


 自身の変化に戸惑う前に食い物の心配なんかしてる場合なのかな? なにもかもが現実離れした中で、なんで食い扶持のことだけは現実的に考えなきゃなんねえんだよ。もう、全部石田のせいだぞ。ホント、もう、だ。


 弾を撃つために意識を集中し始めた石田。邪魔するのもなんだしな。バレないように後ろからコッソリ睨みつける。


 バーカバーカ。……なにが俺のためだよ。

 不意打ちでそんなコト言うなよ…………もう。



 

10/7 脱字修正。

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