第三話 闇の奔流 ①
花凛は今、自分の中から溢れてくる闇の力が抑えられないでいた。
闇のオーラを纏った炎を偃月刀から出現させ、それを目の前の花凛になる前の自分自身、亮にぶつける。
「はぁ、はぁ。今更、過去の闇なんて要らない! 消えて!」
だが、花凛の思いは届かずに炎の中から亮の姿が現れる。
全く、傷つく様子もない。いや、こいつ自身に実体があるのかは怪しかった。
しかし、墓場から出て来ているので、死体が動いていると思うのが普通である。
【ははは! 無駄だよ! 俺は、てめぇの前の体から出てきた魂の欠片。思念体の様なものさ!】
真っ黒な姿の亮は、両手を前に広げて堂々としている。
それは、絶対に自分を消し去ることは出来ない。
受け入れろと言わんばかりの仕草である。
【なぁ、思い出せよ。男の時、頑張ってその会社の為にと、外回りしていたのになぁ。結局、頑張っている姿よりも、結果を出した者を褒めたたえる。そいつは、サボりまくっていたのにだ。挙げ句、お前が詰めていた契約の話を後から横取りしやがったろうが!!】
「やめて……」
花凛は、そいつの話を聞かないように耳を塞ぐ。
でも、頭に響いてくる。聞かないようにしても、頭に響いてくる。目を閉じても映像で見えてくる。
苦しかった地獄の日々が。
【結局、売り上げが出せなかった俺は、僅か4ヶ月でクビだ。自主退社にされたが、早い話がクビだわな。しかも、会社からはクビよりも自主退社の方が、次の職に就きやすいと言われたよなぁ。だが、それもウソだった!! そこの会社の都合の良いように、そうされただけだったんだ! だって、たった数ヶ月でクビになんかしにくいハズだよなぁ。ましてや新卒だ、そんな事をしたら会社の信用にかかわる。だから、自主退社にした方が都合が良かった】
「う……ぐぅ。やめ……て」
花凛は、自分の中から湧いてくる闇を過去を、必死に抑えつけていた。
だが、止めどなく湧いてくるその負の感情は、とても抑えられるものではなかった。
「やめろぉぉ!!」
再び花凛は、偃月刀を振るう。
しかし、亮の体はまるで霧の様に揺らめくと、その攻撃をすり抜けさせる。実体は、完全に無いようである。
つまり、死体は墓の中のようだ。
【なぁ。その後どうなるかは、その時想像出来なかったよな。あの時、戦っていれば、抵抗していれば。少しはマシだったのかもなぁ。でも、俺は逃げた。そんな、ブラック……いや、ダークな企業になんか務めたくは無かったよな。他の奴等もどんどん自主退社させられていたからな】
亮は、間髪入れずに続ける。
もちろん、花凛も間髪入れずに攻撃を入れている。
もう、思い出させるなと言わんばかりに。
【その後は、辞めるのが早すぎた事がネックになり、どこも採用されなかった。そして、どんどん時間は流れて行き、社会人経験が5年も無いと見なされたら、実力無しとされ。正規雇用など、絶望的になってしまった!】
亮の言葉に、花凛の攻撃が徐々に弱々しくなってくる。
過去の自分を浮き彫りにしてくる。それは、花凛が完全に切り捨て忘れようとしていたものを、再び見せつてくるのである。
精神的に追い詰めるやり方をされ、花凛の精神は徐々に闇へと堕ちていく。
【友達も居ない、というよりは作らない。裏切られるからな。友達だと言っていた奴等は、結局遊びには誘ってくれず、遊びに誘っても反応をされない、そんなものは友達じゃないと、俺は次々と縁を切っていったよな。結果、友達はもう要らないと1人で生きると決めたんだよな! その結果どうだ!! 苦しみを誰かに話す事も出来なくなり、1人闇の中さ】
次々と突き付けてくる、昔の出来事。忘れたい過去。
亮は、忘れるなと言わんばかりに口を動かす。
花凛は、既に絶叫しながら斬りつけている。
その異様な光景を、動けない神田と、間に入っていく事が出来ない亮の家族が居た。つまり、花凛の前の家族である。
どうやら、墓から亮の思念体が飛び出して来た時には着いていた様である。
亮の過去は家族も知っているが、何を思っていたかは知る由も無く、初めて聞いた亮であった時の花凛の心中を知り、ショックを受けている様である。
「くそ……このままでは!」
神田は、何としてでも動こうともがいている。
闇に堕ちる感覚を神田はよく知っていた。1度、堕ちた事があるからこそ分かる様である。
