第四章 不思議なメイドの文化祭⑤
文化祭編・第五話です。
今回はバンドステージ回となります。
【登場人物】
・青星テツロウ
・青星エミ
・青星ミニ
・青星リオ
・赤井エアリ
・銀水リウス
・銀水ピスカ
・紫雲タリア
にぎやかなステージを、どうぞお楽しみください。
■第四章 第五話
テツロウは、
展示場用の小さなホームに降り立っていた。
先ほどまで乗っていた展示用編成は、
静かな駆動音を残しながら
引き込み線へと戻っていく。
その余韻に浸る間もなく――
周囲には、三人の女性がしゃがみ込み、
穏やかな視線を向けていた。
リオ。
エアリ。
そしてピスカ。
ホーム上のテツロウから見れば、
三人とも十分すぎるほど近い。
見上げる高さに、美しい顔が並んでいる。
「……なんで降りてからの方が落ち着かないんだ」
思わず漏れた本音に、リオが上品に微笑んだ。
「それは、お兄様が人気者だからですわ」
ピスカもくすりと笑う。
「ふふ。自覚がないのね」
エアリだけは少し困ったように視線を逸らした。
その時、リオがゆっくりと片手を差し出す。
しなやかな指先が、
ホームのすぐ前まで伸びてくる。
「さあ、お兄様――向かいましょう」
「……次の舞台へ、か」
テツロウがその手へ乗ると、
リオは慣れた所作でそっと持ち上げた。
視界がふわりと浮く。
そのまま歩き出す三人の後を、
エアリとピスカも続いた。
地下会場へ戻ったテツロウは、
思わず目を丸くした。
「……ここ、さっきのメイド喫茶か?」
ファンシーな飾り付け。
壁に貼られた手書きメニュー。
フリルの装飾や色紙の花。
先ほどまでの可愛らしい空間は、
そのままだった。
だが、会場の半分は別の顔になっている。
テーブルは壁際へ寄せられ、
中央には簡易ステージ。
照明。
アンプ。
ドラムセット。
配線まで丁寧に整えられていた。
しかも、メイド喫茶の飾り付けは
ほとんど残されたまま。
可愛らしい空間の中に、
楽器だけが本気の顔をして並んでいる。
ピスカが誇らしげに胸を張る。
「短時間で頑張ったのよ」
「頑張りすぎだろ……」
テツロウが呆れ混じりに言うと、
奥の控室カーテンが開いた。
最初に現れたのはエミだった。
青を基調としたメイド服のまま、
ギターを抱えている。
フリルのスカートが揺れ、
胸元のリボンもいつもより華やかだった。
「兄さん、どうかな?」
少し照れながらも、
期待に満ちた笑顔を向けてくる。
「……似合ってる」
その一言で、エミの顔がぱっと明るくなった。
「えへへ、よかった!」
続いて現れたのはリウス。
銀色の髪を揺らし、
整えたメイド服姿のまま肩からギターを下げている。
どこか中性的で、妙に様になっていた。
「まあ、悪くないんじゃない?」
「お前、かなり似合ってるな」
「……そう?」
そっけなく返しながらも、
口元だけは少し緩んでいた。
最後に、タリアが姿を見せる。
紫のメイド服姿のまま、
後方のドラム席へ静かに座った。
袖だけ少し動きやすく調整されており、
いかにも彼女らしい。
スティックを軽く回し、真顔のまま告げる。
「準備完了です」
その一言が妙に格好いい。
横からミニが飛び出してきた。
フリルを揺らしながら、
両手にはタンバリンと鈴。
「ミニもいるよー!」
「お前、それ楽器なのか?」
「大事な盛り上げ係!」
元気いっぱいに胸を張る。
リオは満足げに頷くと、
会場前方の小さな特設席へテツロウを下ろした。
クッション付きの専用席だった。
「本日の特別なお客様席ですわ」
「また専用かよ……」
ピスカがそっと肩へ手を添える。
「でも、まだ早いわ」
「え?」
開演前のざわめきの中、
ピスカはテツロウを優しく持ち上げた。
そして、その豊かな胸元へそっと迎え入れる。
「テツロウちゃん、特等席よ」
「ちょ、待っ――」
「ここで楽しんでちょうだい」
やわらかなぬくもり。
甘い香り。
落ち着くはずなのに、落ち着けない。
テツロウの顔が一気に熱くなる。
ステージ上のエミが、
その様子を見て吹き出しそうになる。
「兄さん、もう赤い……」
リウスもギターを構えながら肩をすくめた。
「……始まる前から忙しいね、テツ兄」
タリアがスティックを打ち鳴らす。
カウントが始まった。
ドン、ドン、タン!
