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黄昏ラピス  作者: 村月 亜唯
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※※

「なぁ、スノボ行こうー」

松村優希マツムラユウキは子供のように大声で言った。

優希の自宅マンション近くの居酒屋で、小野孝一、河井颯太、坂井司の4人で集まり呑んでいる席の中だった。

特に何を話すわけでもないが、いつの間にか毎週金曜日の夜に男4人で、他愛のない雑談をしながら毎週呑むのが習慣になっている。

高校1年からの付き合いになる4人は、卒業すると進学はせずに皆就職をした。

優希、孝一、颯太3人は会社勤め、司は自営の印刷会社の仕事、全員が土日休み故に金曜の夜はダラダラと時間を気にせずにいる。ただ、優希と孝一は営業な事から、得意先から緊急連絡があれば、休みを返上して相手の会社へと足を運ぶ事もあれば、接待ゴルフに終わる休日もあった。


そんな社会人が平日に4人揃って会うことはほとんどない。かと言って、休日に男4人で集まるのも、年頃の男達としては少々残念な話だ。

金曜日に心ゆくまで呑みながら他愛のない話に、会社の愚痴をこぼし、こぼされストレスを発散し、気兼ねなく過ごす。

やっと一週間終わったと、頑張ったなと思うのも、こうした時だ。


そして、唐突に優希が何の計画もなく自由気ままにこういう台詞を吐く。それも今となっては恒例行事のようなものだ。

季節が春なら花見、夏ならバーベキュー、秋なら山登り、冬はスノボととにかくみんなで何処かに行こう、と言うのだ。そして季節は今は1月の冬。

「あー来週末あたりに寒波が来るらしいな」孝一が言った。

「ほら、やっぱスノボ行こー」絶好のチャンスとばかりに優希は3人を見渡し言う。

「去年、あんまり寒くなかったからな。まだ一度も行ってないし、いいかもな」

司はハイボールをぐいっと呑み言うと

「だろ?行こう。みんな週末休みなんだから」ジョッキーを片手に優希は言った。

「しかし、また男4人で?色気も何もない」だし巻き玉子を口に運びながら、颯太は肩を竦め言った。

「男4人いいじゃん。どうせ滑ってる時なんて、みんな別行動すんだから。女がいてもいなくても一緒だろ」優希は片手に持っていたジョッキーをドンっとテーブルに置くと、そのまま豚の角煮が入った小鉢を手に伸ばし

「行こうぜ。行こうぜ。なぁなぁ行こうぜ。どうせ予定ないだろ」と駄々っ子のように連呼し始めた。

予定がないと決め付けてる時点で、3人にかなり失礼な話だが、社会人になっても、こうした駄々っ子のような優希に、変わらないなとそれぞれが思っていた。

「本当にお前いつもそうだな。予定がないって、お前がだろ」半ば呆れつつ優希を横目に孝一は「注文していいですか?」と右手を挙げ、居酒屋のスタッフに声を掛けハイボールを注文した。

「彼女居ないんだから予定ないだろ。孝一いっつも家に居るじゃん。それにさ、まだスノボ行ってないんだから、やっぱ行かないと。せっかくの冬なんだから」

せっかくもなにも冬は毎年来れば、冬だからスノボに行かないとなんだか、彼女が居なければ暇だろの意味がわからない。

「優希、何。女いないお前が言えるのかぁ?」だし巻き玉子から揚げちくわへと箸を移し、颯太は優希をじろり睨むと、間を割って入るように孝一は

「まぁ、まぁ、こいつの無神経なのは昔からだろ。悪気のない自分の事を棚に上げた無神経発言」

「そうそう、変わんないよな。無神経に人の心傷付ける。自分の立場わかってないんだよ」

ハイボールを飲みながら司は優希を見ると、わざとらしく涙を拭う振りをした。

「えー俺、無神経じゃないし。当然、わかってるし、俺も彼女いないことくらい。だからーいない奴の気持ちは誰よりもわかる。てか、何立場ってー」腕を組み偉そうなポーズで決めてたかと思うと、サラッと酷い事を言われた事に今頃気づいたのか、優希は司に食ってかかろうとしていた。その優希の頭を、孝一は軽く叩き

