【番外編15】子供の頃は2
「それで、あんたは何で俺を知ってるんだ? 会ったことないよな」
小さなイクシスに下から睨まれる。
警戒心の強い猫みたいだ。
どう答えたものかな……。
あなたの未来の花嫁です!
なんて言えるわけがないし。
「えっとその……」
「言う気がないなら、俺は忙しいから行くぞ」
小さなイクシスは、背を向けて歩き出す。
「待って、おいてかないで!」
服の裾をつかめば、露骨に迷惑そうな顔をされてしまった。
「あ……ごめん」
「別に怒ってない。着いてくるなら、好きにしろ」
「うん!」
小さくてもイクシスはイクシスというか、お人好しみたいだ。
嬉しくて後を着いていく。
祭りがおこなわれている広場は賑やかで、竜族がいっぱいいた。
「イクシス、どこに行くの?」
「飴を買うんだ。双子の兄の好物だからな。祭のこの時期しか売ってない」
その飴なら、前に食べたことがある。
イクシスの偽の花嫁候補として、竜の里を訪れたときのこと。
そこで再会した日本にいたときの親友で、イクシスの兄でもあるオウガと3人で出店を回ったのだ。
店先にあった赤い花の飴を見つけ、イクシスはそれをオウガにプレゼントした。
私の分はないのと聞いたら、オウガが味見させてくれたんだけど……。
ハーブの強い薬みたいな味の飴で、全く甘くなく。
舌がピリリとする辛い飴だった。
日本にいた頃は、自分の弁当のついでにオウガの分も作っていたので、私はオウガの食べ物の好みをよく知っている。
オウガはハーブや薬味が苦手だ。
なのに、その飴だけは好きだと言っていたから、物凄く不思議で記憶に残っている。
「赤い花の形をした、ハーブの味がする辛い飴ね」
「あの飴、ハーブの味がするのか?」
振り返るイクシスは、驚いた顔をしていた。
「食べたことないの?」
「あぁ。あの飴は縁起物で高いし、いつも1本買うのがやっとなんだ。自分の分まで買えない」
イクシスは少し黙り込んだ。
悩ましげなその顔から、考えていることをなんとなく察する。
「お兄さん、ハーブ嫌いなんだよね。でもあの飴は好きって言ったから、おかしいなって思ってる。違う?」
「なんでわかったんだ!?」
イクシスの翼がぱたぱたと動く。
思っていることを言い当てられて、びっくりしてるみたいだ。
「ふふっ、私はあなたのことなら何でもわかるのよ!」
「変なやつだな、あんた」
胸を張れば、イクシスがぷっと吹き出した。
ちょっぴり気を許してもらえたようで嬉しくなる。
「オーガストのやつ、俺が買ってきたから、嫌いなのにムリして美味しいって言ったのかもしれない」
イクシスはオウガに喜んでもらいたかったんだろう。
しゅんとしている姿が可愛くて、なんだかほほえましい。
「そうだ! お兄さんを連れてきて、好きな物を選んでもらえばいいんじゃないかな?」
「それはできない。オーガストはこの名月の間、森から出られないんだ」
私の提案に、イクシスの顔が曇った。
「どうして?」
「オーガストは特別な黒竜だから。名月の時期は、竜の力が強くなる。ただでさえ強い力が抑えきれなくなって、1人で苦しんでる。俺はあいつの片割れなのに、いつも何もしてやれない」
オウガが苦しんでいるのに、何もできない自分が嫌だ。
イクシスはそう思っているみたいだ。
「俺だけが祭を楽しむなんて不公平だ。オーガストだって同じ双子なのになんでって、俺を恨んでる。だから、早く飴買って戻らないといけないんだ」
口にしながら、イクシスは目的を思い出したらしい。
近くにあった飴屋へいくと、飴を選び出した。
「イクシス、それは違うと思うな」
「あんたに俺とオーガストの何がわかるっていうんだ」
横に並べば、思いっきり睨まれてしまう。
「わかるよ」
オウガことオーガストは、イクシスの兄であり、日本にいた頃の私の親友だった。
だから、よく知っている。
今まで忘れていたけれど、私はオウガからイクシスの話を聞いたことがあった。
弟が死んだも同然の行方不明になり、そのことで気を病み、オウガは日本にやってきていたのだ。
その弟がイクシスだったと気づいたのは、大分後になってのことだった。
「オレに付き合って、いつもイクシスは側にいてくれたんだ。楽しいことがあっても、友達に誘われても面倒だ、興味ないって顔をしてな。好奇心旺盛で人好きな奴だったから、本当はオレなんか放っておいて……自由にすごしたかったはずなのに」
行方不明の弟さんについて尋ねたとき、オウガはそう言っていた。
寂しげな暗い瞳から、いなくなった相手がオウガにとって大きな存在だったんだなとわかった。
「オウガはイクシスに感謝してるよ。恨んでなんかいないし、イクシスが大好きだよ」
しゃがんで、視線を合わせて。
オウガがいつもイクシスにするみたいに、頭をそっと撫でて伝える。
小さい頃から、イクシスは変わらない。
大切な人の為に一生懸命で、自分を押し殺してしまうほどお人好しで優しい。
そんなところが好きで、そんなイクシスだから私は好きになった。
正直オウガは、この飴の味は嫌いだと思う。
でも、イクシスがこんなにもオウガのことを考えて買ってきた飴だから。
ムリをしてあわせたわけじゃなくて、その気持ちが嬉しかったんだと思う。
だって、オウガはイクシスから飴をもらったとき。
「これだけは好きなんだ」と嬉しそうに笑っていた。
この飴は、オウガの幸せな思い出だ。
