異変①
村長が用意してくれた小屋へ入る3人。
潮風で外装が錆びていたが、中は小綺麗な普通の部屋だった。
電気が付き、明るい部屋に胸を撫で下ろす澄香。
「やっと、ゆっくりできるのね…!」
「無事に帰って来れて良かったわぁ」
「…まず、お風呂が良い」
「あたしが用意してくるから!待ってて!」
その台詞を言い切る前に、澄香は駆け足で浴室へと向かった。
2人は顔を見合わせると小さく笑い、居間へと足を進める。
「今日も、色々あったわねぇ」
「たま姉は、大丈夫、なの?」
「私は此処に居るんだもの。大丈夫、ね?」
心配そうに見上げ、留奈は問い掛ける。
だが、いつもの笑顔で環は頭を撫で回す。
傷だらけの鎧を脱ぎながら、ふと目に入る刻印。
誰の耳にも入らない声で環は小さく呟いた。
「アテナさん…貴女の力、使いこなしてみせるわ」
それに呼応するように、仄かに刻印は光を放つ。
優しい光を感じ、嬉しそうに目尻を下げて笑顔になった。
「2人ともー!お風呂の準備出来たわよー!」
浴室から元気の良い声が聞こえて来た。
澄香の声に、2人は装備を脱いで浴室へと歩いていく。
その後ろ姿を、俺は静かに見守った。
途中、留奈が振り向き俺を見る。
残された俺に、納得したように頷いて浴室へ入っていった。
広々とした浴槽に、2人は目を見開いて驚いている。
「あらあら…3人でも余裕ねぇ」
「でしょっ!?あたしも見た時は驚いちゃった!」
「やったー」
勢い良く2人の間を走り抜け、真っ先に浴槽へ飛び込んだ留奈。
思わず澄香が声を上げる。
「危ないからやめなさーいっ!」
「そうよぉ?転んだら怪我しちゃうじゃない」
そのまま留奈を追いかけてお湯に浸かった澄香は、ふと環の体に視線を向けた。
青痣や、切り傷が至る所に出来ていた。
まだ血が滲んでいる傷も見える。
思わず、目を逸らした。
「お姉ちゃん…体、ボロボロじゃない」
「痛く、ないの?」
「…えっ?あ、あれ?私、いつの間にこんな…」
「全然、痛くないから大丈夫よ」
「………」
あっけらかんとした様子で答えた環。
怪訝そうに見つめる澄香。
嘘だとは思えない環の表情に、大きな息を漏らす。
2人の会話を、黙って聞いている留奈。
「はぁ…お姉ちゃんがそー言うなら、良いけど」
「心配かけてごめんね?」
「良いからっ!早く入ってゆっくりするわよ!」
「はぁい♪」
環はおどけた様子で返事を返す。
だが、手すりに掴まろうとしたその時、右手の力が入らない事に気付く。
「きゃっ…」
バランスを崩し、大きく転びそうになる。
咄嗟に出た右手。
手すりを掴み直し、踏み止まれた環。
ふぅ、と安堵のため息が漏れる。
「危なかったわぁ。気をつけなくっちゃ」
手すりを確かめるように、ゆっくりと湯に沈んでいく。
ずっと環を見つけ続けていた留奈は、心の中で呟いた。
(…おかしい)
(何か、変。だけど、分からない)
顔を半分お湯に埋めながら、環の体をマジマジと見つめる。
違和感に気付いた留奈だが、原因が分からず唸り声を上げて考え込む。
その様子を見た澄香が不思議そうに話し掛ける。
「どしたの?そんなに考えて」
「…何でも、ないよ」
「お姉ちゃん、今日おかしいわよね」
「え?」
考え事を見透かすように、ポツリと言葉を紡ぐ澄香。
少し遠くで湯を浴びてる姉を見つめたまま。
「あんなに体ボロボロなのに、痛くもないなんて…」
「あたし達に心配かけたくないんだわ、きっと」
「もっと、頼ってくれても良いのにっ!」
吐き捨てるように言い、唇を噛み締める。
