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紫は優希へ
「選択肢は…」と言うと、少し言葉を躊躇するように俯いた。
「ゆかりちゃん。選択肢はなくてもいい」優希は紫の手を力強く握った。
俯いていた紫を優希は紫の腕を引っ張り、そのまま紫の身体を抱き締めた。
「こうすると、お互い暖かいね」
優希のその言葉を聞くと同時に紫は優希の服をぎゅっと掴んだ。
雪は降り止むことなく、ヒラヒラと舞っている。
紫を抱き締めながら、冷たくなった身体にわずかな温もりを感じながら
ーーこのまま一緒にいられたら…
そう思った。
ほんの数日前まで知りもしなかった紫は、どことなく自分に似ていた。
話してる時に笑っているのに、ふと見せた顔をよく知っている。
鏡に映った自分に、それはとても似ていた。どうしてそんな顔をするのかも、知っていた。
平凡で楽しい時間もあるのに、心はどこかぽっかりと黒い空洞がある。誰にも何にも埋められない穴がある。
そして時々チクリと痛むんだ。寂しいと悲しいと、チクリと痛んだ心に叫ぶ声がする。
紫はそんな自分と同じだ。だから、無言でいる時間も、ただ隣に紫がいるだけでよかった。音楽を聴いて話す他愛のない、些細な会話に何一つ無理をしてもいなかった。
無理して話す必要はない。そう思えた。
変な事を言うと思いつつも、それを嫌に思ってない自分がいた。
ーー本当に出会って少しなのに、そんな気がしないんだ
腕の中の紫は黙って蹲っている。
「そんなに考える事はない。俺はどこかで本当にこのまま生きている自分が想像できなかったのだから。だから、これでいいんだ」
優希の目に映る星空は、ただ黙ってそこにある。
「私は…少しだったけど優希君と一緒にいられてよかった」
「俺もだ」このまま時が止まればいいのに、そんなことさえ思ってしまう。
叶わないからこそ、出会った事に後悔はない。今こうして抱き締めている紫を、その温もりを忘れずにいよう。このまま逝けるのなら、それはそれで構わない。
「ありがとう」優希は抱き締める紫の髪に顔を埋めた。
優希の腕の中で紫は何とも言えない感情に襲われていた。
ーー助けられないのかーー
そう思った時、藤の声がした。
「彼に選択があるように、君にも選択はある」
その言葉に、胸がどくんと音を立てる。
ーー選択、私の選択ーー
何でも選択する事で先は決まる。
それでも、紫が出来る選択は限られている。そして、それは同時に優希の未来を奪う。
自分の勝手な思いでそんな選択は出来ない。
優希に言えば返ってくる答えは手に取るようにわかる。
なぜなら逆の立場なら迷わず紫が答えを出せるからだ。
ーーそんな選択をさせるわけにはいかないーー
「それは、君が出す選択の答えじゃないはずだ」
藤はなだめる様に優しい声で尚も続ける。
「君はいつも君が答えを出してきた。そう、人に尋ねる事をせずにだ。君は勘違いをしている。君が答えを出した選択が間違っていないと思っている。でもね、それは君のエゴだ」
ーーエゴーー
そうなるのか。それでも、選ばせたくない物がある。たとえそれが自分がどんなに辛い結末になろうとも、選ばせたくない選択はあるのだ。
それが正しいとか間違っているとかじゃない。
「そこが間違えているんだ。君の選択は彼にもする権利がある。それとも」男はさっきとは極端な程に、冷ややかな言い方で
「怖いのか?」と問うてくる。
ゾクッとする背中に、耳元で鈴がチリンと小さく音を奏でる。
「さぁ、時間はない」急かすように藤は言った。
紫は抱き締めている優希の腕から顔を出し
「離して」と一言言った。
優希は締め付けていた腕の力を抜き、抱き締めていていた腕を紫から開放した。
「優希君、さぁ選択の時だ」踵を返し、優希に背を向け
「先に聞きたい。言い残すことは?どうしたいとかある?」
そう背中を向けて問いかける紫の顔は見えない。
ただ、その声は少し震えているように聞こえた。