「イクシスは、オウガが大好きなんだよね。だから喜んでもらいたくて、お小遣いで飴を買うし、寂しい思いもさせたくない。オウガにその気持ち、ちゃんと届いてるよ」
イクシスが目を見開く。
何か言おうとしてやめて、チッと小さく舌打ちした。
「くそっ、何で俺は初対面のあんたにこんなことを話してるんだ……調子が狂う」
フンと顔を背けたイクシスだけど、頬が赤い。
どうやら照れているみたいだ。
「大体、あんたに言われなくても、それくらいわかってるんだよ。それに、オウガって誰だ。俺の兄はそんな名前じゃない!」
ツンとした態度のイクシスは、ちょっと生意気な感じがする。
けど、最初の頃のイクシスって、こんな感じだったかもしれない。
そう思えば可愛く思えて、髪をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。
「一緒に飴選ぼう? オウガきっと喜ぶよ!」
「だ・か・ら! 俺の兄の名前はオーガストだって言ってるだろ!」
散々吟味して、2人で飴を選ぶ。
薔薇のような形をした飴を最終的に選んで、綺麗にラッピングしてもらった。
「オーガスト、喜ぶかな」
「喜ぶよ。私が保証する」
「だから、あんたはなんでそんなに自信満々なんだよ」
イクシスの尻尾が、機嫌よく左右に揺れる。
街を離れて夜道を歩く。
草の香りがすると思いながら、少し遠くなった祭囃子に耳をすませていたら、木の影から人が現れた。
「遅れてごめんね! 君の旦那様に頼まれて代理で迎えにきたよ!」
「ボリスさん?」
現れたのはイクシスの弟であるボリスさんだ。
赤紫の髪に甘い可愛い系のフェイス。
見た目は15歳くらいの少年で、今私の側にいるイクシスよりも大きい。
ん? ちょっと待って?
このイクシス、今は10歳って言ってたよね?
だとすると弟のボリスさんがこんなに大きいのおかしくない?
戸惑う私に、ボリスさんが目配せをする。話を合わせろというように。
どうやらこのボリスさんは、私の知っているボリスさんのようだ。
「あんたのお迎えか。もう迷子になるなよ?」
イクシスは、やっと面倒ごとから解放されると言わんばかりだ。
目の前のボリスさんが、自分の弟だと認識してないらしい。
「これ、やるよ。一応一緒に飴選んでもらったし、お礼だ」
イクシスが私に丸いボタンをくれた。
小さなボタンの中に、赤い竜の刺繍がしてある。手が込んだものだと一目でわかった。
「俺の宝物だけど、やる。わかってもらえて、少し……嬉しかったからな」
「うん、ありがとう!」
こっちを見ずにそんなことを言うイクシスの頬は、ほんのりと染まっている。
照れ屋なところも可愛いくて構いたくなったけれど、そこはぐっとこらえた。
「じゃあな」
振り返りもせずに、イクシスは行ってしまう。
それがちょっと寂しい。
姿が見えなくなったところで、ボリスさんが話しかけてきた。
「こっちの兄さんと随分仲良くなったんだね」
「うん。なりゆきで。それよりボリスさんは、私の知ってるボリスさんでいいんですよね?」
確認すれば、そうだよとボリスさんが頷く。
「ここはボク達が過ごしてた世界よりも、過去の世界なんだ。義姉さんは無意識に黒竜の力で過去に飛んじゃったんだよ」
ボリスさんの説明によると、そういうことらしい。
義姉という言葉にむず痒さを覚える。
黒竜は他の竜と違って、簡単に異世界を行き来できる。
力が制御できない間は危険だからと、ニコルくんがいざというとき私の居場所がわかるよう何か細工をしていたらしい。
それで、すぐに駆けつけることができたようだ。
「普通、過去の時間軸にはそう簡単に飛べないらしいんだけどね。父さんも兄さんもこの世界に存在してるから入ってこれなくて、まだ生まれてないボクが迎えにきたんだ」
自分と同じ存在が世界にいると、弾かれたり融合したりしてしまう。
そう以前に聞いていた。
ほら行こうとボリスさんが差し出して来る手に、自分の手を重ねる。
目を閉じていてねと言われて従えば、浮遊感の後意識が遠のいた。
次に目を開ければ、ベッドの上。
心配そうな顔をした幼いイクシスが、こちらを覗き込んでいる。
あれ? 元の世界に戻ってきたんじゃないの?
目の前のイクシスは10歳の姿だ。
戸惑っていたら、イクシスが私に抱きついてきた。
「よかったメイコ! 心配したんだからな!!」
「えっ? あれ……? 私が知ってるイクシスなの?」
「当たり前だろ!」
どこもかしこも小さいんだけど。
そんなことを思っていたら、私にしがみつくイクシスの体が震えてるのに気づいた。
「ボリスに魔法をかけてもらって帰ってきたら、メイコはいなくて父さんがいた。黒竜の力で異世界に飛んだって聞いて、また会えなくなるんじゃないかって……思ったんだからな」
「ごめん」
謝りながら、イクシスの背を撫でる。
イクシスの子供の頃ってどんな子だったのかな?
そんなことを考えていたから、過去の世界に飛んでしまったんだろう。
「子供の俺に会ったんだな。今、メイコとの記憶を思い出した」
「うん。イクシス可愛かったよ」
開いた私の手の中には、竜の刺繍が施されたボタンがあって、なんだか幸せな気持ちになった。
久々の更新でしたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。




