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26. 今夜の膳は、検めません

 弱点を知られた毒見役は、どう戦うべきか。


 医務の間から職場へ戻った私を待っていたのは、その宿題だった。王宮の景色は、あの夜から少しずつ変わっている。廊下の近衛は倍に増え、厨房の出入りには改めが立ち、検めの間にはリヒト様の器具が正式に住み着いた。守りが厚くなるのは結構である。結構だが、敵の帳面にはもう、『毒見役ハ盛リスギニ弱イ』の一行が載っている。厚くした壁のどこを叩いてくるか、である。


 答え合わせは、五日後の晩餐で来た。その夜の晩餐の間は、いつもより燭台が二本多く、給仕の立ち位置が半歩ずつ壁に近い。守りの、新しい型である。


 一品目、鶏の香草蒸し。全量いただいて――兜草、致死量。手が、止まる。あの夜と、同じ書き出しである。


 二品目からは、様式を変えた。全量ではなく、銀の小匙でひと舐め。……砒素、致死量。三品目、ひと舐め。灰銀花、これも濃い。


 私は匙を置いて、立ち上がった。


「今夜の検めは、ここで打ち切ります」


 晩餐の間が、静まり返る。給仕たちの視線の中で、私は殿下に向き直った。


「三皿続けて、致死量。先日と同じ盛り方です。この膳は、殿下を殺すための膳ではありません。……私に全量を食べさせて、沈めるための膳です。検め切れば、私は四半刻半、使い物にならなくなる。その隙が、本命です」


「――囮の食卓、というわけか」


「はい。ですので、乗りません。毒見の様式を敵の武器にされるのは、一度で十分ですので」


 膳は丸ごと下げられ、厨房は封鎖の上で検分に回された。代わりの晩餐は、グレゴールさんが目の前で茹でた卵と、焼き直しの麺麭と、封を切ったばかりの塩である。銀の皿に載った、砦の兵糧のような献立だった。殿下は文句ひとつ仰らず、綺麗に平らげて、短く言った。


「戦場の飯だ。……悪くない」


「明日は、もう少し戦場らしくしてやる」


 グレゴールさんの請け合いは、たぶん褒め言葉の類である。


       ◇


 その夜、私は執務室に、三人をお呼び立てした。殿下と、リヒト様と、グレゴールさん。燭台を一つ増やして、扉の外には殿下の近衛だけを置いて。


 切り出す前に、手帳の背を一度だけ、指でなぞった。八つの歳から十一年、誰にも開けさせなかった頁である。


「お話ししておきたいことが、あります」


 三月と半分、雇い主にも隠してきた口上である。存外、すんなりと出た。


「私には、毒が効きません。生まれつきです。口から入る毒も、触れる毒も、吸う毒も、体の中で勝手に消えます。八つの歳に毒百合の水をおかわりして以来、一度の例外もありません」


 それから、帳簿の裏の頁も全部開いた。魔毒の術式だけは素通りで効くこと。刃物と拳は人並みに効くこと。そして――致死量を三皿も重ねれば、中和が追いつかず、四半刻あまり沈むこと。


 沈黙は、思ったより短かった。


「良く言ってくれた。……うん、詮索しない約束だったが、話してくれたなら別だ。術式の件と合わせて、理屈はもう組めている。機密は守る。学会発表は諦める。今、諦めた」


 宣言の速さに、グレゴールさんが胡乱な目を向けた。


「で、飯の量は変えたいのか?」


「変えなくて結構です」


「なら、何も変わらん」


 熊は、それだけ言って腕を組んだ。三年ぶん皿を下げ続けた人の、いちばん短い受け入れ方である。


 殿下は最後まで黙って聞いて、それから、静かに仰った。


「……よく、話してくれた。礼を言う」


「弱点ごとお預けしますので、運用はお任せします」


「預かる。四人で持てば、秘密は四分の一の重さだ。……それと、ヴィオラ」


「はい」


「三月半、一人で耐えていたのだな。……すまなかった」


 謝られる筋の話ではない、はずである。はずなのに、喉の奥が少し狭くなったので、私は「契約範囲内です」といつもの札を切って、誤魔化した。切り方が、我ながら下手だった。


 燭台の火が、四人ぶんの影を一枚の壁に並べている。秘密というものは、置き場所が決まると、急に軽くなるものらしい。


       ◇


 寝床に入る前、小さな窓の外で、砂利を踏む音が一つ――止まって、離れた。


 翌朝、窓の下の砂利に、靴の爪先の跡が一つ残っていた。近衛の靴とは、型が違う。


 毒がだめなら、物理。敵の帳面は、もう次の頁である。こちらの帳面も、めくっておかなければ――。


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