通りすがりとおひめさま
やはりこれくらいになってしまう
静まり返った夜の街。暗い路地を進んだ私の目に入ってきたのは、小さな庭園…でいいのかな。
中央に小さな噴水、周りにはベンチ。色とりどりの花を咲かせた低木などがバランスよく配置されている。そんな美しくも慎ましい場所。その中央に彼女はいた。
灯りも無いはずなのに不思議とぼんやり明るいが故に、彼女の姿はよく見えた。
フードを被り顔を膝に埋め、ボロボロになっているローブで体を隠すように丸くなっている。一目で酷いと思える惨状であった。
それだけで、私の方まで悲しくなってくる。私は何も出来なかったのだと。彼女の助けになれなかったのだと。
もっと入念に下準備をさせるべきだった。もっと良い装備を用意出来ていればよかった。共に行ければよかった。戦えていれば…。
溢れてくるは無駄な後悔。どうしようもない感情。
駄目だ駄目だ。そんな事ばかり考えるな。私は頭を振り強引に思考を消し飛ばす。
私は…私達は進まなければいけないのだ。彼女は知らないが、向こうでダメな私だからこそこちらで頑張ろうと、始まる前から決めていたのだ。
自分勝手な考えさ。それがどうした。それが私だ。優しくも何とも無い、ただの我儘な人間だ。だからこそ、強引にでも彼女を連れて行く。
そうでもしないと、彼女はここで止まってしまう気がする…。
ポフッ
自分の思考で一杯になっていた私だったが、急に感じる重みでハッと顔を上げる。
そこにはいつの間にという感じでロットが肩に乗っかっていた。地味に器用な乗り方してるな。
そうだよ。折角お前が連れてきてくれたんだ。今度は私が連れて行く番。なんてこと無い日常へ。非日常かもしれない日常へと帰ろうじゃないか。
功労者の背中を軽く撫でてやりつつ、私は未だ微動だにしない彼女へと足を進めた。
───
また逃げてしまった。何やってるんだろう。折角探しに来てくれたのに。迷惑ばかりかけて。
……それでも、こんな姿を見せたくなかった。あの人には…綺麗な姿だけ見せていたい。何でかはわからない。けれど、そうしていたいと私は思う。
背後で静かに流れ出る噴水の音。何も考えずに飛び続けていたら偶然着いたこの場所。不思議と落ち着く空間。ここならあの人だって来ないはず。
もう少し…ここで整理しよう。どうするのか。どうやってこの姿を誤魔化すか。…どうやって、謝るか。
小さく丸まって考える。昔っから何かあったらこの姿勢になって逃避していた。自分だけになれる、そんな気がするから。
だからこそ、私は気が付かなかったのだろう。
「捕まえた〜。」
聞き慣れた声と同時に、いきなり抱きしめられた。だが私の心は混乱していた。
どうして、何故、何で。この場所は知らないはずだ。わからない、本当にあの人なのだろうか。
怒られるだろうか。逃げ出したから。もうどの感情が原因かわからないが、体も震えてきた。嫌だ、怖い、私はそんな…。
「そんな怯えなくても…。別に何もしないよ。ほら、落ち着いて。」
そう声を掛けながら、私の頭を撫でてくれる。その後顔見せて…、と頭を上げられた。
「あっ…」
そこには初めて会った時と同じ、優しげな顔の彼女がいた。ただ一つ違うのは、瞳が少し潤んでるとこ。
「あーあー、そんな顔真っ赤にしちゃってぇ…。ほんと勿体無いよ。」
そう言って私の頬に手を置き、涙目だった私の目元を拭う。
「泣いてる顔は似合わないよ…。笑ってる方が、あなたは素敵。無茶言うなって思うかもしれない。でもさ、私はあなたに何があったかなんてわからないんだ。」
そこで彼女は一度目を閉じて、「だけど」と続ける。
「あなたが泣いているとねっ……私もっ…泣きたくなるんだよ…。とってもね…辛いのっ…。」
そう続ける彼女は、泣いていた。凄く辛そうに、凄く悲しそうに。
「ぐすっ…辛い時はさ……一緒に泣こう…?」
「うん。」
「わかんなかったら……一緒に考えよ…?」
「うん。」
「それでさ…楽しい時は……一緒に笑お…?」
「うん……うん。」
わかったよ。だから泣かないで。私なんかより、あなたは笑顔が素敵なんだから。
…ごめんね。私のせいだよね。私が弱かったから、あなたまで泣かせてしまった。ちゃんと言葉で伝えたい。だけど…もう言葉がちゃんと口から出ないんだ。
「ひっぐ…泣か…ない…で…。」
もうあなたの顔もよく見えないよ。ごめんね、弱くて、泣いてばかりで。
