閑話 不遇職と…… 3
「こんにちはカンナさん。お迎えに参りました、『ノイ』と申します。」
ダニエルさんの事務所、その入り口にある扉を私は開けた。
すると一人の見知らぬ女性…ノイさんが立っていた。
一目で日本人だなとわかる整った顔と長い黒髪、瞳も黒…とても馴染みのある顔の特徴で何か安心出来る。服装は白衣…その下にスーツという「私が管理者です」っていうオーラを感じさせる格好である。
「あ、その…よろしくお願いします。」
とりあえずお辞儀と挨拶をする私。わざわざ私なんかの為にありがとうございますという感じですよ。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。そしてこの度はこちらの不手際でご迷惑をお掛けいたしました。誠に申し訳ございませんでした…。」
そう言ってノイさんは私に頭を下げる。とはいえ多忙なのだろう。ずっと頭を下げているというのは無く、割とすぐに元に戻った。
「詳細については戻りながらご説明させていただきます。……ここでは彼に迷惑ですので。」
彼…ダニエルさんの方に目をやりながらノイさんは言う。
「ダニエルさん、貴方にも彼女を送り届けた後に再度お話に参ります。ご迷惑お掛けしました。」
「あぁ、気にしなくていいさ。私も中々に楽しめたからね。それより、早く彼女を送ってあげなさい。どうすればいいのか困っているみたいだからね。」
バレていたみたいだ。いやね、こうね、誰かと誰かがこう…業務的なお話を始めるとポツンと立ってる事しか出来ないんだよ。変に口突っ込んだり動いたりすると迷惑かな〜ってね?
「わかりました。では後程また…。」
ノイさんはそう返事をし、改めて私に向き合う。そして「お待たせしました。いきましょうか。」と右手で外を示した。
私も少しオロオロした後、「わかりました。」と返事をした後にダニエルさんの方を向き、「お世話になりました。」とお辞儀をする。
「うむ、頑張りたまえよ。」
ダニエルさんはそれだけ言って、ヒラヒラと手を振ってくれた。勿論それに対して私も手を振っておく。
色々…って程かはわからないが、お世話になった部屋から私は外へと出る。だけど…最後にもう一度、ダニエルさんの顔を見たくて振り返る。
ノイさんが閉じようとしている扉。その隙間から見れるかなと思ったが、明るさのせいか扉の向こうにある彼の部屋を見る事は出来なかった。
───
…今思うと、どうして私はこの時振り返ろうと思ったのだろうか。ダニエルさんの事は確かにいい人だなと思った。だけど別に…は語弊があるかもしれないが、特別な何かを抱いていた訳では無い。これは断言出来る…失礼かもだけど。
それに昔からこんな帰り際に名残惜しく振り返ったりとかは無かった…はずだ。なのにこの時は無性に振り返って彼の顔が見たい…そんな感じだった気がする。
本当に、何でだったんだろうね。
───
「改めて、この度はご迷惑お掛け致しました。」
「あ、は、はい…。」
ノイさんが再度謝罪する。
「ではご案内します。ですが、少し時間が掛かってしまいます…。」
「あ…はい、どうも…。」
私の返事の後に重ねてノイさんは謝罪の言葉を口にする。
…だが私の頭はそれどころでは無かった。時間が掛かる?そんなのは全く問題無いです。
それよりもだ。
「あの…ノイさん?そのー…ここは?」
「X県N市にあるT駅前です。確か…カンナさんのご出身地でしたっけ。」
「いやまぁそうですけど…どうして?」
おかしいのだ。
だってどう見ても、目の前に広がる光景はノイさんが言った通りの場所なのだ。つまり、私の地元である…現実の…。
見慣れた駅、見慣れたショッピングモールやアミューズメント施設…。『実験』に向かう前の最後のご飯だーって行った飲食店まで…そのまんまの光景が広がっていた。
どうして。何故。ここは何処。私は今どっちの世界にいるのだろうか。そんな疑問が頭を駆け巡る。
困惑を隠し切れない私。そんな私にノイさんは「えーっとですね。」と前置きしてから話し始めた。
「難しい事、機密事項を省いて説明致しますと、先程カンナさんが居たダニエル氏の事務所は、我々が開発している別作品の世界になります。」
「はあ…。」
いきなりそれは機密事項では無いのですかという内容が飛んできた。どういうことなのですか。
