プロローグ1
「おぉ! 鶴ヶ島さん、ナイスコースすぎる!」
「この時の俺、相手コートまで見えてて、絶対決まるイメージしか頭になかったんだよな〜。ゾーンってヤツ? 」
関心するみずほ台と自慢げな鶴ヶ島。僕、鶴瀬はバルコニーでタバコを吸っている。
6月に入り昼は少し暑いが夜は涼しくて、網戸にしていれば抜ける風が少し心地よい。
今、僕たち3人は高校時代の試合を観て、お酒を飲んでいる。
本気でバレーボールだけを考えていた3年間。
今観ているのは、僕たち3人揃って出場した最後の試合。インターハイ予選の映像だ。
30歳になった今の日常では思い出す事などない感覚や感情も、こうして当時の映像を観ることで各々湧き上がってくるようで、さらに酒の勢いもあるから話がとどまることはない。
当時は毎日が必死で、こんなふうに思い出として楽しめるなんて、想像もつかなかった。
部活終わり3人で帰る時、僕は「消えてしまいたい」とよく弱音を吐いていた気がする。
でもそんな時、決まって明るく「頑張ろう」と支えてくれたのがこの二人だった。
「この時の鶴ヶ島は、頼りになってカッコよかったよね……」
自然と口にしてしまう、ちょっとしたイジリ文句。
こういう流れになると反射的に出てしまうのは、歳のせいなのだろうか?
「ホントっすよ! 学生時代こんなにカッコよかったのに、今はこんなに育っちゃって……」
便乗して、鶴ヶ島のお腹を触りながら笑うみずほ台。
鶴ヶ島は当時、スパイクもレシーブも安定していて、バランスのとれた選手だった。
しかし時の流れは残酷なもので、30歳の彼にあの頃のスマートさはない。
「いいんだよ、この体型ならではの包容力が魅力って嫁が言ってくれるから」
胸を張り誇らしげな表情の鶴ヶ島。こちらとしては張り出したお腹のほうに目がいってしまう。
「婚姻届も済んだんだし、結婚式に向けてダイエットしたほうが良いんじゃないっすか?」
いじりを続けるみずほ台。
1学年後輩の彼は高校からバレーボールを始めたのだが、持ち前の長身と運動能力の高さ、それとストイックさで、今年の3月までプロとして活躍していた。
「うわでた、みずほ台嫌いだわ〜。鶴瀬なんでこんなヤツ呼んだんだよ〜」
眉をしかめて、こちらに顔を向ける鶴ヶ島。
「俺は、鶴ヶ島先輩大好きですけどね!」
すかさず言い返すみずほ台。鶴ヶ島の鏡餅のようなお腹を叩きながら笑顔を見せる。
この会話の流れは、伝統芸能とも言えるお約束だった。
(そういえば、このやり取り、高校生の時からやってたな……)
不意にその時のことを思い出して、笑ってしまう。
「あ、鶴瀬さんがサーブレシーブミスってる」
視線をモニターに戻すと、僕がサーブレシーブを外に弾いている。
「お前、サーブレシーブ苦手だったよなー」
笑いながら、残りの酒を勢いよくあおる鶴ヶ島。ミスをした時の自己嫌悪感を思い出す。
鶴ヶ島が言う通り、僕はサーブレシーブが苦手だった。
レシーブの要であるリベロというポジションを任されていたのに、サーブが向かってくると怖くて全身が硬直してしまうのだ。
あの時は知識がなかったが、どうやらイップスという精神障害であった。
公式戦だろうが練習試合だろうが、授業であっても関係なく、試合形式になると途端に身体が硬まる。
時々日常生活でもあの身体が硬直する感覚があって、もはや呪いだ。
「その節は、大変ご迷惑をおかけしましたね〜」
タバコを吸い終えて部屋に戻っていた僕は、そう言いながら冷蔵庫から新しいお酒を出し鶴ヶ島に渡す。
「サンキュー! みずほ台と違って気遣いできるヤツ〜!」
満面の笑みでお酒を受け取る鶴ヶ島。これも、当時から良くやっていたやり取りだった気がする。
(当然、お酒ではなくスポーツドリンクだったけど)
「でも鶴瀬さん、スパイクレシーブとカバー力はすごかったですよね! 二段トスめちゃめちゃ打ちやすかった」
みずほ台がそれとなくフォローしてくれる。
(僕なんかより、みずほ台のほうがよっぽど気遣いできるよ……)
そう思いながらモニターを観ていると、がっかりしている僕の肩を叩いてくれている鶴ヶ島とみずほ台の姿が映っていた。
大人になってから身にしみて思う。こんなに良い親友が2人もいる自分はとても幸運だと。
反面、僕がもっと盤石な存在であったなら、より高いレベルで戦えるチームだったんだよなと思ってしまう。
(ああ、せめて30歳である今くらい物事について考えて行動ができていたら、なにかが変わっていたのかもしれない……)