「無理っ…もう止まんない。ごめんね…一緒に行けなくて…。何も出来なくて…。こんなになって、痛かったよね…。ごめんね…ごめんなさい…。」
どうして、あなたが謝るの。謝るのは私の方だ。逃げ出した、私の方だ。
「あなたがね…どんなに辛くても…苦しくても…痛くてもね…。私には、それを見てさっ…!泣く事しか出来ないのっ!」
叫ぶように言う彼女の左手は、私の右腕の付け根に置かれていた。恐らくは最初に抱きしめた時から気が付いていたのだろう。私の右腕が無い事に。
「絶対に…何とかしてあげるからっ!絶対っ…絶対だからねっ!」
気が付いて尚理由も聞かずに助けてくれる…優しいあなた。だからこそ、本当に申し訳無いと思う。
「ごめん…なさい…。」
やっと出た。やっと出せた。
弱くてごめんなさい
私ね。強くなるよ。大切なあなたを悲しませない為に。
「ごめんなさい…。」
あなたを守れるくらい、強くなるよ。もう、逃げないよ。
だから、ごめんなさい。
夜の街の静かな庭園。二人はその後も、暫く泣いていた。
───
「…はぁ、何年ぶりかな。こんなに泣いたの。」
「すぅ……すぅ……。」
「しかもまた疲れちゃったのか寝ちゃうしねぇ。」
あれから散々泣くに泣いた私達。結果はご覧の通り、カンナさんは寝てしまわれました。えぇ、勿論私に体を預ける形でね。
「ま、別にいいんだけど…。」
嫌な訳じゃないし、大変だったのは見てわかる。ぐっすり眠って休んで欲しいよ。
「しっかし、結局何があったかは聞かなかったからなぁ。対人トラブルじゃないといいんだけど…。」
どっかのパーティに強引な勧誘をされたとか、PKされ掛けたとか。
私は寝てるのを良い事にまじまじとカンナちゃんの寝顔を拝見する。うむ、身内贔屓しなくても可愛い。こんなのがソロなんだから引っ張りだこになってもおかしくは無いと思うよ。
「ふっふっふ…しかしこの子は私と組んでるようなものだよ。きっと何処にも靡かないよ。」
た、多分ね……。わ、私も頑張るからね?ポイーッてどっかいかないといいなぁ。
まあそこは本人の意思である。より効率が良いとか、人が良いだとかで簡単に流れるのがゲームの対人関係というものだ。
現実味のあるここでやられると比にならないレベルのダメージを受けると思うがね!
「ふぅ…ほんと、どうしようかなぁ。」
改めて彼女の右腕…があった場所を見る。そこは悲しいまでに何も無く、ローブは根本から引き千切れ切り口が風に靡いている。
「何とかしてあげる…そう決めた…。そう言った。だけどどうやって…。」
詳しくはわからないが、この体の一部を失うというのは、ゲーム的に示すと状態異常に値するのだろう。多分〈欠損〉やら〈切断〉とかそこらの何かであるんじゃないかな。ま、それ今どうでもいい事だけど。
状態異常であるとすれば解決方法は当然用意されているはずである。
一番わかりやすいのは死に戻る事。ペナルティは存在するが誰でも可能という点だけは優秀と言えるかもしれない。
「…当たり前だけど、そんな事はさせないけどさ。」
気軽に死ねばいいじゃないとか私にゃ言えないよ。それに、こんなにボロボロになっても生きて帰って来たんだ。それだけでこの子にとって死に戻りは重たい事なのだと感じる事が出来る。
それは尊重すべき事だと思うし、これからも大切にして欲しいね。
という訳で死に戻り案は無し。却下でございます。
んで、状態異常と言えば回復魔法。回復アイテムだ。大抵は何かしら存在しているのがゲームの常識というものである。というか無かったら自然治癒しかなくて詰むかストレスがやばいことになる。
「ふぅむ、失った体の一部を治す魔法…アイテム…。」
そんなの明らかに高レベル、高級の気配がする。だってもし安かったらこの世界の人達は怪我を恐れず生活出来るじゃん。それは無いだろうって感じだ。
高位の回復魔法でしか治せない。高価なアイテムじゃないと治せない。
「それだと今の私には無理だよなー。」
回復魔法なんて使えないし、そもそもそれはヒーラーであるカンナちゃんの役目だろう。当然試しただろうし、割りかし予想は合っているかもしれない。
アイテムの方がお手頃かもしれないが、それでも大した金額を持っていないのが私だ。買えるとは思えん。
いっそ作った方が安いかもしれないレベルである。
ん……?作る…?