会場の空気が変わる。
エミとリウスが同時にギターを鳴らした。
明るく勢いのある音が広がる。
ミニはタンバリンを振り回しながら飛び跳ねる。
「いくよーっ!」
文化祭らしい、賑やかな一曲目だった。
テツロウは思わず見入る。
「……すごいな」
エミは演奏しながら、まっすぐこちらを見る。
――兄さんに一番見てほしい。
そんな想いが、
そのまま伝わってくる笑顔だった。
リウスも静かに弦を鳴らしながら、
ちらりと視線を送る。
普段は素直にならない彼女なりに、
今日は見せたいものがあるのだろう。
タリアのドラムは正確で力強い。
淡々としているようで、
その一打ごとに確かな熱量があった。
ミニだけは自由だった。
曲に合わせているのかいないのか分からない勢いで、
タンバリンと鈴を鳴らしている。
けれど、その賑やかさが不思議と会場に合っていた。
一曲目の途中。
ピスカの特等席で
真っ赤になっているテツロウを見て、
リウスは少しだけ目を細めた。
そして演奏位置から離れ、
ギターを鳴らしたままこちらへ歩み寄ってくる。
ピスカと、
その胸元で真っ赤になっている
テツロウのすぐそばまで来ると、
わずかに身を屈めた。
「……テツ兄」
「え?」
演奏は続いている。
それでもリウスの声は、
不思議とはっきり聞こえた気がした。
「そんなに照れなくてもいいでしょ」
「僕も、ちゃんと見てほしくて弾いてるんだから」
「リウス……」
「あと」
彼女は少しだけ口元を緩める。
「今の僕、けっこう似合ってると思わない?」
「……思う」
テツロウは素直に頷いた。
その瞬間、リウスの指先が一段強く弦を弾いた。
どこか満足したような、綺麗な音だった。
一曲目が終わるころ、
ピスカは胸元のテツロウをそっと持ち上げた。
その視線は、隣で優雅に見守っていたリオへ向く。
「次は、リオちゃんの特等席ね」
「え?」
そのままテツロウは、リオのもとへ託される。
リオは楽しそうに微笑んだ。
「ようこそ、お兄様」
「席替え早くないか!?」
「人気席ですもの」
リオの特等席は、どこか整っていた。
姿勢も、角度も、
見える景色まで計算されているようだった。
「ここからなら、
皆の姿がよく見えましてよ」
「そ、そうか……」
「それに」
リオは少しだけ顔を寄せる。
「私のことも、ね?」
「っ……!」
テツロウの顔がさらに赤くなる。
リオは満足そうに笑った。
二曲目が始まる。
先ほどより少し大人びた曲調だった。
エミは真剣な表情でギターを弾き、
リウスも鋭い視線で弦を鳴らしている。
タリアのドラムは安定し、
全体をしっかり支えていた。
ミニだけは相変わらず元気だった。
「しゃらーん!」
鈴が鳴る。
「ミニ、それ曲に合ってるのか?」
「たぶん!」
ステージ上に笑いが広がる。
リオは演奏を見つめながら、小さく呟く。
「皆、本当に楽しそうですわね」
その声には、どこか嬉しさが滲んでいた。
テツロウは頷く。
「ああ。……いい顔してる」
「お兄様も、ですわ」
「え?」
「今、とても幸せそう」
その言葉に、テツロウは返す言葉を失った。
その時。
エミがギターを抱えたまま、
ステージの端へ近づいてきた。
演奏は続けながらも、
視線は真っ直ぐリオの特等席へ向いている。
「兄さん」
「……姉さんの特等席で、
そんなに赤くなってるの?」
「し、仕方ないだろ!」
「ふふ」
エミは笑う。
けれどその笑顔には、
ほんの少しだけむくれたような色も混じっていた。
「でも、ちゃんと覚えててね」
「何をだ?」
「今日、一番最初に兄さんに見て
ほしかったのは、私だってこと」
そう言って、エミは軽くピックを鳴らした。
その一音には、
さっきまでより少しだけ強い想いが乗っていた。
テツロウは答えられないまま、
ただ頷くしかなかった。
二曲目が終わるころ、
リオは胸元のテツロウをそっと持ち上げた。
視線の先には、
少し離れて様子を見ていたエアリ。
