第94話 ギアスの大穴
この世界のダンジョンは塔型がほぼ全部だ。確認できる範囲ではそうなっている。ただ、唯一の例外と言っていい地下に潜るタイプのダンジョンそれがギアスの大穴だ。ギアスはこの大穴の周囲を巡るように発展していると言って良い。ここではギルドもいわゆるファンタジーのお約束みたいに機能している。モンスター討伐クエストがあり、調査依頼があり、採取クエストなんてものもある。掲示板を見て報酬が高いモンスターを一読してからギルドの建物をでた。このギアスダンジョンを手探りに潜っても趣があるのかもしれないが、俺は当然即物的なチートを使う。すなわち情報を金で買うのだ。
ギルドの周りでは畳みやござといったものを石畳に直引きしている露天商がたくさん声を張り上げていた。
「50階層までの情報安いよ! わかりやすさならトックラの地図を持ってくといいぞ」
「特殊個体~特殊個体~がでたよ43階での目撃情報が今ならたったの15ライルだ。聞いてけ聞いてけ」
大声を張り上げている地図屋に「グレイソンという高ランクの冒険者が面白いところがあると言って、誘ってきたんだが恐らく最深部か何かだろう。最深部の情報を取り扱っている人はいないか」と尋ねた。
「そこのギルドの建物の日陰にひっそりいるのが、攻略組の情報を取り扱っているガント爺だ。元冒険者だからな愛想はねえが独自の情報網を持ってて信頼できるぞ、それよりどうだい50階層までの要所を抑えた本なんてものもあるんだが」
「そうかありがとう。ん? その本いくらだ」
「トックラ直筆のダンジョンガイドは1000ライルだ。なーに命の値段に比べりゃ安いさ」
「それは確かに。ちょっとどんな本なのかめくってみてもいいか?」
「ほらよ、インク箇所には触れないよう頼むぞー」
本をめくるとダンジョンの特性から、ダンジョンのフロアボスが最初の5階を除き5階層ごとにいることがわかりやすく載っていた。30階層のボスアラクネは先に卵を一掃してから戦うのがいいと。なるほど。26階から30階はジャングルのような地形になっていることがわかり。飲んでも安全な水場の地図も簡易ながら載っていた。この情報量なら1000ライルも納得だな。
「50階層から先の情報はないのか? やっぱり高くなってるのか」
「いや、逆だ。安くてやってられねえから俺は取り扱ってねえ」
どういうことだと思案していたら、店主が続けて言う。
「今の攻略の主体は40階層なんだよ。好き好んで前人未踏の場所に命をベットする物好きはいないのさ、命はベットよりブラインドスチールに賭けろってね」
「買うやつがいないのか」
「そういうことだ。60階層は砂漠で抜けれるやつが少ない上に、70階層は雪山で寒暖差がひどいから火耐性の指輪と水耐性の指輪が必須って話だ。力業で抜けなくもないが魔物も当然いるしな、そうなるとレアアイテムをどうするかという問題ってわけさ。そんな攻略方もこれに書いてある、でこれはどうするよ兄ちゃん」
店主が期待して閉じた本をべしっと叩く。
「わかった買うよ」
「まいどありー」
本を買ったその足でガント爺のところに向かう。眼帯をしているということは隻眼で負傷傷でもあるのだろう。その筋肉質な鍛え抜かれた体躯は歴戦の強者に思えた。
「現在の踏破階層は地下73階だ」
「値段はどんくらいだ」
「必要だとは思えんが」
眼光がするどい。確かにどこまで潜ることになるのか。
「死にに行くやつに渡す情報はない」となかなか口を割らないガント爺から情報を買うことを諦め、集合場所に行くことにした。
トックラのダンジョンガイドによると地下1階から地下10階は迷宮層で、昔は地下5階にミノタウロスが居て初心者の壁になっていたが、いなくなり今は5階まではセーフティフロアで様々な露店や宿泊施設なんかもあるらしい。神経質なパーティは地下5階で一休みしてからダンジョン深層に探索にいくものもいるらしい。地下10階はゴーレムでこのフロアボスを倒して階段を降りると、どういうわけか青空のある草原のフロアにでるらしい。地下21階から地下30階までは、ジャングル。地下30階にはアラクネが控えており、その先地下31階から地下40階は大きな湖と点在する島があって、地下41階から50階までは天空回廊となっている。
「巴が聞いたら喜びそうだな。ステラにはキャンプ用品の小物を頼んでたけどあー背中に担いだテントがしんどくなってきた。こんなんでダンジョンなんかもぐれるのかな」
食料は地下3階で合流して買うことになっていた。噴水のある合流地点に向かうとグレイソン以外がそろっていた。ステラは噴水の縁に座って本を読んで待っていた。俺を見かけると本をアレクに押しつけこっちにやってくる。
「遊都おかえり。その本今読んでいた、アレクも買っているみたい」
「おう、アレクお前も買ったのか」
