帰還③
赤く腫れる頬。
摩るだけで痛みが走る。
自身の発言で、姉を怒らせた。
実感を受け入れ始めた澄香が、一粒の涙を流す。
「あたし、そんなつもりで言ったんじゃ…!」
「どんなつもりでも、生きる事を諦めようとするのは許さないわ」
「お願いだから、お姉ちゃんの言う事もたまには聞いて頂戴?」
憔悴しきった環の肩に俺は乗る。
溢れ出る涙を拭い、羽で頭を優しく撫で回す。
「っ、フーちゃん…!」
「そうよね、貴方だって命を投げ出して戦ってくれたものね」
環の頬に頬擦りをすると、嬉しそうに顔を緩めて笑顔になる。
暫く無言の間が訪れた。
冷静になるための深いため息を吐く環。
「…ごめんね、澄香ちゃん。ちょっと感情的になり過ぎちゃった」
「あたしこそ、ごめんなさい。お姉ちゃんの気持ち、全然考えてなかった」
「私は、頑張ってる澄香ちゃんが好きよ?」
「でもね、私達の事ももっと頼って欲しいわ」
「うん…!もう、あたし1人で背負うのやめる。頼っても良いんだもんね」
激しい感情がぶつかり合った姉妹喧嘩は幕を閉じた。
お互いが見つめ合うと、はにかんだ笑顔が浮かぶ。
「これで一件落着、かな?」
終始を見ていたギルドマスターが、間を割るように一言呟く。
マスターの存在をすっかり忘れていた2人。
慌てた様子で目線を向ける。
「し、失礼しました!はしたない所をお見せしてしまって」
「もう町へ戻るの?」
「暗くなると困るからね。今のうちに戻るのが良いんじゃないかい?」
マスターの言葉にふと、空を見上げる。
空が少し赤みがかって来た。
風も冷たくなり夜が来る事を感じる。
「それじゃあ、帰りましょうか?」
「…待って、お別れ、させて」
馬車に乗るように促す環。
だがそれを振り切るように、留奈がもふもふの所へと駆け寄っていく。
寂しげに見つめ合う留奈ともふもふ。
「…ありがとう。助けてくれて」
「!!」
「…え、良いの?じゃあ、友達、ね?」
「♪」
澄香は環に抱かれて馬車へと戻っていく。
留奈が会話している様子を車内で見守る2人。
突然、留奈ともふもふが黄緑色の光に包まれた。
その直後、楽しそうに飛び跳ねる。
そっと、留奈の手に綺麗な花を握らせた。
「…お守り、大事にするね」
そう言った留奈は、友達の頭を愛おしそうに撫でた。
ぎゅっと、そのまま力強く抱き締める。
もふもふは柔らかい光の粒になり、風に流れていった。
「留奈の勢力がどんどん拡大してるわ!」
「どんな子でも仲良くなれる才能だもの、凄いわぁ」
何も言わず、ジッと様子を見ていた2人。
消えゆく光を見つめ、留奈の力に嘆願の言葉を吐く。
足早に立ち上がると、留奈はそのまま駆け足で馬車へと乗り込んだ。
顔を上気させて、肩を揺らしながらも満足そうに2人へ視線を向ける。
「…友達、出来た」
「見てたわよ!凄いじゃないっ!」
「さすが、留奈ちゃんだわぁ」
2人の賞賛を聞き胸を撫で下ろす。
しかし魔力切れの所為か、そのまま深い眠りへと意識が落ちていく留奈。
「ちょっ!?留奈!?」
「しっ…息はしているわ。眠っているだけみたいね」
静まり返った車内に、小さな寝息だけが響き渡る。
気が休まった2人。
和やかな雰囲気が広がる。
「よし、じゃあ出発するよ」
ギルドマスターの進言で馬車が動き出した。
一定のリズムで体が揺れる。
静かに時間が溶けていく。
気付けば2人も眠りに落ちていた。
「おーい!着いたぞー!」
外から響くギルドマスターの声。
3人を眠りから引き離す。
ふと、目線を向けるといつもの町。
「生きて、帰れたのね…」
「そうね。あたし達、自分の命は守れたのよ!」
「…皆のお陰、だけど」
見慣れた宿を見つめて、3人はやっと一息吐いた。
生きている。
その実感だけを抱き締めて帰って来た。
馬車から降りていく3人。
「んんーっ!外の空気が美味しいわねっ!」
「お姉ちゃん、お腹も空いちゃったわぁ」