「お前が言える台詞か」

叩かれながらも、あっやっぱり、とへらっと笑う優希に

「お前本当に呆れる」孝一が深く溜息を1つ付くと、ハイボールを一気に呑み干した。

「行くのはいいけどさ、金、大丈夫?」司が優希に聞くと

「そこは、俺しっかりと貯金してるもん」優希はへらっと笑って答えた。

優希以外は実家住まいだ。当然、優希よりも自由気ままに過ごし、金銭面も楽だ。家の事も実家なら親がいれば掃除に洗濯としてくれ、優希ほど家の事もする事はない。

「てか、金大丈夫ーとか何言ってんの。仕事してるんだから、それなりに貯金もしてるよ、俺。偉いだろ」優希はビールに口を付けると

「俺はお前らと一緒にスノボに行きたいの。だから行こっ。冬って言ったら、スノボだろ。雪だろ。毎年行ってんだし、行きたいの」目を輝かせながら言う。

そんな優希を見て、本当こいつ子供っと司は内心思った。でも言ってる事はよくわかる。

社会人にもなればしょっちゅう遊びに行くことも簡単には出来ない。

高校の時は、早く大人になりたいと思っていたのに、大人になった今、どれだけ学生の時が自由だったのかを知った。そう思っても、確実に毎年歳はとる。

今は若いなと言われてても、いずれはいい歳だねと言われ、いい中年になり、おじさんと言われるのだ。

これから先、誰かが結婚なんてしたら、それこそ4人で何処かへ行く事もなくなれば、会える回数も減るだろう。今はまだない大切な物が出来るだろう。

「わかった、わかった。行こ、行きますよ。お前が言い出したら聞かない事くらい俺ら知ってるし。何よりお前本当にしつこい」孝一は優希に向かって振り払うように手を振りながら言った。

それにあわせるように司も颯太も大きく頷きながら、

「だよな。後々、本当に面倒くさいし、うるさい」と口々に言う。

その態度に若干ふくれっ面をしつつも

「何だよ。その言い方。気に入らない」言葉とは反対に、優希が満面の笑みでビールを一気に飲み干すと、注文〜とスタッフに声を掛け、そのまま項垂れるように孝一に抱きついた。

「本当、めんどくさい」司は呆れたように言いながらも、その口元は緩んでいる。

優希に抱きつかれている孝一は、男に抱きつかれても嬉しくないと優希を引き剝がそうとした。

この4人の中ではいつもの事だった。優希のこうした我儘もいつもの事。

遊ぶ事に関しては優希は一度言い出したら聞かない。だた、社会人になった今は、こういう優希の我儘は嬉しい事だった。


4人が出会ったのは高校一年の時だった。


4人共に同じクラスで、その中で孝一、颯太、司の3人は同じ中学だった。

ある日孝一が「なぁ、バンドしようぜ」と言い出したのだ。突然の事に司も颯太も「何でいきなり?」と聞いた。

「部室欲しいんだよなー」なんだその理由と言いながらも、単純に部室でダラダラすんのも、つるんでいるのもよくない?と言う孝一 に、それも悪くないなと賛同したのだ。

とは言え、3人共に楽器には縁がない。誰も弾けなければ持ってもいない。

音楽は好きで、よく話題にはしてても、自分が演奏するということはなかったし、考えた事もなかった。

そんな状態でも、部室が欲しいものは欲しい。

そして不純な動機で名目「バンド仲間」を集めをするのは、言い出しっぺの孝一の仕事だった。

「3人は決まったな。後、1人で部活として部室が手に入る」

誰を誘うか、そう思った時、目に留まったのが優希だった。

入学式から同じクラスになっていたにも関わらず、優希とは話をした事がない。

優希は学校が終わるとすぐに帰ってしまうし、休み時間には自席で寝て、昼休憩にはふらっと姿を消し、授業が始まる直前に戻ってくる。

そんな優希の周りには当然誰も居なかった。

入学して最初の頃、数人が優希に話しかけていたのを見たことがあった。

優希は身長も高く細身で、切れ長の奥二重に薄い顔は男から見ても清潔感を漂わせていた。

俗に言う塩顔男子だ。そんな優希を女子がほっとくわけがない。

そんな容姿でいながらも、人を寄せ付けない雰囲氣をかもしだし、人が近づいてきても無関心というほどに、話しかけられても上の空で受け流していた。

そして気付いた時には、優希の周りに人がいることもなくなり、耳にするには男女共に「愛想が悪い奴」と言う声だった。

孝一が見ていた優希はいつも1人だった。授業中も窓の外を眺めているか、寝ているかだ。

優希窓の外を見ているのを見て、何があるんだろうと何度か孝一も外を眺めた事があった。窓際ではない机から見る窓の外にあるのは、空だけだった。

いつも1人でいるのに、それをなんでもないようにいる優希を孝一は気になっていた。

ただの好奇心だった。

1人でいて平気なのか、何もない窓の外に目を向けている優希は、ここに居るのに居ない、窓の外を見ている優希の目に映る景色はなんなのか、それが孝一には不思議に見え、同時に知りたいと思った。

「なぁ、松村はどうかな?松村、誘ってもいいかな?」孝一は司と颯太に言った。

「松村?誰そいつ。同じクラスにいたっけ?」颯太が宙を見ながら言う。

「いるよ。俺の隣の隣の席」

「隣の隣って遠いな…あーあいつか。いつも居ないから覚えてなかった。愛想が悪いとか言われてるよな。俺、話した事ないから知らないけど」颯太が顔がわかったのか大きく頷き言った。

