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31. 覚えのない毒は、よく喋る

 毒物隠匿の疑い。寝起きの頭は、その言葉をしばらく、他人の職名のように眺めていた。


 本来なら今日は、監査院の矛先が侍従長府の薬種蔵へ向かう朝である。矛先というものは、突く前に、横から掴まれることがあるらしい。


 衛兵は四人。後ろには監査院の記録官がひとり、筆と綴りを抱えて控えている。差し出された令状には監査院の印。事由の欄は達筆で、こうあった。『匿名ノ訴エニヨリ、毒見役ノ私室ニ毒物隠匿ノ疑イアリ』。


「どうぞ。……散らかすのは構いませんが、昼寝の毛布だけは、丁寧にお願いします」


 私の部屋は、検めるほど広くない。寝台と、(ひつ)と、釘に掛けた濃紫の官服と、内側から閂を足した小さな窓。それだけの職住である。衛兵たちは几帳面に櫃を開け、寝具を剥がし、床を叩いて回った。寝台の下で、床板の音が一枚だけ、湿って響く。


 ――そこか、と思った。思ってしまった時点で、嫌な予感は半分当たりである。


 外された床板の下から、油紙の包みが二つ出てきた。私の部屋の床下から、私の知らない包みが、である。


 立ち会いの検分で、包みが開かれる。乾いた草の匂いが、狭い部屋にゆっくり広がった。埃を吸っていない、新しい油紙の匂いも一緒である。床下に長く眠っていた包みの、匂いではない。……ああ。よく喋る毒である。


 兜草の粉。株が若い。日向で急がせた平干し。土は王都近郊の畑のもの。もう一包みは白鈴の乾実で、これも同じ畑の子である。市場の薬種棚に並ぶ、ありふれた品だ。この四月(よつき)、手帳に七度書き付けてきた、あの北の陰干しとは――干し手も、土も、まるで違う。


「検めさせていただいても?」


「被疑者に検分の権限はない」


 だろうとも。私は頷いて、代わりの筋を通すことにした。


「ではせめて、記録を。ただいま開封の品について、毒見役ヴィオラは、若い兜草の日向干しと白鈴の乾実、いずれも王都市場筋の品と申し立てました。……日付と刻限を添えて、開けたまま封をお願いします」


「……そのように、記す」


 記録官は少し困った顔で作法を数え、それから、几帳面に筆を走らせた。几帳面は、毒より強い。そして、どちらの側にも付く。だから信用できるのである。


 櫃の上の手帳に衛兵の手が伸びたとき、初めて、指先が冷えた。


「それは、検めの控えです」


「押収品である」


 カタカナの毒の記録。干し手の勘定。潰れ続けた昼寝の予定表。四月(よつき)ぶんの舌の写しが麻紐で十字に縛られ、他人の籠に載る。取り上げられてみて分かったが、あれは私の舌の、外に置いてある半分だった。


 廊下の端には、皺ひとつない侍従長服が立っていた。


「府の規程で、立ち会いが要りますのでな。……いやはや、因果な役目ですのじゃ」


 オルデン様の垂れ目は、今日もよく下がる。下がりすぎて、目の色が読めない。


「ヴィオラ殿。何かの間違いであると、ワシは信じておりますのじゃ。間違いは、検めれば正される。……そういうものですじゃろ?」


「はい。検めれば、正されますので」


 あちらの台詞も、こちらの返事も、どちらも本心の顔をしている。同じ文句が、口によってこうも別の音で鳴るとは、この職に就いて初めて知った。


       ◇


 沙汰が出るまで、居室にて謹慎。検めの間の鍵は、返上である。


 鍵を渡した帰り、厨房の戸口で、グレゴールさんがじっとこちらを見ていた。何も言わない。太い眉も動かない。ただその晩、部屋の前に、検め済みの木札を提げた盆がひとつ置かれていた。豆の煮込み。安全で、少し寂しい、いつもの賄いの味である。


 ……この味の側に、私はいる。それだけは、どの帳面より確かである。


 部屋は、検めの手で綺麗に裏返されたままである。毛布だけは約束どおり丁寧に畳まれていて、その几帳面さが、かえって少し笑えた。床板は元どおりに嵌めても、一枚だけ、踏むと音が違う。夜中に寝返りを打つたび、その湿った音が、床下から他人の筋書きを囁いてくるのである。


 窓の外で、宮廷の夜がいつもどおりに更けていく。今夜の殿下の膳は、誰が検めるのだろう。毒見役の代えは居ない、と言ってくださった方の食卓を思って、豆の煮込みが、また少し寂しくなった。三年かけて戻りかけたあの食卓が、また毒の側へ傾くのだけは、御免である。


 三日目の朝、沙汰が来る。監査院、大広間にて申し開きの場を設ける――文面の体裁は、丁寧だった。体裁は、である。


 毒を検める側から、毒を疑われる側へ。あの卓の反対側の椅子は、さぞ座り心地が悪かろう――。


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