「次は、エアリさんの特等席ね」
「え、わ、私ですか?」
「順番ですもの」
そう言って、
テツロウはエアリへと預けられる。
エアリは戸惑いながらも、
そっと自分の特等席へ迎えた。
派手さはない。
けれど、不思議と落ち着く場所だった。
「……その、こちらの方が見やすいですから」
耳元で小さく囁く。
「テツロウさん……私の特等席も、
心地よいですか?」
「い、今それ聞くのか……」
答えられずにいるテツロウを見て、
エアリは少しだけ笑った。
「……困らせたかったので」
「お前、たまにそういうこと言うよな……」
三曲目が始まる。
今度は、先ほどまでより柔らかく、
けれどまっすぐな曲だった。
タリアのドラムは静かに支え、
エミとリウスのギターが重なり合う。
ミニも今度は少しだけ大人しく、
曲に合わせてタンバリンを鳴らしていた。
その音の合間に、
エアリの声がまた近くで落ちる。
「……よかった」
「何がだ?」
「テツロウさんが、楽しそうで」
それだけ言って、
エアリは視線をステージへ戻した。
横顔が少しだけ赤い。
それを見て、今度はテツロウの方が言葉に詰まる。
そこへミニがタンバリンを
鳴らしながら駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん、また赤くなってるー!」
「やめろ来るな!」
「なんか可愛いー!」
指先を伸ばそうとした瞬間、
エアリがそっとテツロウを庇った。
「ミニ、演奏に戻ってください」
「えー!」
「今、あなたの出番です」
ミニは口を尖らせながらも、
「はーい!」
とステージへ戻っていった。
テツロウは小さく息をつく。
「……助かった」
「当然です」
そう言いながら、エアリの頬も少し赤かった。
最後の曲が盛り上がっていく。
エミの明るさ。
リウスの静かな熱。
タリアの正確な鼓動。
ミニの全力の盛り上げ。
それぞれの音が重なり、
不思議なくらい綺麗にまとまっていく。
テツロウは、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
エミはギターを弾きながら、
ちらりとテツロウを見る。
今度はエアリの特等席にいる兄さん。
少し悔しいような、
でも嬉しいような気持ちになる。
(……あとで私も、兄さんだけの特別席、
用意してあげたいな)
そう思いながら、笑顔でコードを鳴らした。
リウスもまた、小さく視線を送る。
(テツ兄、あんな顔するんだ)
少し面白くて、
少し羨ましくて、
けれど今日は、それでいいと思えた。
タリアは真顔のまま叩き続ける。
だが心の中では満足していた。
(文化祭企画、成功です)
曲が終わる。
一拍の静寂。
そして――
大きな拍手が会場を包んだ。
エミが息を切らしながら笑う。
「兄さん、どうだった?」
テツロウは少し考えてから答える。
「……特等席が多すぎて集中できなかった」
一瞬静まり、
次の瞬間、
全員の笑い声が響いた。
ミニが元気よく手を挙げる。
「次は着替えタイムだよー!」
リウスが肩をすくめる。
「……まだ続くんだ」
タリアは静かに立ち上がった。
「準備しているものがあります」
テツロウが嫌な予感を覚えた、その時。
エアリが小さく笑う。
「さっそくなので、
タリアちゃんの特等席へ案内してあげますね」
「え?」
そっと持ち上げられたテツロウは、
そのままタリアのもとへ運ばれる。
エアリは優しく、彼をタリアの特等席へ置いた。
タリアは真顔のまま視線を落とす。
「テツロウ氏。私の特等席は、どうですか?」
「……安定感がすごい」
思わず漏れた本音に、
タリアの口元がわずかに緩んだ。
「それは、良かったです」
第四章 第六話へ続く
お読みいただきありがとうございます。
文化祭は、まだ終わりません。
次回、第四章 第六話は 6月2日(火)公開予定 です。
タリアの“特等席”もお楽しみに。