「そうだよ…!作ればいいんだよ!」
私は何だ。鍛冶職人だ。そしてここは大雑把に言えば異世界とも言える場所。生産職でならそんな事が出来てもおかしくないはずだ。
なになに?仕組みを知らないとできる訳無いだろうって。そんなの百も承知。だが私には勝算があるのだよ。心当たりが大アリと言いますか、カンナちゃんの事が大きすぎて頭からすっぽ抜けていたよ。
「いける…見た目が問題かも知れないけど…いけるよ!」
勿論本人が嫌と言うなら諦めるが義手、義腕というのは何らかの機構を仕込まれている事が多い…気がする。色んな作品で見かける…よね?
つまりは強さを上乗せする事が出来るはずだ。今作っている武器と合わせれば一気にカンナちゃんは強くなれる。はず。うん。
素材は…まあ聞いてみよう。見習いの私には考えてもわからないや。
そんな意気揚々に私が計画を立てていた時だ。不意に声を掛けられた。
「おい…。どうしてここに人がいるんだお前さんよ。」
いや、これは私に声を掛けたのでは無い。声の方に視線を移すと、そこにはいつの間にか少女と2メートルはありそうな男が立っていた。先程声を出したのは少女であり、恐らくは男に投げかけたのだろう。
「…………。」
「人払いはしているはずだぁ?出来てないじゃないか。」
「………。」
「だが事実ここに二人居るわけだろ?」
少女は透き通るような小さな声だが、不思議とよく聞こえる。どうなってるんだろ。
しかし、男の声は全く聞こえない。声が小さいとかいうレベルじゃない、本当に喋ってるのだろうか。
「まあいいさ。別にわたしが困る訳でもない。お前は困るのかも知れんがな?主にたっぷり叱られるといいぞ。」
そう言い少女はコロコロと笑う。男は微動だにしていない。
「ふんふん…。それで、そこのお嬢さん方はどうしてここにいるのだ?」
「へっ!?」
ここまで一切こちらを見ていなかったので、急に振られてびっくりしてしまった。情けない。
「え、えっと…どうしてここにと言われても…。普通に来た…としか。」
「あぁ?普通に来ただぁ?そんな馬鹿な話があるか。散々に馬鹿にしたがあれを抜けれるやつは普通じゃあ…」
少女はそこまで言うと、「いや…お前さんらもしや」と私…私達の方へと近寄り、観察するように見てきた。
…えーっと、まあよくわかんないけど相手が何か見てきてるならこっちが見てもいいよね。
少女は身長は多分150センチないかというくらい。
髪色は黒で物凄く長く、長さだけで言えば恐らく地面につく程だろう。しかしどうなっているのか謎なのだが、髪がSの字に湾曲しており、先端付近が更に後ろに向かって反っているため実際は膝の辺りの長さになっている。
それと前髪は真ん中の一房だけ異様に長い。アホ毛って感じでは無いかな。まあ総じてボリューミーな感じを覚える。
そして顔は顔で人形の様に整っており、非常に愛らしいものだ。瞳も宝石の様な赤い瞳でずっと見ていたくなる程に美しいものであった。
あーそれで服装は…ざっくり言おう。各所にフリルと装飾の付いた黒いローブだ。うん、そうとしか言えない。
アニメやゲームなんかによく出てくる謎デザインなものじゃないんだよ。基本はシンプルな物なんだけど、ちょっと可愛さを足してみましたって感じ。だけどそれが尚更少女らしさを出しているからいいのだろう。
んで極めつけは頭の上の帽子である。鍔が広く、先端が少しジグザグに曲がっている黒いとんがり帽子。
とてもよく見た事のあるものだ。所謂魔女の帽子、ってやつだ。
……うん。それが少女の外見だ。詰まる所小さな魔女だ。
本当に魔女かどうかはわからないけどね。綺麗な身なりだし、どこかの貴族のお嬢様的なあれの可能性も割とあると思われる。
