第69話 殺す覚悟
「テキサスホールデムがしてえなあ」
酒をあおりながらグレイソンが独りごちる。
あれは相当酔ってるな。テキサスホールデムしてるし。 お互い牽制しながらチップを賭ける。ハンドはA8。ビッグブラインドの額の30でフロップを見れそうだったので参加する。フロップに865。チェックアラウンドでターンがめくられるQが落ちた。またもチェックアラウンドが続く。誰もQを持っていないのだろう。リバーで7が落ちる。ストレートの可能性が出たな。4か9を持っているプレイヤーがいるかな? 参加しているのはグレイソンと俺と知らない小男だ。全員チェックで順番どおりに開示していく。グレイソンがハンド43を持っていて低い方のストレートを完成させていた。リバーでなぜベットさせなかったのか疑問に思う。
勝者であるはずのグレイソンはうなだれていた。勝った43のハンドを投げるように捨て。頭を掻く。酒を注文していた。
「ねえ、遊都。サバイバルって普通のテキサスホールデムとどう違うのよ」
左の席にいた巴がハンドをフォールドして尋ねる。
「ん、こういう生き残った方が勝ちのタイプのゲームは守りに入ることが多いってとこが違うかな。最初は特にブラインドもアンティも少ない。無理に動かない方が得だ。というかいいハンドが来ても相手も動かないから大勝負になることがそもそも少ない。逆に言えば勝てば非常に有利に立てる。単純に考えればスタートのチップ量の1500の倍の3000掻き集めて維持すれば生き残るのが確実だからな、まあ1500でもとにかく最後までチップが残っていればとにかく勝ちだ。1500と言わず50でも10でもな。敵はどちらかと言うと対戦相手ではなくむしろブラインドだと思う。トーナメント中盤の感覚を掴むにはいいルールだよ」
「遊都は何でも知っている」
ステラが何故か自慢げに言った。
それに反応したかのように、向かいの小男が身を乗り出すように席を立った。
「ん? ありゃあ。あっしとしたところが気がつかなかった。こんなところに有名人がいるなんて。あっしはファンなんですぜい」
鼠のようなグレーのマントを羽織った剽軽な小男が、しまったというように額に手をあてにこやかに話しかけてきた。
「俺のファンか。ファンなら仕方ねえな。サインいるか? 大祓常連の俺なら仕方ないか……。今年もファイナルテーブルに出てくるからな」
グレイソンが左にいる小男に話す。
あーいやあっしは……。小男が言い淀む。
「いや、あっしはグレイソン・コートさんのというより、遊都さんのファンなんでさあ。はらはらしつつもきちんといつの間にかきちんと勝ってくるところが見てて面白いんですわ」
驚きの表情でグレイソンが固まる。
「そうか……そうだよなァ。勝って負けてがテキサスホールデムだ」
そうでさあ、とファンだと言う小男が同意しておちゃらける。自分のファンかと勘違いしたグレイソンが眉間に皺を寄せている。
「よろしくお願いしやす。あっしバロンと申しやす」
席を中座し、にこやかにバロンと握手した。
いやー幸運だ。とか俺のプレイスタイルについて褒めたりして照れくさい。席に戻る途中、バロンが眼をすぼめ振り返った。
「それじゃあどちらが徳川巴さんで??」
「わたしよ! わたし!」
ぶんぶんと手を振る。またもバロンが握手を求めに行った。
「あなたも有名だ握手握手」
「そうでしょ、ふふん」
「そしてあなたがステラさん。3人で大会を荒らしまくっているのは巷で有名になってきているんですぜい。いやーあっしは幸運だな。しばらくここを拠点にテキサスホールデムをなさるんで?」
巴とステラと眼が合う。
「ああそのつもりだ」
「じゃあ胸をかりるつもりで一戦。参加させてもらいましょ」
そのあとも和気藹々とプレイをしていた。中盤に入り探り合いからチップの削りあいに移行する。チップリーダーはグレイソン。グレイソンのチップは減ることがなく、増え続けていた。グレイソンを除いたメンバーでチップの取り合いをするような構図になる。しばらく普通にやっていたが。俺とグレイソンが一騎うちになる。勝ちそうなハンドだ。トップペアがヒットしていた。よっぽどグレイソンがリバーにクリティカルヒットするようなカードを引いていない限り、勝ててるはずだが、おそらくグレイソンは引いているんだろう。それを見越して俺は限りなく弱きなコンティニューベット、様子見の額をベットした。酒に酔っていたグレイソンが突如泣きそうに叫ぶ。
「それがお前が持つ俺のテーブルイメージか!」
愕然として、汚らわしいものを触るかのようにハンドをグレイソンはフォールドする。なんでそんなハンドで参加したというようなものでツーペアを完成していた。フォールドを宣言しなければグレイソンの勝ちだった。
「やめだやめ。殺意が足りねえよ。お前も……やる前から負けると思ってんじゃねえか。やはり駄目だ……帰るか」
「グレイソン。まだ1戦目だろ?」
「何戦やってもいつも同じだ! どいつもこいつもだ」
「おい、グレイソン」
ひったくるようにグレイソンは酒を手に取った。
「離席だ、離席」
ギルドの入り口にふらふら向かっていた。グレイソンがぶつぶつ言っていた。酒に酔って大きいつぶやきが漏れ出てすれ違いざま「俺がテキサスホールデムを楽しめるわけないか……わかっていたが……」と聞こえた。
グレイソンが降りたツーペアを見て言う。
「フォールドエクイティがない……か。無理だろ」
「何フォールドエクイティって?」
「フォールドエクイティは相手がフォールドしてくれた結果手に入れられる利益のことだ。ベットやレイズで相手をフォールドさせるチャンスと言っても良い。普通は相手が俺よりもいいハンドを持っていてもオールインしたらビビって降りるかもしれない。それがフォールドエクイティなんだが……ないんだよ」
「え? 何?」
「勝てるイメージがわかないんだグレイソンに……だから俺はチップを大きく賭けれなかった」
「勝てそうにないなら賭けないのは当たり前なんじゃないの?」
「テキサスホールデムにはな、殺す覚悟が必要なんだ」
殺って殺られる、な。
「考えて見ろ。高額の賞金がかけられていて、相手もそのお金を欲している。背景があるかもしれない。家族は当然勝ちを願っているだろうし、治療が必要な妹がいるかもしれない。でも、そんな奴らを踏み台にして一歩一歩優勝に近づくんだ。どんな事情があろうと関係なんかない。相手の背景、抱えている物、信念そんなものを全て感じながら、相手のチップを全て奪う。相手の可能性を奪う。相手の未来を殺すんだ」
「ふーんそんなことまで、考えてやったことないわ。いつも手一杯だもの」
「まあ今はそうでももっと高額のトーナメントや大祓に参加したら変わってくるだろう。その熱気というか殺気にな。気迫が相手をフォールドさせることもあるってことだ……相手を怯えさせ下ろすフィアエクイティ。これは覚えておいた方が良い。大量にあるチップがあって相手が怯えることや自分がうまいプレイヤーと思わせ勝負を避けさせることやアグレッシブな攻めに対して引いてくれることなんかで得る利益だ」
「まあ私には感情を放出できるスキルがあるから大丈夫かな」
「もし孤児院のシュイが相手ならどうだ? 同情しない……なんて言い切れるか?」
「そんな相手ズルい! それにそんなのやってみないとわからないわよ」
目を白黒させてドギマギする巴に伝える。
それでも自分が勝ち上がっていくには他者の屍を大量に築くしかない。
「それが殺す覚悟だ」




