凍てつく花
タクススが目を覚ました日の夜。
彼女達はアムネシアに優しく交渉して、一晩泊めてもらっていた。
滴れた朝露が地面に溶け込む薄明の時間。
渡り鳥の話し声に誘われて、次々と目を覚ますタクスス達。
治療したばかりのタクススは、アムネシアが普段使用しているベッドを使用し、他の人間は床で就寝していたようだ。
「おやおや、朝ですか」
「ふぁ~……もう~?」
「……ですね。2人共おはようございます」
「おはようございます」
「おはよ~!!」
「タクスス、体の調子はいかがですか?」
「……多少痛みますが、歩く分には問題ないと思います。多分……」
「そうですか。それは何よりです」
「ねえ2人共、この人どうしようか? 起こす?」
「いえ、面倒なのでそのまま放置しましょう」
3人の視線の先には、白目をむいたまま、死んだように床に倒れ込んでいるアムネシアの姿があった。
昨晩タクススが目覚めた後、宿泊の交渉を行っていた彼女達。
何を言ってもNOと言うアムネシアに万策尽きたタクスス達は、協力して彼女を締め落としていたのであった。
未だに意識が戻らない彼女を横にし、これからの予定を話し合う3人。
「……それで……これからどうします? このまま次の街に行きますか……?」
「そうですねぇ……そうしたいのですが、食料が少し足りないかもしれないのですよ」
「……食料ですか」
「はいはい。補充が出来そうなら補充しておきたいですねぇ」
「俺も賛成~アスロンの都心も見てみたいし!!」
「……決まりですかね。行きましょうか」
「それなのですがねぇ……ちょっと2人で向かって頂けますか?」
「……私とシャガ君でですか?」
「ええ。この女にちょっと聞きたいことがあるので……」
指を差しながら答えるローズ。
その細長い人差し指は、気絶しているアムネシアを指している。
「……分かりました。行こうか、シャガ君」
「うん」
ローズから資金を受け取ったタクスス達は、アムネシアの根城を後にしていく。
2人を見送ったローズは、寝室のソファーに腰を下ろすと、煙草に火を点けながら真っ赤な科学者を見つめていた。
「……この女、私の記憶をどこまで覗いたのか……場合によっては殺しますか」
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水路を年季の入った小舟で進む白い軍服姿の2人。
1人は短い黒髪の先の部分を蒼く染めており、表情の豊かさも相まって、快活な印象を与える。
そしてもう1人は、彼女の上官だろうか。
ボリュームのある黒紫の癖毛をそよ風に揺らし、黒縁の眼鏡をかける女性。
その立ち振る舞いからくるものだろうか。
鉄火肌な印象を与えている。
彼女は、実った果実を支えるように腕を組み、目を閉じたまま燥ぐ部下を嗜める。
「アヤメ少将!! 見て下さいよ、アレ!! ソフトクリームですよ、ソフトクリーム!! 買いに行きましょうよっ!!」
「カタバミ……貴様、今回の任務を遊びだと勘違いしてないか?」
「ぐうっ!? ……そ、そんなわけないじゃないですかぁ……!!」
「この街で、人体実験等の違法な研究を行う輩の確保……我々の重大な仕事だぞ?」
「えぇー……じゃあ、買い食いはしないんですか~? アヤメ少将……」
「誰がそう言った? ソフトクリームを買いに、舟を進めろカタバミ!!」
腕を組んだまま威厳たっぷりに舵取りをさせるアヤメ。
光のない目に輝きが灯ったカタバミは、全速力でお目当ての店に舟を進める。
水の上に浮かんでいる出店のような舟。
店員のおじさんから、2つ出来立てのソフトクリームを購入すると、上官に手渡しし、舌で口の中へと運んでいくカタバミ。
「んん~!! お~い~し~い~!! 甘い物最高っ!!」
「そうだな。これなら追加で10個ぐらいは食べられそうだ」
「……10個っ!?」
「冗談だ。真に受けるなカタバミ」
表情を崩すことなく戯言を吐くアヤメ。
カタバミは、手元の甘味を食しながら内心こう呟いていた。
(うぅ……アヤメ少将、カッコいい人だけどイマイチ何考えているか分かんないんだよなぁ~指導はスパルタだし……もっとこう、表情筋を鍛えて……?)
「? どうしたカタバミ」
「……アヤメ少将、これ持っててもらって良いですか?」
「盗人か?」
「ぽいですね……捕まえて来ます!!」
上官へ氷菓子を渡すと、遠くで舟に乗ったまま怒声を上げる女性と、水路をすいすいと泳いで行く男性の姿が見えた。
通りすがりに手荷物を盗んだのだろう。
水を搔く男性の手には、小さな女性用のポーチらしき物が握られている。
「気を付けろよ、カタバミ」
「了解っ!! 私達に出会ったのが、運の尽きだと思い知らせますよ!! ……『凍てつけ』!!」
盗人を視界に捉えたまま発した、カタバミの言葉。
鬼の形相で逃げ続ける加害者に向けられた凍てつくその言葉は、周囲の水を瞬時に凍らせた。
氷の塊に挟まれ、身動きを完全に封じ込められた彼。
カタバミに捕らえられるまで、呼吸するたびに喉の粘膜が凍りそうになるほどの極寒が、彼を襲い続けるのであった。