「本来は全く関係の無い世界になるのですが、今回何らかのエラーでリスポーン位置が世界を超えてあの場所になってしまった…という訳です。」
「…なる、ほど?」
いや訳わかりませんけどね。なんで作品超えて飛ばされてしまったのだ私は。どんなエラーですか。
「原因については申し訳無いのですが、未だ特定出来ていません。ですが応急の対策として、リスポーン時にこちら側で一度リスポーン位置の再設定を行う事にしました。これにより確実な処理が可能になるはずですが、代償としてリスポーンに掛かる時間が数秒から一分程増えてしまいます。」
「あ、時間については気にしなくて大丈夫ですよ。私今まで困った事無いので…。確実にリスポーン出来ればそれでいいです。」
「…ありがとうございます。」
再び頭を下げるノイさん。……何か、大変だよね。こういう立場の人って…。
それよりも、だ。私はこの場所の方が気になってますよ。結局何でここにいるんですか私は。
「はい。別作品の世界…そこと元居た『えふこね』の世界を直接移動しようとするとカンナさんの体…アバター及び現実の肉体双方に問題が発生する可能性があります。」
「え…こわい…。」
初耳である。まぁでもアバターに問題が発生するかも〜ってのはわかるよ。ゲームによってアバターの作り方が違ったりとかあるしさ。そういうやつなんだろうけど、現実の肉体にってなに?何が起きるの私の体。脳がバグって大変な事にって感じ?わぁおこわぁーい…。
私のこの言葉によりノイさんは何度目かの謝罪をする。いや別に大丈夫なら…いいです、はい。そんな謝らないでください…。
「…ですので、一度この世界…現実に限り無く近くしている仮想世界を挟む事によって問題が無いかをチェックする…という訳です。」
「???なるほど?」
正直完全に理解はしていないけど、つまりは変な事が起きてないかを確認するからここにいるんですな私は。復唱気味になったね。
「なのでこの世界は現実ではありません。ただ似ているだけです。」
ノイさんは歩きながら、「ですので…」と言い手を動かす。それはもう見慣れた動きであった。こちらに来てから何度もやっている…メニューを出す動作である。
「これを出せるというのが証拠です。武器を出す事も出来ますし、スキルだって使えますよ。」
そう言ってノイさんは私の持っている槍と同じ物を出したり、『マジックショット』を空に向けて放ったりした。
「…あ、ほんとだ。」
私もそれに倣う。すると当たり前のようにメニュー画面が表示されたし、槍を取り出したりスキルを放ったりも出来た。
明らかに場違いな感じがする気がしなくも無いけれど、これは…あれだ。
「なんか、異能系作品みたいですね。ここでやると…。」
「そうですねぇ。実を言いますと、我々の中にも趣味で同じ事をしてる人がいるんですよ。中二病の夢だーって…。」
「あはは…それは…まぁ楽しそうですねー…。」
完全には笑えない私がいた。だって…実際楽しそうなんだもの…。街中で飛んだり、魔法撃ったり…楽しそうじゃん。一度は思うやつじゃん。
とはいえ今は人の前である。残念ながら我慢せねばならない。やりたいという欲を抑えるのです。多分きっとその内また機会があるはずだから…ね。
それにしてもだ。説明されてもやっぱりここが現実じゃ無いとは思えない。ファンタジーな世界じゃないから…なのかな? いやまぁあっちはあっちで現実感凄いんだけどね?見慣れているかの違いなのかねぇ。
とにかくこの空間に慣れない。そもそもどうして現実に近い世界を作っているのだろうか。それもわざわざ私の地元にしなくたって…と疑問は尽きない。
素人の私が考えた所で無駄だっていうのはわかるんだけど、気になるものは気になるというものだ。
「えー…その、申し訳ありません…。それについては機密事項ですので…。」
「ですよね〜…。」
意を決して聞いてみた結果がこれであった。まぁ、その…そりゃそうだよねという感じである。幾ら実物を見られているからといって、それを何故作っているんですかっていうのをわざわざ部外者たる私に話す必要は無いわけだ。企業としては当然だよねぇ…。
ま、多分何かしらのシミュレーションとかに使うんだろうね。ここまでリアルだと色々な事に使えそうだし…。例えば……災害の被害予測とかそこらへん?