良いものではないことを、そこには決して堕ちてはいけないことを。
【ははは! 友達も友達と言えず、女は俺の器の浅さを知るやいなや、とって返した様に逃げていく。不公平? 違うな。この世は公平だ!! 力の無い者、魅力の無い者は淘汰される世界! 弱肉強食の世界! 実に公平だ!】
「う……ぐぅ」
花凛は遂に攻撃の手を止め、そして地面に膝を突く。
その顔は、既に険しい表情になっており、普段の花凛の様子とは打って変わっている。
「花凛!! しっかりと気を持て! 闇に飲まれるな!」
神田は必死に叫ぶ。新しく守ろうと思った愛しい者。
またしても守れないのかと、神田は過去と照らし合わせてしまい、ただ必死に叫んでいる。
「花凛!! だめぇ!!」
妹であった美沙も必死に叫ぶ。
1度大切な者を失った。その時の、悲しみと恐怖は今でも覚えている様で、もう二度と失いたくない。
涙を流しながら美沙は訴えている。
だが、花凛には皆の言葉は届いていなかった。
頭を抱え、自分の中の闇を必死に押さえ込もうとしている。
「違う、違う。私は、生まれ変わったんだ。過去とは決別したんだ!」
【してねぇんだよ。まだ、お前の中に俺は居るんだ! 邪悪な龍の中にな!】
亮は、ゆっくりと近づいてくる。
その口元は、にやついている。もうすぐ闇に堕とせると確信しているように。
「来るな、来るなぁ!!」
花凛は、咄嗟に手に持った偃月刀を振り抜く。
だが、もちろんその攻撃は亮の体をすり抜ける。
何度やってもそれは同じであった。そして、亮は刃に変形させた腕で花凛に斬りつけてきた。
「うっ……あ」
【もう、楽になっちまえよ。お前が、どの面下げて正義を語れるんだ?】
花凛は、斬られた瞬間自分の中から、更にどす黒い感情が湧いてくるのを感じている。
必死に抑え込もうとしているところに、また負の感情が溢れてくる。
怒り、悲しみ、憎しみ、妬み、絶望。
人を呪い、人生を捨てたかった。そして、捨てる事が出来た。
それをもう2度と見ない様に、ゴミ箱に捨てた。
だが、それは捨てる事が出来ないものであった。
そのゴミ箱に収まりきらなくなったものが、今溢れ出してしまっているのだ。
亮は告げているのだ。そんな人物が、人をたぶらかす者達を許せないと裁けるのか?
人生から逃げ、逃げた先で力を手に入れ有頂天になった者が、正義を語れるのかと。
「わ、私は。私、なんか、が……」
【そうさ、てめぇに。俺に、正義なんかねぇだろ。何せ、お前の中の邪悪な龍は、“冥界龍”何だからな】
その言葉の意味を花凛は、理解出来てはいなかった。
それでも、響きからして良い龍ではなさそうであった。
【クク、貴族と駆け落ちした奴が冥界龍だったんだよ。聞いてるだろ? そしてなぁ、そいつは今何をしていると思う?】
その亮の問いに、花凛は訳が分からないといった顔をしている。
【龍は、1000年生きる。そいつは、今も生きて活動しているんだ。現在の龍王としてな!!】
その言葉に、花凛は耳を疑った。
そいつは、四天龍を二分する原因となった者。サディアスと組み、何か良からぬ事をしようしている者。
花凛達の敵であった。
「う、嘘だ」
【嘘じゃねぇよ!! てめぇは、冥界龍の子孫! 今の龍王の子孫!! 邪悪な血が産まれた時から流れていたんだよ!】
花凛は必死に耳を塞ぎ、もう聞きたく無いと言わんばかりに首を振る。
だが、頭に響く亮の声は止めどなく流れてくる。
「やめて、やめて!!」
【逃げんじゃねぇよ。これが、てめえの本質なんだよ! 何が正義だ! 何が守るだ! てめぇ自身が壊す側なんだよ!! 思い出せ!】
亮はそう言うと、刃と化した自らの手を、花凛に深々と突き刺した。
それは、殺す事が出来ない刃。だが、その刃は花凛の中の邪悪な龍を、完全に目覚めさせる為の鍵であった。
花凛に刺した亮の腕は、何かを捉えた様で、そのまま腕の半分が消えるように花凛の中に入っていく。
「う、うわぁぁぁあああ!!」
花凛は、もはや意識を保てなかった。
花凛の中のものが完全に、花凛の体の主導権を握ろうとしている。
そして、刺された胸の部分から真っ黒な、漆黒のオーラが大量に吹き出すと、花凛の体を包んでいく。
神田も、亮の家族も見ているしかなかった。
止めようとしても、花凛にはもう誰の姿も見えず、誰の声も聞こえていないのだから。




