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「俺は、ゆかりちゃんといたい」
優希は向けられた紫の背中に向い言った。
「自分の命がおしくなったの?」
抑揚のない言葉が返ってくる。紫は振り向かずにいる。
「違う。ちゃんと聞いてる?俺はゆかりちゃんといたいと言ったんだ」一瞬、紫は動揺した。それでも平然を装い
「だから何?」
「生きてゆかりちゃんと一緒にいたい。例えゆかりちゃんが、ずっとそのままで俺だけが歳をとるのだとしても」
たどたどしくだが優希は思っていることを伝えた。
紫は黙ってそれを聞いているようだが、振り向かずに背を向けている。
返ってくる言葉もない。
ーーやっぱりダメだよな、虫がよすぎる
「ゆかりちゃん。それが無理なら俺は死んでもいい。そもそも俺が言ったんだ」
優希はそう言うと紫の目の前まで歩き、紫の顔を見た。
紫は少し俯いていたが、真っ白な肌はさらに白くなり、表情は冷たく地面を見つめていた。
「ゆかりちゃん?」
そう言い紫の肩に手を置くと、紫は俯いていた顔を上げ、優希の顔を見た。
「あなたに与えられる選択肢を言う。1つ目は、あなたは自分の命を差し出す事。2つ目は、私と2人で行く事。どちらを選んでも、あなたの友達から私の記憶もあなたの記憶も消える。存在その物がなかった事になる。選択肢は2つ。さぁ選んで」
優希は選択肢を聞き
「そっか…みんな忘れるのか」
そう言いかけると
「あなたは忘れない」
そう言うと紫は右手を差し出した。
「答えが決まったら私の手をとって」
紫の手は真っ直ぐ優希に向かってのばした。
「起きた出来事を代償なしに、なかった事には出来ない」
「代償って…ゆかりちゃん、まさかあいつ等を助ける為に何かしたの?」
「それなりの代償はいる、でも、私が決めた事」
ーー代償…紫は孝一達を救う為に代償を払ったのか
出会わなければよかったのか。でも、紫がいたから助かった事に違いはないのだ。
そして選択。ここに来ないようにしたら事故そのものは起きなかったんだろうなと、優希は途方に暮れながら空を見上げた。
ーー運命は変えられないんだっけ…ーー誰かが言ってたなと、ふと思った。
「孝一達の記憶から俺はいなかったことになるの?」
少し沈黙の後、紫は小さく頷いた。
2つ目の選択肢を出す事はなかった。
言いながらも紫は思っていた。
わざわざ言う事はなかったのだ。選択肢などあることを。
ここで死ぬ方が優希には楽だろう。いつ終わるかもわからぬ命を共に背負わせる必要はないのだから。
ーー何故、私は言ってしまったんだろう
言った後で後悔してる自分に気付いても遅い。
それは、今まで生きてきたのが寂しかったからかもしれない。
「それが君の選択で、払う代償だ」藤の声が囁く。
ーー私の選択と代償ーー言うか言わないかも、また選択。
優希を見守り続けていた日々は、それが義務のようでいて、優希を見る度にどこかで安堵してる自分がいた。
たとえ直接会わずとも、会話を交わさずとも、見守っているだけで、ホッとしている自分がいた。
そして、選択をした後の事を知らずに恐がっていた。
優希と会って会話を交わし出掛けた日々は、紫に知らなかった感情も楽しみも教えてくれた。その優希の命を奪う事も、優希と共に生きるどちらの道も、紫の代償は大きい。今の自分を更に地獄に落とす。
「ゆかりちゃん」
静かな中に優希の声が小さく響く。
「何?」
そう紫が言うと「ゆかりちゃんに聞きたい事があるんだ」
優希は紫の手を掴み
「ゆかりちゃんは何でさっきみたいな事ができたりするの?」2人の手はすっかり冷めきっていた。握った手には、どちらにも温もりはなく、寒さで凍える程、冷え切っていた。
「言えない」小さく答えると、そっかと優希は言うと「俺の選択は決まってるよ」
紫の手をさらに力強く優希は握りしめ
「ゆかりちゃんといる。最初にそう言った」そういう優希の表情はどこかすっきりしているように見えた。
「君は…あなたも私と同じ様に生きていかなければいけなくなるの、わかってるの」
「それってどういうこと?」
ーーこれが代償ーー
「あなたには一度死んでもらう。その後、新しい命を与える」
そう、優希を手に掛ける事だけでも、紫の心に大きな傷を付け、それは代償となる。そして、優希と共に行くのなら、手に掛けた後、紫自身が命を与え、同じ時を生きる。紫が味わっている事を優希にもさせるという事だ。どちらを選んでも、その先に待つのは途方も無い月日を生きる事、それが代償。
「いいよ、ゆかりちゃんといられるなら」
優希はそう微笑むと紫を抱き寄せ
「君といられない事が、俺には地獄だ」その言葉に紫は
ーーこの感情は…ーー
それは紫が知っているようで、知らなかった感情。
「紫、さぁ答えを」頭の中で声がする。
「彼をこちら側へ」そう紫が言うと、藤は「ならば導こう。君は君のやるべき事をするんだ」と言った。
ーーやるべき事ーー
自分が選択した事で、こうして巻き込んでしまった事を心から後悔した。
「後悔しなくてもいい。君と私は同じなのだから。そして彼もだ」男は言うと
「さぁ、もう時間だ」
舞い散る粉雪に混じり、藤の花びらがぱらぱらと舞い落ちてくる。
それはしだいに数多く降り、紫と優希を渦巻きのように囲みはじめた。