「ご安心ください。決して悪い事に使おうとしてる訳ではありませんから。」
私が「気になる〜」っていう雰囲気で考えていたからだろうか。ノイさんは察してそう言ってくれた。
「我々はこの技術を使って世界を繋ぎたい……未来へと繋いでいきたい。……簡単に言えば世界を平和にってことですね。」
言っていて少し恥ずかしかったのか、ノイさんは照れくさそうに「ちょっと胡散臭いかもしれませんが…。」と頬を指でかく。
「私は凄い事だと思いますよ、ソレ。まぁ胡散臭いと言われれば確かにそうなのかもしれないですけど、それを実現しようとして出来たのがここであったり『えふこね』だったりするんですよね?
何に使うのか……具体的に何をするのかはわかりませんけど、これだけのモノを作れる技術と情熱があるのなら、きっと出来ますよ。」
「……ありがとう、ございます。」
私が思った事を話すと、ノイさんは随分と驚いた様子で返してくれた。…そんなに驚くことかな、とは思っちゃったけどさ…。わ、私だってたまには言うんだよ。たまに…だけどね。うん。
そして訪れる沈黙の時間。何か話した方がいいのだろうけど、お互い何を話そうかわからないっていうアレである。
私はコミュニケーション能力が皆無なので割といつもの事ではあるが、ノイさんは不慣れらしく、髪の先端をクルクルしていたりと気不味さを誤魔化していた。
…さっきの言葉で彼女の会話のペースというか、そういうのが崩れちゃったのかもしれない。もしくは失礼ながら私と同じ会話が苦手なタイプか…。
うん…前者である事を願おう。そうであって欲しい。
でもよくよく考えてみれば、機密事項が多いらしいし、あまり話せる事が無いのかもしれないね。
日常的な雑談をしたとしてもひょんな事から口を滑らす可能性もある訳だし…。それに、そもそも本来は私含むプレイヤー達と、こうやって会話する機会が無い立場の人だろうしね。
まぁ、でもこのまま沈黙が続くとノイさんが困りそうなので、ここは私がなんとかしようではないか。
どうやって…だと?
そりゃー…ね。ほらここって仮想だけど一応現実にそっくりじゃん?そして私の地元じゃん?だから適当にこう…いい感じに…ね?
例えばこういうお店あるんですよとか…そういうやつ…。私あんま外には出てなかったけれど、頑張れば記憶から何かしら出てくるでしょ、多分…。
───
「カンナさん、着きました!」
「は…はひ…。そうですか…。」
明らかに元気になったノイさん。そして対極の灰と化した私。
頑張った…皆、私頑張ったよ…。
記憶の片隅から引っ張りだしたこの辺りの知識をひたすらに喋りまくった。話しを繋げるとか…もうなんかそういうのは気にせず本当に片っ端にだ。
ただそんな必死な私の姿が良かったのか、ノイさんは途中から話しに乗りまくってくれた。そのかいあって、今やご覧の通り元通り?になった訳です。私は燃え尽きたけど。
てことで、どうやら目的地に到着したらしい…が…。
「ここ…ですか?」
「はい、ここです。」
どうして私がこうも訝しげなのかといいますと、その目的の場所っていうのが、私でも見慣れているアミューズメント施設…つまるところゲームセンターだったからである。
てっきり私はこの世界にある支部的なやつに連れて行かれるのかと思っていたから、ここが目的地だと言うのが意外だった訳ですよ。
「少し、遊んでいきますか?」
「え?」
私がジーッと眺めていたからか、ノイさんは私の顔を覗き込む感じで聞いてきた。
「あぁ大丈夫です!大丈夫です!」
違いますと私は手と首を高速で振りアピールする。どうやら傍から見たらゲームセンターで遊びたい人だったようで…いやはやお恥ずかしいものですよまったく…。
「そうですか…。いえ、随分中が気になっていた様子でしたので、てっきりそうなのかと…。」
ほら見たことか。ウキウキワクワクしてる子供みたいだと思われているじゃないか。 え?そこまでは言われてない?