「読んで覚えたところだ。もう本はいらない。さすがに全ページはめくらせてもらえなかったからな。痛い出費だったが、俺は死ぬわけにはいかない守るべきものがあるからな」
スイのしっぽを優しくアレクは撫でて、しっぽでぺしっとされていた。
「トックラの本ですのー? 私も持っていましてよ」
噴き上がった噴水から鏡が落ちてくる。
「これですわよね」
鏡に本のページが読みやすく表示されページ自動送りかと思った。
本当に本いらないじゃん。
「アレクやマーガレットが持っていたなら買う必要はなかったな」
大金を無駄に払ってばつの悪さを隠すように持って行く荷物の話になった。なんだかんだ未知の冒険というのはわくわくさせる。皆で恐らく、何週間か1ヶ月ぐらい潜ることになるだろうと話したり、グレイソンの言う面白いところは何階層か予想を立てたりして談笑していた。待ち合わせ時間になり、通りにグレイソンの姿が見えた。いつものグレイソンだ……軽装で酒を片手のいつもの飲んだくれのグレイソンだ。とても冒険に今から向かう格好ではない。
グレイソンが俺たちを見回し、怪訝そうな声で言った。
「お前らどこ行く気だ?」
「冒険だよっ! 冒険しようぜって言ったじゃねえか! なんでそんな軽装なんだ? 記憶がねえってことじゃないよな? グレイソン!?」
思わず言ってしまう。
「冒険だよ、大冒険だ。何が飛び出るかわからないとっておきの場所ってな」
顔を思わず見合わせる。
「グレイソンが言う面白い場所ってのはそれで何階層なんだ?」
アレクが尋ねる。
未知の冒険を。
「まあ歩きながら話すか、その方が早い。その冒険しに行くぜって格好もカモフラージュにはなるだろう。万が一のな」
地下4階に降りる。「ここだ。ここを見ておけ」そうグレイソンは言って、階層を一つ降りる場所に踵を返す。グレイソンが見ておけといった場所は、何の変哲もない両開きの木の扉に鉄の錠前がついた誰も居ない場所だった。強いて言えば、木の扉に彫られた特徴的な四角いレリーフがあった。あれは王家をあしらったものらしい。あのレリーフどこかで見たことあるような既視感があるんだよな。地下5階に降りながらグレイソンが話す。
「今さっきの場所なんだと思う?」
問われた意味がわからなくて皆無言で眼を合わせる。
「今の場所な、宝物庫な。これから向かう場所は……いったん通り過ぎる。まずは違和感を感じろ」
地下5階に降りこころなしかひんやりとしてきた。グレイソンが先導し、それについて行く。この方向には地下6階のダンジョンの入り口がある。途中、四角い王家のレリーフで彫られた鉄の両開きの扉があった。そこには錠はついていないが、歩哨が2人、扉の両脇に立っていた。
「地下のダンジョン楽しみだなあ、なあそうだろう」
素っ頓狂な音程でグレイソンが尋ねる。
「ああ、すっごく楽しみにしてる」
「そうだろうそうだろう」
歩哨がギロリとこちらを殺気だって見てくる。
「なあ、本当に面白くなってきただろう。このまま降りるぞ」
地下6階に降りると、遠くでゴブリンのグギャギャという声が反響してきた。
「結局どこいくニャ?」
スイがよく分からない顔してトックラのダンジョンガイドをめくる。
「どうした? スイ。そんな下層の地図眺めて。俺らがいくのは地下5階だぞ」
「はあ? どういうことニャ?」
声がまばらにそろう。
「それのどこが面白いんだよ?」
アレクがつまらなそうに言う。
「地下4階の宝物庫はみたか? 誰も見張っても居ない。見せたがりのシャーロットに言って中を見せてもらったことがある確かにお宝の山だった。すごかったぞ無造作に積まれた宝石の山、耐性の指輪が乱雑に整理してあって、魔剣、宝剣の類いも並べて立て掛けてあった」
だが、誰も見張りすら立っていない。
グレイソンがそう強調した。
「地下5階は兵士詰め所って表向きなってるがな、スタンピードに対応するためとかなんとか御託をならべちゃあいるが、あいつらはそんなので動くと思えない。魔物も資源ととらえている節があるからな、成長の機会を奪うなんてとんでもない、だ。まあこれはシャーロットの言だがな。おっと、話が変わったな。その詰め所なんだが、シャーロットに中を見せてくれと言ったんだ。だが、断られた。見せたがりのシャーロットが断ったんだ」
段々話しがきな臭くなってくる。
「別の日、ダンジョン帰りに俺がしょんべん漏らしそうで中に入れてくれって、A級冒険者様が頼んだんだ。結果はどうだったと思う? その辺で漏らせ、だ」
わなわなとグレイソンが震えた。
「俺は許せねえ」
グレイソンの眼には確かに敵意が混じっていた。
「宝物庫より大事な何かを守る扉。俺たちが暴くのは、地下5階。関係者以外立ち入り禁止の兵士詰め所だ」
ダンジョンなんかより面白そうだろ?
グレイソンはそう不敵に笑った。
「王家は何かを隠している、それを暴きにいこうってんだ」