「でも、あいつと話した事あるの?」

「俺も顔わかるけど、話した事ない。誰かと話してるのも見た事ないかも。なんか、いつも1人じゃない?孝一は話したことあるの?」司が机に腰を下ろしながら言った。

「話した事はない」

「おい。話した事ないって、キッパリ言うな。お前は話した事ないに、よく松村誘ってもいいか、とか言えるな」司は呆れたように溜息をついた。

「あいつ、誰かといるとこ見た事ないんだろ。いっつも、寝てるか、ふらっと出て行ってるか…ダチとか居ねーのかなって思ってさ…俺、笑ったとこも喋ってるとこも、見た事ないんだよ。それって不思議じゃね?」

孝一は俯きながら

「俺達って、同じ中学だったのもあるけど、こうしていつも居るじゃん。それが、当たり前っていうか、普通っていうか。司や颯太がいなかったら、ダチ作れるのかもわかんないし、1人でいるとか無理」

司も颯太もそうだなとそれぞれ口にした。

「いっつも窓の外見てさ、空なんてなんもないのに、空しか見えないのに…なんかさ、何が見えてるのかミステリアスなんだよ」

途中まで良い事を言ってたのに、最後のミステリアスで全て台無しだ。

司と颯太は孝一を見ると

「お前、ミステリアスとかさ、普通言わないわ」司は大きくうな垂れた。

「マジでないな。まっ孝一が作ろうって言ったんだから、好きにしろよ。ただ、途中まで本当にいいこと言ってたのに、ミステリアスはない!」

2人に揃って"ないない"と言われ、若干自分のセンスは疑ったが、颯太の「好きにしろよ」の言葉で孝一は優希に声を掛けようと心に決めた。


「なぁ、松村」昼休のチャイムが鳴り、教室から出ようとしている優希の腕を掴み孝一は声をかけた。

「何?」振り向き素っ気なく、怠く優希が言う。

「いっつも昼どこ行ってんの?」優希の鋭い視線に孝一は一歩後退った。それでも腕は掴んだままだ。

「関係ないだろ」無表情で言う優希に

「…だよな。でも、暇だよな。ちょっと一緒に来てくれ」そう言うと孝一は優希を強引に司達の所へ連れて行った。

「えっ?おいっ」掴まれた腕を振り払う間も無く、優希は連れていかれた。


司と颯太は机を2つ向かい合わせに付け、それぞれコンビニ袋や弁当を出し広げていた。

「お前ら、今日からこいつも一緒に食うから。それとバンドも入るから、って言うか入れる」

孝一は優希を2人の前に押し出し言った。

「はぁ?何?意味分かんないだけど。何言ってんの?なんの話もなく、何それ。そんなん聞いてねー」優希は孝一掴まれていた腕を振りほどき孝一を睨んだ。

「お前、何?その1人でいいみたいなオーラ。俺たち、部室が欲しんだよ。協力してくれてもいいだろ」

「部屋?って何それ。で、何で俺?他に声かけろよ」

薄い顔の切れ長の目に睨まれるには、こんなにキツイのかと思いながらも

「暇っだろ、お前。クラスにもいなけりゃ、いつも1人でいるし意味不明。少しはクラスメートなんだから助けろよ。友達くらい作れよ」睨まれても、ここで引くわけにはいかない。

「とりあえず宜しくなー」司と颯太が昼食に口を付けながら言った。

空気を読んでるのか、読んでないのか、この2人は楽観的だ。だが、今は救われた。

「で、お前、飯は?」何ごともなかったように孝一は優希に聞いた。

「まだだけど、食わないし」そう言う優希の睨んでいた眼差しが、少しマシに見えた。

「食べないの?」

「腹減ってない」

「お前ね、成長期なんだよ、俺ら。減ってねーとか、そんなん言わずにほらこれ食え」そう言うと、孝一は颯太のサンドイッチを優希へ渡した。

「おっおい。それ俺の」颯太は口にサンドイッチを頬張ろうとしながら、慌てて言った。

「いいだろ。お前何個食うんだよ 」颯太の目の前にあるコンビニ袋は、まだ何か入っているのか膨らんだままだ。

「俺のサンドイッチ…まぁいいけど。食えよ」

そう言うと颯太はサンドイッチを3つコンビニの袋から出した。

「早く食いな」弁当に箸をつけながら司が言った。

苛立ちながらも立ち尽くしていた優希は、少し慣れない感じでいながらも椅子に座ると

「ありがとう」と小さく言いサンドイッチを開け口をつけた。


これが4人の始まりだった。


今、22歳。思えば男4人で6年も経つんだなと孝一は思った。


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