とはいえ、これは既にどうしようもない事態だと判断する。否定しても「あらあら我慢してるんですねうふふ」みたいな顔で見られるだろうし、逆に肯定してもなんだかんだで同じ感じになるやつだ。詰みである。
これが見知った仲の人間同士なら、こうもならないんだけどねぇ…。文句垂れてもどうにも出来ないので素直に諦めるとしましょう。
「あー…私の事は大丈夫ですので…。えっと、それでここでどうすればいいんでしょうか?」
ぐいーっと話しを元に戻す私。時にはこういうのも大事なのです。
「えっとですね…こう、何かをしてもらう。というのは無いんですよね。」
ノイさんは特に私の様子に疑問とかを抱く事は無くそう言った。私としては正直気にされるより全然ありがたい。
まぁ普通に考えれば初対面の人をそこまで深く理解しようとか、気にしようっていうのは少ない気がしなくもない。特に今回はトラブルの対応で話しているだけなのだ。つまりは接客の一種である。
毎日会うようなものでも無いっていうか多分一度きりの関係だろうから、サラッと流された方が気が楽なのやもしれないね。それは今更感ある?
まぁいいや、気にし始めたらなんか長そうだし戻ろう。
「?? じゃあどうしてここに?」
「うーん…。そのですね、既に接続する準備というのは出来てるんです。ただ…そのー…所謂転送という形をとると、向こうの世界にいきなり現れる事になりまして…」
「あー…そういう…。」
ノイさんの様子で私はなんとなく察する。要するに、いきなり現れた私に疑問を持たれたりしたら面倒くさい、って事なんだろうね。
勿論誰もいない場所に転送する事も出来るんだろうけど、そうなると今度は見知らぬ場所や誰かの所有地とかになるかもしれないと。
勝手な推測だけど、そんな所なのだろうと思っておく。大人の事情ってやつだね。
「なので本来のリスポーン方法と同じになるよう調整しました。」
じゃあどうするんだろうなーって私が考えていたら、ノイさんが先に答えてくれた。
「扉を開けたらゲームの世界…そして扉を開閉する時に覗き見されても問題無い空間。それがあるのがここだったのです…わかりますか?」
そこまで気にしますかと思っていると、最後にノイさんが問いかけてきたではないか。いきなりですねと言いたい所だけど、あいにく答えが直ぐに思い浮かんでしまったので、素直に答えを言うとする。
「…エレベーターですか。」
「そうです!」
当たってしまった。うん、まぁ定番の移動手段だよね。ロードやオートセーブを違和感無く行える閉鎖空間…それがエレベーターというものである。
まさか自分の身で体験するとは思ってなかったけどさ…。
「ここのエレベーターは内装が黒いんですよ。別に真っ暗な部屋でも良かったんですけど、折角なのでゲームっぽい雰囲気をと思いまして…。」
「なるほどー…それはどうも…。」
私そこまで拘りは無いんだけどね…。それに現実そっくりな空間からいきなりファンタジーな空間に変わったらそれはそれで雰囲気も何も無くないかな。
まぁ言わないけどね。折角用意してくれたんだし、私はお世話になってる側だもの。こう思う事自体ワガママなのかもしれない…反省。
「場所は初期リスポーン地点であるオスロン中央の聖堂。時間は夕方…十七時頃になります。特例により死亡デメリットは無し…また不具合のお詫びにつきましては後程、決定次第ゲーム内のメッセージに送りますのでご確認下さい。」
ノイさんはそこまで言い終え、最後に「大丈夫でしょうか?」と確認する。別に気になる事も無かったので私は「大丈夫です」と首を縦に振る。
「では行きましょうか。」
私の返事を聞いたノイさんはゲームセンターの中に入っていく。勿論私もそれに続く。
外の喧騒のはまた違った賑やかさの店内。それを少し懐かしいと思いながら、私はエレベーターの前に着いた。
早くないって? いや店内めちゃくちゃ広い訳じゃないからね。結構すぐなんだよ。
「繰り返しになりますが、この度はご迷惑お掛けしました。」
