第57話 迫り来る鬼火
表彰式を見て、あの女と眼が合い、私は思わず逃げ出した。
建物を出る。どっちが正解?? 右は人通りが多い。左はいつもの路地裏がある方。私は自然と左へ走っていた。
何? 何? あの女?
「あなた何かしたでしょう?」
走りながら考える。
「私は何もしていない。これは冤罪」
あの女には遊都のそばにいるだけで羨ましいと思った。表彰式で私にはこうなれないだろと見せつけられている感じがして妬んだ。けど、それだけのはず。何故私は追われてる?
大丈夫……ふり切った。
後ろを向いた。鬼の形相であの女が追いかけてくる。
「ひっ」
なんで気配のない私を追いかけれるの? あ、遊都もいる。遊都がいるなら仕方ない。だって遊都は私を見つけられる。そのようなこと考えている場合ではない。仕込み杖をとり魔法陣を構築する。あたりに霧を出す。
「いつもの路地裏に逃げればもう大丈夫」
息を切らしながら、大通りから広場を抜け路地裏に逃げ込む。
それにしても、あんながさつな女がいるなんて耐えられない。遊都のそばには私のような落ち着いた女がぴったり。霧の奥に鬼火がゆらめいた。まだ……まだ追ってこれるというの?
あまり運動は得意ではない。もともとじっと待つ狩人の特性だ。だがそういってはいられない。ここには雑多なものが転がっている。真っ直ぐには追いつけない。
「にゃー」
いつもの餌をやっている猫が集まってくる。ここは危ない。
「行って」
駄目だ。離れない。ここはこの子らの縄張りだ。
「氷の壁」
せめて猫とぶつからないように壁を生み出す。こんなものではあの女は止まらないことはわかっていた。
「ごめん。また来る」
猫の人懐っこい声を無視して。距離を稼いだ。
距離は十分。
猫が逃げる声がした。これなら撃ち込んでも大丈夫。
視界は霧でぼやけているが、赤く揺らめく赤い輪が広がっていく。氷の壁が溶かされているのだろう。
「氷ノ礫弾」
狩りで獲物を逃がすような声量で発する。
「これは警告。それ以上近づくな」
「何よやろうっての」
駄目だ。この女は獲物というには獰猛すぎる。
赤い炎が揺らいで前に出る。
「氷ノ礫弾」
顔のあたりにつららを打ち込む。
死ぬことはないだろう。と。気がついた。私はまるで悪者のようだと。しかし誤解を解く手段がない。何せ心当たりがないのだ。
今のうちに逃げないと。こっちは壁。越えたら外。そうだ。いくら殺気だっても準備もしないでダンジョンに潜ることはないだろう。幸いダンジョンは私の庭のようなものだ。落ち着ける場所の目処が立って私は安心する。時間が経てばあの女も落ち着くだろう。ここから近いのは水鏡の迷宮か。
「氷ノ礫弾」
外壁に登りやすく調整したつららを突き刺して階段を作る。壁から眺めたターバインの町並みはかつて私が逃げ出した村を想起させて、私はかぶりをふった。
ぬかるみを進み水鏡の迷宮へ進む。
「サハギンも氷の精霊もアクアオーガも皆皆私に気づかない」
水鏡の迷宮を散策のように進んでいく。
「何故追いかけられた? 探知系スキル?持ってた? でも大丈夫。ダンジョンに入れば限定的」
気がついたら見慣れない階層まで登っていたようだった。
「これからどうする……またひとりぼっち」
風切り音が聞こえた。
反射的に氷の壁を展開する。鈍い音がし、氷の壁が壊れた。そこに一瞬見えたクリスタルのような腕がとっさに庇った左手にめり込む。気がついたら壁に打ち付けられ気を失いそうになる。
霧の中何かがゆっくり向かってくる気配がした。
霧を解除する。
「特殊固体……」
全身がクリスタルに覆われたオーガがそこに居た。クリスタルの反射に私が映し出されている。ぎょろりとオーガの視点が私に合った。
「そう……お見通しってこと」
氷ノ礫弾を無数に展開する。
逃げようと立ち位置を変えようとしたが、無数の氷ノ礫弾を意にも返さない様子でこっちを袋小路に塞ぐようにオーガが立ち回る。
これならどう……
あの女に撃った時とは違う全力の一撃だ。オーガの身の丈もあるつららが高速回転して、胴体を穿つ射線に放つ。
オーガが両腕で抱え込むようにつららを受けとめる。硬度と硬度の高い物同士が立てる音がして、回転が緩やかになり止まった。
「そんな」
唯一の入り口にあの女が追いついて来ていた。
何やら怒鳴る声がする。
私とオーガを挟み込むように火の壁が立ち上る。オーガの背に炎が当てられ、私の方に押しやられる。
「ここまでする?」
これで私は右にも左にも前方にもいけない。
オーガの力なら私は一発でぺちゃんこだろう。
オーガがその丸太ほどある腕を私に振りかぶる。
眼をつぶった。もう終わりだと悟る。
来るはずの衝撃は……いつまで経っても来なかった。
ゆっくりと眼を見開いた。
「分け前はもらえるんだよな?」
遊都が炎をまといながら、銀色の剣でオーガの一撃を受けとめていた。




