プロローグ2
「俺、今の状態で高校生戻れたら、先輩たち全国に連れていけたのにな――!」
不意にみずほ台が力のこもった口調で言う。
赤くなった顔からは酔っ払っているのが伝わるが、先程までとは違いすこし真剣な表情にも見える。
(ああ、みずほ台も似たような事考えるんだな)
彼もまた当時の感覚や感情を思い出して、似たようなことを考えているのかもしれない。
「そりゃプロで戦えるスペックの選手がいたらなぁ、ズルだよたぶん」
思わず、マジレスしてしまう。
歳をとると、人の話に対して否定的なコメントをする事が増えたが、これは良いことなのだろうか?
物事に対して考えて答えられるようになったととらえて良いのだろうか?
「じゃあ、筋力とか身長とか、身体の機能的な部分は学生のままなら良いっすよね!?」
食い下がるみずほ台。
バレーボールという点においてこのメンバーではブッチギリで輝かしい道を進んできたはずなのに、それほどまでに考えてしまうほどの何かがみずほ台にもあったのだろうか?
「でもたぶん、みずほ台一人がすごくても、あの頃の俺たちがお前の求めるレベルについていけないこともあるかもよ……?」
そういえば先輩の代は、バレーボールIQが高い選手が一人だけいた。でも自分も含め周りは彼の考えが理解できなくて、最終的に彼の独裁という感じのチームになっていた。
チームスポーツは、一人が特出しているだけではすぐに限界がくる。チーム全体として噛み合うように機能しなければ、全国の予選だって勝ち上がれない。
(ああ、あの代は最悪な雰囲気のチームだったな……)
「でも鶴瀬さんは絶対ついてきてくれますよね?」
穏やかな声のトーンで放たれたみずほ台のまっすぐ重い一言。
(ああ、こういう事サラッと言えちゃうやつだった)
信頼されるのは嬉しい。でもその信頼が時々恐ろしかった。
『応えられなかった時、自分の存在価値はなくなる』あの頃の焦燥感が、背中をなぞる。
「……」
僕は何も言い返せなかった。
歳を取ったからか、勢いだけの無責任な発言ができなくなってしまったのかもしれない。与太話の延長だというのに。
すると鶴ヶ島がニヤニヤして言う。
「この時のみずほ台、身長がそこそこあるだけのもやしだったからね〜〜!」
彼にとっては体型いじりの仕返しなのかもしれないけれど、話がそれて良かった。
「あ”ん? 言いましたね!? 今の能力なら、清瀬さんと対角でゴリゴリ点とって引っ張っちゃうから! 鶴ヶ島さん攻撃の出番なしですから!!」
眼前の餌には、当然噛み付くみずほ台。
今の鶴ヶ島とみずほ台の状況から考えれば、そうなるだろうとは思う。
しかし、深夜0時を過ぎているというのに、この2人の元気は有り余っているように見える。
(窓締めよ、近所迷惑になってしまう……)
急いで出窓を閉じて、エアコンをつける。
そんな心配は不要だったようで話題はチームメイトの清瀬の話に移る。
「清瀬はすごいよな〜〜。また、代表に招集されてたじゃん」
「清瀬さんは、本当にすごい選手。俺は、結局あの人の足元にしか及ばなかった……」
二人とも声のトーンが落ち着く。
僕からすれば足元に及んだことがすごいのだが、みずほ台にとっては違うようだ。
それくらい清瀬の存在はあのチームには大きい存在であった。
たぶんチームにとどまらず、県内でも異質な存在であったはずだ。
不思議ちゃんで普段の会話は要領を得ないけれど、試合の時は頼りになる。
怖くはないけれど凄みがあり、ボールを上げれば必ず決めてくれると思えてしまうのが清瀬だった。
「俺がもし今のおじさん思考のまま身体が高校生だったとしたら、文句がすぐ口に出ちゃう選手で面倒くさいかもしれないね。みんながぶつかってくれたらいいチームだけど、逆に悪い雰囲気にしちゃう可能性もあるから、良いんだか悪いんだかわからないな〜」
笑いながら話題を戻す鶴ヶ島だが、彼がこの中で1番冷静で、自分を客観視できている気がする。
当時の彼はよくイライラしていた。でもそれを口に出した事はなかった気がする。
その行動はチームのまとめ役としての安定感に繋がっていた。
「えー? 鶴ヶ島さんと、ぶつかり稽古するって事っすか?」
これ見よがしにイジリ始めるみずほ台。
第3ラウンドの鐘がなったのかもしれない。
「身体は高校生って前提でしょうが。みずほ台、友達ちゃんといる? 心配だわ〜」
おちょくるようにイジリ返す鶴ヶ島。
そんなみずほ台と鶴ヶ島を見ていると、ぶつかること自体をいつも楽しんでいるように思えて、羨ましいと感じていたことを思い出す。
「まーでも、今の俺たち3人全員がまとめて過去に戻ったとしたら、どう変わるかはちょっと気になるね!」
そう言って話題を締めようとする鶴ヶ島は、大きなポテトチップスの袋を開封しはじめる。
「「だから太るんだよ!」」
お約束のツッコミを入れたみずほ台と僕は、開かれたポテトチップスの袋に手を突っ込むのであった。
※※※
バレーボールはチームスポーツとは言え、一人一人感じるストレスは当然違うわけで……。
僕が感じていたのは常に自身の心の弱さ。だった気がする。
それは30歳になった今も解けない呪いとなっていて、当時よりは強くなった気はするが、それでも時折苦しめてくる。
僕は結局、いつも自分の事しか考えていなかったけれど、それを支えてくれていた鶴ヶ島とみずほ台は、一体どんな事にストレスを感じていたのだろう……?
そんな事を考えながらボーっとしていたら、いつの間にかタバコは燃え尽きていた。
部屋に戻り、スマホを見ると時間は深夜3時を過ぎている。
みずほ台はソファーで熟睡し、鶴ヶ島は壁にもたれかかりスマホをいじりながら、ウトウトしていた。
「もう寝ようか」
テーブルを片付けて客用の布団を敷くと、鶴ヶ島はそこに寝転ぶ。
「鶴瀬の気遣い力、昔から本当にすごいと思ってたよ。でもここまでくるとお母さんみたいだな」
そう言って、あっという間に寝息を立て始めた。
(いまのはイジリなのか、褒めてるのか……。)
鶴ヶ島からの一言の捉え方に困惑してしまう。
モニターに映っているのは、ベスト8を決める僕たち3人の出る最後の試合。
相手はサーブを僕と清瀬のいる方に集注させている。
サーブレシーブが1番弱いところだから、狙われやすい場所なのだ。
その結果、この試合は負ける。
「ああ、そういえば高校最後の試合は、本当に悔しかった……」
試合の後、僕と清瀬はいつまでも泣いていたのを思い出す。
あの時の感覚を想いながら、再生を止めて部屋の電気を消した。