「…じゃあ、家に帰ろ」
留奈の腕の中に居た俺は小さく鳴くと、室内に入るように促す。
「ちょっと良いかい?」
不意に呼び止められ足が止まる。
ギルドマスターへと視線を移すと、環が問い掛けた。
「あ、すみません。報告ですか?」
「いや、違うんだ。メルクスの話を詳しく聞きたくて な」
「あいつと遭遇して無事だったのは、君達だけ…なんだ」
「明日また、オルドのギルドに来てくれるだろうか?」
「分かりましたわ。お伺いさせて頂きます」
「すまないね。じゃあ、私はこれで。ゆっくり休んでくれ」
その言葉を告げると、ギルドマスターは再び馬車に乗り込む。
車輪が音を立て、走り出した。
あっという間に走り去っていく馬車。
「…あたし達、あいつを倒せるのかな」
「何言ってるのよ澄香ちゃん?3人ならどんな敵だって倒せるわ」
「…るなの友達だって、居るから大丈夫」
馬車を見つめながら不安そうに表情を揺らし呟く澄香。
その隣で、両手にグッと力を込めて鼓舞する環。
留奈も澄香の手を握ると、嬉しそうに笑って語る。
暖かさに触れた澄香。
胸が高鳴り、目尻に涙が浮かぶ。
奥歯を噛み締めると、2人を見据えて大きな息を吐いた。
「…弱音ばっかり吐いちゃダメよね!」
「2人共ありがとう!あたし…絶対やっつけるからっ!」
「皆で、ね?」
「うんっ!」
明るくなった雰囲気。
そのまま3人は宿へと入っていく。
澄香は後ろから、覚束ない足取りで2人を追いかけていた。
目指すは銀の扉。
「早くご飯食べたいなっ!」
「ふふっ、張り切って作るから任せて頂戴?」
「…たま姉のご飯、やっと食べれる」
「よーし!帰るわよっ!」
澄香は嬉しそうに声を弾ませて呟く。
そのまま勢い良く扉へと飛び込む3人。
体が千切れるような感覚。
揺れる視界。
目紛しかった視界は徐々に開けていく。
「やっと家に…って、澄香ちゃん!?」
環が言葉を発した瞬間、澄香は無言のまま玄関で倒れてしまった。
咄嗟に抱き抱えた環だが、状況が飲み込めない。
「…熱がある、部屋に運ばないと」
冷静に指示を出す留奈。
小さく頷くと、慌てて自室へと連れて行く。
静かにベッドに寝かせ、心配そうに澄香へと目を配る。
「確かに、治癒魔法は受けたはずなのに…」
「…足りてなかった、のかもしれない」
「すみ姉、強がるから、気付けなかった」
「…わたしもまだ、へとへと」
「それじゃあ、明日留奈ちゃんに頑張って貰っても良いかしら?」
広がる沈黙。
少し考えた後、環は留奈に向かって提案をした。
その言葉に小さく首を縦に振る留奈。
「まずは、ご飯にしましょうか?」
「留奈ちゃんが元気になるご飯にするわよぉ!」
「ありがと、たま姉…楽しみ」
その日の夜は、大量のスタミナ料理が食卓に並んだ。
―――朝
「おはよう、留奈ちゃん」
「…おはよ」
「体は大丈夫?魔法は使えそう?」
朝の挨拶を交わす2人。
心配そうに留奈に問い掛ける環。
沈んだ空気を払拭するように留奈は自慢気に笑顔を見せた。
「大丈夫。元気、いっぱいだよ」
「…あ、でも」
留奈が言葉を発した瞬間、俺の視界が思い切り揺れた。
勢い良く頭の上に乗せられる。
「フーちゃんが居ないと、ダメ」
「ふふっ、そうねぇ。留奈ちゃんの1番好きな子ですものね」
俺が魔力の媒介になっているのを環は知らない。
仲良さそうな俺たちを見て、嬉しそうに口を綻ばせる。
「…じゃあ、頑張る、ね」
澄香の手を力強く握る。
「いたいの、とんでけ」
額を手に当てると、祈るように言葉を紡ぐ。
直後、部屋中が黄緑色の光で照らされる。
眩し過ぎて目も開けられない。
「ゔっ…うう」
苦しそうに呻く澄香の声が聞こえた。
咄嗟に環が澄香の元へ駆け寄る。
眉間に皺を寄せて、開いている手を握り締めた。
「頑張って…!澄香ちゃん!」
「…もうすぐ、楽になるから」
部屋を満たしていた光が、静かに収束していく。