エレベーターの前に立ったノイさんは、またまた頭をペコリと下げて謝罪する。いやほんと…運営ってこうなると大変だなぁと思いながら、私は「いやほんと全然大丈夫です」と返事する。
もう早めに終わらせてあげよう…そして休んで下さい…。そう思えてきたので私はノイさんにそれとなく催促する。
ノイさんも話す事は話したからか、割と素直に「わかりました」と言ってエレベーターのボタンを押してくれた。
そうして程なくしてやってくるエレベーター。数人しか乗れない狭さ、何故か真っ黒な内装…人によっては不安になりそうな空間である。ホラーゲームなら絶対何かあるよこれ。…まぁ普通に乗るんだけどね。
「お世話になりました。」
別れ際に私はお辞儀しつつのお礼をする。ここで私がズルいのは本当に別れ際だというところである。もう扉が閉まる直前!って時だ。
つまり相手に有無を言わせぬ頭ペコリが出来るって事だ。ここまでの様子を見るに、私がお礼やらを言うとノイさんは逆に頭を下げないといけない状態になってしまう。それをさせないって訳だ。
現実じゃやらないようにしようね。
実際、扉が閉まる直前のノイさんは慌てて「とんでもないです!」って言ってたもん。最後まで聞こえずに閉まっちゃったけど…。
そんな訳で私は謎のトラブルから元の世界…ゲームの世界へと復帰する。まあ、本来は体験出来ない貴重な経験だったと思っておこう。見てよかったのかわからない世界も見れたしね。
そんな事を思っていたら、「ポーン」と電子音が鳴り到着を知らされる。
ただいま世界。私は帰ってきたぞー。
「あ、自分で開けるんだね…。」
扉の前で開くの待ってたよ。自動じゃ無いんかい!めっちゃ待機してたよ私。誰も居なくてよかった…。
うむうむ、では気を取り直して…開くボタンをポチッと。
当たり前のように開く扉。…ようにっていうかそりゃそうだって感じだけど。開いた扉の先は如何にも厳かな白い壁…うん、さっきまで居た現実そっくりの世界とは明らかに違う空気だ。
私はエレベーターからそちら側に移動する。さよなら科学の文明よ。送ってくれてありがとう。またその内会おうじゃないか。
心の中で労う私。静かに閉まるエレベーターの扉。後には何も無い白い壁だけが残る。
初めて見たら驚く光景かもしれないけど、私はもう何度か見ている光景だ。なので直ぐにその場から歩き始めるとする。
「はぁ〜…疲れたぁ…。」
色々あった…。ここ数日で一番ドタバタしていた気がする。こういう時は素直に帰って寝るに限るってものだ。
でもウィルチェと色々話したいな。さっきまでの出来事も話しのネタとしては良いかもしれない。
どう話そうかなー、なんて考えながら私は見慣れた見慣れない世界を歩いていく。
やがてその歩みは聖堂から広場に移り、人混みを抜け宿に入る。受付にいたシンディに挨拶をし、奥へと進んでまた扉の前へ。
一度軽い深呼吸…そして扉を開ける私。
「ただいま。」
───
人々の話す声、車の走る音、一際大きいのは電車の音か。
そんな帰路につく者が多い夕方の駅前を、一人で歩く白衣姿の女がいた。
(案外、上手くいったなぁ。)
つい先程までの出来事を思い返し、白衣姿の女…ノイは上機嫌になる。そんなノイを周囲の人間は一切気にも止めず歩んでいく。
当然だ、彼らにはノイが見えてすらいないのだから。
(現実に見える仮想の世界…か。)
ノイは周りを見渡す。
(我ながら、よく考えたものだ。)
もし誰かが聞いていたとしたら、「何がだ?」と問う事だろう。それに対して彼女が答えるかは不明だが…。
(早かったなぁ。私の自由。)
ノイは少し悲しそうに目を伏せる。だが直ぐに顔を前へ向けてもとに戻る。
(後悔は無い…いや、後悔するにはまだ早い…か。)
なにせ始まったばかりなのだから。
(終わらせよう)
誰かに望まれた終わりへ向かう為に、ノイは歩く。
例えそれが、世界の望まぬ終わりだとしても。
ここまでが二章となります。
一年以上掛かってしまいました。反省します。
三章以降は戦闘などのゲーム要素を増やしていきたいなと思っています。
今後も気長にお付き合い頂ければ幸いです。何卒よろしくお願いします。




