私とあなたが出会う前
遅くなりました。
夜の静寂が私を包む。呆然と立ち竦む私を風が一撫でする。
「ねぇ。一つだけお願いがあるんだけど…聞いてもらえるかな。」
そんな私の背中にあなたは声をかける。何時もと変わらぬその声で…。なんてこと無いと言う声音で…。
振り向きたく無かった。振り向けば全てが終わってしまうのだと、そう思ったから。
なのに、体は動いてしまう。動かしたくなかったのに、気が付いたらそうなっていたのだ。
あなたと向き合った私の顔は、きっと酷いものだろう。感情が入り乱れてグチャグチャになった…そんな顔をしているのだろう。
そして、微笑みながらあなたは口を開く。
不自然なまでに明るく、不自然なまでに丸い月だけが二人を照らす。
さぁ、楽しい宴の始まりだ。今宵一つの他愛もない日常が終わりを迎える。そこにあるのは悲劇か喜劇か、それとも…
───
なにもない事は良い事だ。良くないと言う人もいるけれど、私は良い事だって思ってる。だって何をしても良いって事じゃない?勿論常識は弁えてだけどさ。
布団でダラダラするも良し、遊ぶのも良し、出掛けるも良し、働くのだって良し。何をするかも自分の意思次第。そういうなにもない日常が私は大好きだ。
何を唐突に言ってやがるって?
詰まる所、私は真っ昼間にベッドの上で寛いでるのが最高だねって言いたいのですよ。
「あぁ〜、休日万歳…。」
「………」
乙女から出たとは思えぬだらしのない声。そんな私に何やら冷ややかな視線を送る者が一人。
「ねぇカンナ…あなた何時もそんななの?」
「そんなとはなんだ〜。ベッドに飛び込めば人間誰しもこうなんだよ。私だけじゃな〜い。」
「いや私はそうならないけど。」
「うっっそだぁ!!」
ガバッと上半身を起こし、私は彼女…シンディへ抗議の意を唱える。
「いいかいシンディ!布団の魔力に勝てる人間っていうのはこの世に存在しないんだよ!」
「…は?」
「人間の三大欲求の一つは睡眠。そして布団というのはそれに使われる物。つまり勝てる訳が無いって言いたいんだよわかる!?」
「いやわかるけどわかんない。」
「なんでぇ!?」
相変わらず半目で私を見てくるシンディ。何故だ…何故この素晴らしさが伝わらないのだ。語彙が貧弱なのが悪いのか。そうなのか。なら無理だ。敗走。
ぶーぶーと口を尖らせながら私はシンディと向き合う。カーテンは全開、真昼の日光が部屋に降り注ぎ、シンディの金色の髪を輝かせている。格好はいつもと変わらぬ宿屋の制服…では無くゆったりとしたワンピースだ。
うむ、よくよく見なくても綺麗な人である。私の周りは随分と外見レベルが高いと思わないかい?やっぱ年頃の女性は気にしないと駄目かな…え?自分で年頃と言うな?うるさーい。
「急に黙ってどうしたのよ。私に何か付いてる?」
「あ~、いやそういうんじゃないよ。ただ頑張んないとなぁってね…。」
「どういう事よ。」
まぁまぁと手をふりふりしつつ私は胡坐の姿勢で肘をつく。
そもそも、どうして宿屋のスタッフであるシンディがここにいるのか。というのは特別な何かがある訳でも無くただ休みだからである。それでもわざわざ私に会いに来るものかと思ったけれど、それを聞いたら「折角だし冒険者様と話しがしたかった」ということらしい。んで特に断る理由も無く、今日は休みじゃと思っていたから朝から今まで駄弁ってたという感じだ。
じゃあ何で冒頭みたいにお布団を賛美していたかって?そりゃ一段落ついて会話が無くなってきて気まずく…いえ何でもないです。
「…そういえばシンディ。お昼どうするの?」
時刻は昼…正午はとっくに過ぎてるけどまだランチと呼べる時間だ。当たり前だが朝から駄弁ってた私達は何も食べていない。一食ぐらい抜いたりしがちなぐうたら女の私と違って、シンディは健康的な生活を送っていそうだから、そろそろそういう時間かなと思った次第だ。決してこの静かな空間が気になる訳では無いのです。
「あなたと摂るつもりだけど。」
「あ、やっぱりそうだった?」
「朝からずっとここにいるんだから当然でしょ。…だからそろそろそこから動いてくれない?」
「はい……。」
予想はしてた。というかそうだろうな、とシンディが部屋に来て数分で確信してた。
じゃあなんで今までゴロゴロしていたかって?
そりゃあ勿論お布団とかいうやつが離さなかったからだよ。不可抗力、仕方なし、うん。
「うぅ〜…はぁ…」
ギリギリ濁点がつかない程度の声を出して伸びをする私。そしてそのまま勢いをつけて布団から脱出。
「…毎日起きる時そうやってるの?」
おっと、お手本のようなジト目と呆れた声…違うんだシンディ…普段からこんな事してる訳じゃないんだよ。
こんな事っていう自覚あるならやるな? それはそうなんですよ。
とりあえず適当に「違う違う」とシンディをあしらいつつ、私は右手を動かして装備メニューを開いて、先日完成した修道女…っぽくなる物達を装備する。
そうすればダラーッとした部屋着の私から、瞬時に冒険者っぽい格好をした私の出来上がりだ。…ちなみにこの時寝癖も勝手に直る。超便利。現実にも欲しい。
「よーっし、おまたせシンディ。行こっか。」
散々待たせておいてそれだけかと言われそうだけど気にしない。今ボコボコにされると貧相な精神をお持ちの私はUターンして布団へGOしてしまうからだ。
自分で言うなって? ごもっとも。
とまぁそんな訳で準備完了の私。そしてそんな私を見つめるシンディ…おっとここで頭を抑えて深いの溜め息。どうしたんだろ。
「…なんか、ずるいわね。それ…。」
「んー?」
「その早着替えの事。それだけ私にもくれないかなぁ…。」
あー…やっぱみんな欲しいよね。着替え一瞬、髪のセット一瞬…人間なら誰しも欲しいと思う。圧倒的時短。現実に帰った時が恐ろしい…。
そして何と答えればよいのかわからなくなった私は、渾身の愛想笑いを浮かべてそそくさと部屋から出るのであった。
───
金の髪が二つ、街へと繰り出す。広場は今日も人で溢れかえり、うんざりするほど賑やかである。
そんな賑やかで華やかな広場と対象な場所。人の姿などまるで無く、管理も然程されていないのか、草木が思うがままに生えている…そんな場所。
そこを一人歩く者がいた。遥か遠くにあるであろう広場の方向を一瞥した後、ある物の前で立ち止まる。
「楽しい夢を見ると良い。素敵な夢にしておいで。」
小さな体に不釣り合いな程大きな帽子。宝石の様に美しい真っ赤な瞳。
彼女は楽しそうな表情でソレに手を伸ばす。
「喜ぶと良い。お前は漸く…終われるのだから。」
風が一度大きく吹き抜ける。それを受けて草木がソレを祝福するかのように大きな音で擦れ合う。
だが数秒もすればそれは終わる。終わってしまえば訪れるは元の静寂のみ。いつの間にか、小さな魔女の姿も消えていた。
「……」
この場所に残るモノは、祝福された…小さく蹲るソレだけだった。
期間がまた空いてしまいました。
そして、数年掛かって漸く話が始められる…という場所まできました。
章で言うなら第三章。進行が遅すぎますね。
次回はまたいつになるかは未定です。遅くなったらすいません。頑張ります。
最後に…今一番欲しいものは時間です。




