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これはたぶんいけるやつ(鶴瀬視点)

鶴瀬視点に戻ります〜

 ――8時過ぎ。


 清瀬、みずほ台、鶴ヶ島、僕、あとマネージャーの5人は、宿泊施設に戻り、急いで朝食をとっていた。


「アップ9時からって、なんで言ってくれなかったんすか!」

 みずほ台は口いっぱいにご飯を含みながら文句をたれていた。


「きたねーな、食べながら喋んなよ。つかなんで知らんのよ」

 すでに朝食を済ませている清瀬は、お茶をすすりながら言い返す。

 昔から少食で、特に朝食はお茶碗1杯のお米とお椀1杯の味噌汁しか食べない。


「俺らはいいけど、マネージャーが不憫すぎるな……。ごめん笠幡様〜〜」

 鶴ヶ島は食堂の朝食は諦めて、体育館から戻る途中のコンビニで買ったゼリーとバナナを食べていた。


「ありがとう、私は大丈夫だよ。ヤスがゆっくり来て良いって言ってくれたし」

 そう言って、キレイに焼き肴の身をほぐしているマネージャー。

 笠幡様はいわゆるお嬢様で、食事姿も高貴な感じがする。


 僕はというと食欲が出ず、汁物とフルーツだけ食べている。

 30歳の僕は社会人になって8年間、朝食は取らずタバコだけだったから、お腹が空かないのかもしれない。

(未成年だし、さすがにタバコは吸えないよなぁ……)

 そんな事を考えながらボーっとしていると向かいに座る鶴ヶ島が口を開く。


「鶴瀬大丈夫? バナナ食べるか?」

 心配してか、1本バナナを差し出してくれる。


「サンキュー、いただきます」

 とりあえず受け取って皮を剥き始める。


(朝練が終わってからも、汗が止まらなくて気持ち悪い)

 もしかしたら熱が出てるかもしれないけど、高校生の身体だったら耐えられるはずなので気にしないようにする。

 高校生時代の僕はとにかく頑丈だった。

 風邪を引いても部活を休んだ事はなく、怪我も一度もした事がない。

 唯一といえる誇れる点。だった気がする。


「鶴瀬君……、顔赤いけど大丈夫?」

 隣に座るマネージャーが手のひらを僕の額に当てて、心配そうに見てくる。


(ベタすぎるキュンポイントだが……。僕は額同士であっても動じないぞ)

 そんな事を思いながら、気にせずバナナを食べた。


「モグモグ……。大丈夫、これはたぶんいけるやつ」

 笠幡様に変な気を起こしたくないし、何より高校2年生の頃の僕にはなぜか彼女がいたから、当たり障りなく接するようにした。ちなみに彼女というのは二次元ではなく、一応実在する人物だ。


「鶴瀬君がそう言うなら、大丈夫そうだね!」

 額に当てた手をどかして、笑顔でそう言ってくれる笠幡様。


(笠幡様の押し付けてこない善意はとても好感が持てる。良くできた娘だ)

 僕は横目で女神の笑顔を確認して頷いた。


「お〜い、上沢ちゃん居たら大変だぞ〜?」

 ニヤニヤしながら、ちゃちゃを入れてくる清瀬。


 僕の彼女は中学時代のクラブチームの後輩で、みずほ台と同い年。才能豊かな選手だった。名前は上沢という。

 上沢は東京の強豪校に進学して寮生活を送っているため、ほとんど会う事はない。

 メールと電話だけのやり取りで、年頃にしてはかなりドライな関係だった。一応というのはそういう理由だ。

 だからこそお互い自分のことに集中できて、自立した良い関係だと思っていた。


 ただ、3年生になってから別れた。

 ある大会の開会式で一緒になって久しぶりに2人で雑談していたら、色々あって彼女の監督にバレてしまい別れるよう強要されたらしい。

 別れ際は、互いに連絡先を消すという徹底ぶりで、それ以降やり取りした記憶はない。


「清瀬くん、そういうところがモテない理由だと思うよ」

 朝練の時とはうって変わって、笠幡様はしっかり言い返す。適応力の早さもピカイチだ。


「え、えぐい……」

 核心をつかれた清瀬はしょんぼりしてしまった。


「かっこいいのに、もったいないよ」

 そんな清瀬を見て、女神である笠幡様はしっかりフォローを入れていた。


「「マジ女神」」

 みずほ台と鶴ヶ島は関心したように、そうつぶやいていた。


 この何気ないやり取りもとても好きだ。30歳の僕にはキラキラと輝いて見える。


 この雰囲気を途切れさせたくないと思うが、今日1日を生き延びるために笠幡様に質問する。

「笠幡様、救急バックにロキソニン入ってたっけ?」

 いくら頑丈であっても保険はあったほうが良いので、万能薬のストック状況の確認。


「合宿前に補充したからあるよ」

 親指を立てて、バッチリ! という合図を出すマネージャー。

 女神通り越して、もしかしたら小悪魔なんじゃないかと感じてしまうくらい、30歳の僕には眩しい


「なら完璧」

 そう言って、目前の食器類を片付けはじめることにした。


「じゃあ、ぼちぼち体育館戻るか〜」

 鶴ヶ島が、音頭を取ってゆっくり立ち上がる。朝練の時は嫌そうな顔をしていたが、今はワクワクした表情をしている。何か吹っ切れたのだろう。

 

 続いて清瀬と僕も立ち上がって、食器を返却口に返しに行く。


「ちょ……、ちょっと待って先輩方――!?」

 みずほ台が急いで残りの朝食をかき込んでいる。


「まさか、先輩より後に体育館につく後輩なんていないよねぇ……?」

 朝練で散々パスに付き合わされた清瀬は、憂さ晴らしが済んだような笑顔で嫌味を言って食堂を出ていった。


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