留奈はその姿を見て、同調するように小さく頷く。
「…明日、たま姉に聞いてみる」
「回復なら、任せて」
ニッと歯を見せて、留奈は自信に溢れた顔で言い放つ。
目を輝かせ嬉しそうに笑う澄香。
段々と2人の顔が赤く染まって来た。
「あっつい!もう上がるわ!」
「るなもー」
「もう上がるの?私はもう少し入ってようかしら…」
「のぼせて倒れないでよ?」
「うふふっ、大丈夫よぉ」
体を真っ赤にさせた2人は環を会話をすると、足早に浴室から出て行く。
後ろ姿を見据えながら、そっと自身の傷を撫でる。
傷から、血が滴り落ちた。
拭っても止まらない。
痛みすら、感じない。
傷だらけの体を見つめ、時間だけが過ぎる。
「それでも、守れたんだわ」
「傷いっぱいでも、あの子達を…」
独り言が浴室に響き渡る。
一息吐いた後、環も浴室を重い足取りで出て行った。
環が居間に向かうと、2人が料理を慣れない手つきで作っていた。
意外な光景に、目を丸くして立ち尽くしてしまう。
悪戦苦闘している2人に、そっと声を掛ける。
「ふ、2人とも大丈夫!?」
「任せてよ!お姉ちゃんみたいには作れないけど…」
「今日はたま姉は、食べる人、だよ?」
「でも、あっ…それ以上強火にしたら…!」
「留奈ー!火を止めなさいっ!」
ドタバタな朝食作りは、環の指導が入り漸く幕を閉じた。
いつもとは違う料理が食卓に並べられていく。
3人は席に座ると、食事の挨拶をして食べ始める。
「いただきます!」
不恰好な見た目。
でも、環にとっては代え難い幸せだった。
顔を綻ばせて料理を見つめた後、そっと箸を取る。
しかし、箸は右手をすり抜け床に散らばった。
その音と共に、辺りの空気が冷たくなる。
一瞬の静寂に慌てて箸を拾う環。
「あっ、ごめんなさいね。今新しいの持ってくるから」
「やっぱり、疲れてるの?」
「ちょっとぼーっとしちゃっただけよぉ」
新しい箸に取り替えると、何事もなかったかのように食べ進める。
冷ややかな空気のまま、それぞれが食事を終えていく。
「ご馳走様!」
「ふぁあ…後は寝るだけね」
「そうねぇ。早く歯磨きして寝ましょうか?」
「…ん、そだね」
寝る準備を済ませ、割り振られた部屋へと戻っていく3人。
「おやすみなさい」
その言葉で、扉がパタンと閉まった。
俺はいつものように留奈の部屋へ連れ込まれた。
寝静まるのを静かに待つ。
数分もしない内に、可愛い寝息が聞こえていた。
留奈も疲れていたのだろう。
寝静まったのを確認すると、俺は静かにベッドから出て行く。
嘴を使い、音を立てずに器用にドアノブを回す。
環の様子を見に行くために。
無事に部屋から抜け出せた俺は、環の部屋へ向かう。
そっとドアを開けると、環は背中を向けて横になっていた。
部屋の中には、血に塗れた包帯が散乱している。
(やっぱり、傷が…!)
「あら、フーちゃん…?」
俺の気配を感じたのか、環が寝返りを打ち視界に捉えた。
目が合うと、柔らかい笑顔を見せて手招きをする。
小さい羽で、俺は枕元へと降り立った。
すると、今にも泣き出しそうになる環。
無言で、自分の右腕を俺に差し出す。
俺は小首を傾げ、その腕を見る事しか出来なかった。
「あのね、私…おかしくなっちゃった」
「何にも、感じないの…」
「あんなに苦しかった、痛みを…」
右腕が不自然な方向で止まる。
大慌てで戻そうとする俺を、環は左手で制止する。
その状態で、涙でくしゃくしゃになった顔を向けた。
「ほら」
静かに、笑う。
「痛く、ないの」




