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27. 騒ぎの毒は、囮の合図

 翌日から、毒見の様式が変わった。


 発案は四人の車座、書式に起こしたのは私、名付けたのはリヒト様である。曰く『毒見役防衛規程・第一版』。名付けの趣味はさておき、中身は実用だ。


 一つ。毒見皿は二重にする。取り分けは別々の手で、別々の場所で行い、二枚を突き合わせる。片方にだけ毒が出れば、盛られたのは料理ではなく皿の側と分かる寸法である。


 二つ。致死量が二皿続いたら、その膳は検めずに打ち切り、兵糧食に切り替える。全量完食の様式は守るが、敵の武器にはさせない。


 三つ。私の移動は近衛と一緒に、グレゴールさんの言う「皿の通る道」を使う。配膳通路は狭くて暑くて、待ち伏せに向かない。


 四つ。リヒト様は解毒剤の鞄を常に提げる。「君には要らないのが皮肉だがね」とのこと。要る人のために、である。


 五つ。私の部屋の窓には、内側から閂を足した。砂利の爪先の跡は、あれきり増えていない。増えていないことと、諦めたことは、別の話である。


「金のかかる毒見役になったな」


 決裁の書類に判を捺しながら、殿下が仰った。


「命の相場よりは、お安いかと」


「ふふっ……交渉が上手くなってきたな、君は」


「雇い主の(しつけ)が、良いのでしょう。ふふふ」


「躾……。そうか?」


 殿下は渋い顔でこちらを見てくるのでニッコリと返しておいた。


       ◇


 新様式の初陣は、三日後の昼に来た。


 西翼の官吏食堂で、悲鳴が上がったのである。曰く、スープが毒々しい紫に変わった。曰く、口をつけた官吏が一人、泡を吹いて倒れた。昼どきの食堂は人で混み、椀の紫と泡吹きの男を、五十の目が同時に見ることになる。騒ぎの種として、時と場所の選び方が良すぎる。廊下がざわめき、衛兵が西へ流れ始める。


 私とリヒト様は、現場のスープをひと舐めして、顔を見合わせた。


「藍麦の粉ですね。酢に触れると紫に変わるだけの、台所の手品です。毒は、入っていません」


「倒れた御仁の泡は、石鹸の類だね。口の端に、香料の匂いが残ってる。……つまり」


「騒ぎのための騒ぎです。煙と同じ。人を動かす手品は、二手一組」


 追い立てる騒ぎと、待ち受ける口。あの複合襲撃の定石である。ならば衛兵が西へ動いた今、本命は東――殿下の執務室廊下だ。


 護衛は、動かさなかった。動かさないどころか、あらかじめ組んでおいた交代の型どおり、廊下の角に近衛が一枚、増える。


 果たして。「配管の点検」を名乗る工兵風の男が二人、執務室廊下に現れて――厚くなった守りを見るなり、道具箱を抱え直して引き返した。何も起こらない。何も起こらないまま、退出門の身体改めで、一人の道具箱から油布に巻いた短い刃が出た。


 空振り、である。


 刃は届かず、名も出ず、道具箱一つと端役一人だけが残った。派手さはないが、これが守りの勝ち方である。攻め手の空振りは、守り手の白星に数えていい。


 西翼で泡を吹いた官吏は、その日のうちに白状した。例によって、部屋に置かれていた金貨と、差出人のない文。曰く『昼の鐘で、スープに粉を』。それだけの端役だった。彼は泣きながら、粉の包みの残りを差し出した。藍麦の粉である。毒ですらない小道具に、人ひとりの職と名前が釣られていく。敵の金貨は、いつも安い買い物をするのだ。


「陽動役だけが捕まって、本命は手ぶらで帰る。……ざまぁ、と言うには地味だがね」


「地味が一番です。誰も倒れていませんので」


 リヒト様は肩をすくめ、それから、真顔になった。


「しかし、嫌な敵だ。西の食堂の献立、鐘の刻限、衛兵の詰め位置、点検の届の書式。……全部、内側の作法だよ。この手配は、王宮の帳簿が読める位置の人間にしかできない」


「内側、ですか」


「それも、点検の届が旧式だった。三年前に様式が変わる前の、古い綴り方で書かれていた。……敵さんの筋は、古株だよ」


 夜、手帳に一行書いた。『敵ハ、判ヲ持ツ側ニイル』。書いてから、隣に小さく書き足す。『而シテ、古株』。


 金貨と文で末端を釣り、荷の道で毒を入れ、判の通る書類で人を動かす。ならば辿るべきは、毒の川の水ではなく――判の並ぶ、紙の岸である。


 その晩の夜食は、いつもの書斎だった。二人分の茶と、静かな湯気。この静けさを守るための規程だと思えば、書式起こしも悪くない職務である。守るものの筆頭が、たぶん、この卓なので。


 荷の道を、もう一度上流へ。今度は、判の側から辿り直す――。


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