どうにせよ、この少女は外見に似つかず実力があるのだろう。態度とかそこら辺から自信というのが満ちているのが私にもわかる程だもの。
あとね、男の方は全身を無地の外套で覆ってて全然わからないんだ。見ただけじゃ背が高くてがっしりしてるなーって印象しか湧いてこない。だけどそれを気になるとも思えない。普通なように見えてやはりこちらも充分不思議だと言えよう。
ここで、少女が「ふむ。」と声を出す。
「ふむふむ、これが噂に聞く"冒険者様"か。なる程な…。」
と、魔女?の少女は私達の事を観察し終えたのだろう。そう口にした。
「こいつらは質が違う。故に結界を抜けたんだろうな。」
何やら納得した様子の少女は背後でぴくりとも動かない男へと話す。
「よかったじゃないか。お前達のせいじゃなさそうだぞ。しかも改良点まで見つかった。」
しかしそれでも相変わらず男は何も話さない。もしかしたら話しているのかもしれないが、私には何も聞こえない。うーむ、謎。
「だがなぁ…。こんな素人以下が作ったみたいな魔力経路は何だ。酷いってもんじゃない。」
そもそも魔力経路って何なのさ。言葉的に魔法を扱う力的なあれなんだろうけど、そんなの聞いた事も無いよ。
「まあ今は時間も無い。研究は後々でいいか。」
と、意外とあっさり切った。だが少女は「ふんふん。」と何やら私達を見ている。
「な、なに?」
我ながらおどおどしながら少女に問うと、「いやなに…」と考えるように口に手をあて答える。
「何やらそちらのおひめさまはエラい目に会ったようじゃないか。」
おひめさま…?カンナちゃんの事かな…なんでだ?
「素敵な騎士に守られて眠るなんておひめさまみたいだろ?」
少女はケラケラと笑いながら言う。
「騎士って私の事なの…なんでよ!?」
「あっははは!気にするな。それで騎士様ぁ?お前はそのおひめさまを救いたいのだろう?」
そう言い、ニヤニヤと悪そうな笑みを浮かべながら少女は私を見る。
「呼び方が気になるけど…救いたいのは確かだよ。」
ここまで自信がありそうな少女なのだ。きっと何かあるのだろう。騎士様とおひめさま呼びは非常に気になるけど、今は何も言わない事にする。
「あぁ…その顔だ。その声だ。他人の為に身を尽くす者の声だ。勇敢で愚かな者の声だぁ。」
そんなとても良いものを見たと言わんばかりに、少女の顔は極悪になっていき、最後には愉快だと笑い始めた。何なんだこの少女。
「ヒィッハハハハハ!そうかならばそんなお前には力をやろう。喜べ、この私から無償で力を貰えるんだぞ?」
とてもとても楽しそうに笑いながら、少女が右手を上へと向けると、虚空から漆黒ながら透明な石が一つ現れた
なんだこりゃと私がそれを見ていると、少女は私の手にそれを置いた。
「それはわかるやつにゃわかる代物さ。今しがたお前が考えていたものにぴったりだ。落とすんじゃないぞ。」
「えっちょっ。」
私が何だ何だと困惑していると、少女はもうやる事は済んだという感じで庭園の出口へと歩き始めた。当然、男も付き従うように出口へと動き始めた。
「期待してるぞ冒険者。そして私を殺せるくらい強くなれよ。」
あぁ楽しみだ、と少女はひらひらと手を振りながら庭園を出ていってしまった。
「な、何だったんだろ一体…。」
後には、急に現れ急に去っていった二人に困惑してばかりの私と、すぅすぅと気持ちよさそうに寝ているカンナちゃんだけが残っていた。
この回でやっと一章が終わりっていう所です。
次からカンナさんが強くなってきます。大体は周りのせいですが…。
ですが一度作者的に色々纏めたりぼやいたりなんなりしたいため、次回の一話分を閑話とさせて頂きます。ネタバレは無いですが、いらねーって人は次次回までお待ち頂ければと思います。
投稿ペースが不安定ですが、何卒よろしくお願いいたします。




